第79回カンヌ国際映画祭で、クリスティアン・ムンジウ監督『Fjord』が最高賞パルムドールに輝いた。
第79回カンヌ国際映画祭の受賞結果が発表され、ルーマニアの映画監督クリスティアン・ムンジウによる『Fjord(原題)』(フィヨルド)が最高賞パルムドールを受賞した。ムンジウ監督にとっては、2007年の『4ヶ月、3週と2日』以来、19年ぶり2度目のパルムドール受賞となる。これにより、同賞を2度受賞した10人目の映画作家となった。
『Fjord』は、セバスチャン・スタンとレナーテ・レインスヴェが出演する道徳劇。ノルウェーを舞台に、福音派キリスト教徒のルーマニア人家族が、現地の社会制度と衝突し、児童虐待をめぐる問題に巻き込まれていく。批評家の間では評価や作品の政治的立場をめぐって意見が割れたが、その議論性こそが、パク・チャヌク審査委員長率いる審査団の判断に影響した可能性もある。
ムンジウ監督が語った“時の試練”
受賞スピーチでムンジウ監督は、栄誉を受け止めながらも、作品評価の本質について慎重な姿勢を示した。「すべての賞は文脈によるものです。この賞をいただいたことは、私たちにとってすばらしいことで、とても幸せに感じています。ただ、私たちは10年、20年待って、これらの映画をもう一度観る必要があります。おそらくそのときになって、どの作品が本当に優れていて、時の試練に耐えられたのかが分かるのでしょう」と語った。
同作は、ムンジウ監督が母国ルーマニアの外で全編を撮影した初の長編でもある。家庭、信仰、福祉制度、異文化間の価値観のずれを扱う内容は、ヨーロッパの現在を映す作品として注目を集めた。米国配給を担うNEONにとっては、2019年の『パラサイト 半地下の家族』から続くパルムドール受賞作の配給実績をさらに伸ばす結果にもなった。
グランプリは『Minotaur』、監督賞は異なる歴史劇が分け合う
第2席にあたるグランプリは、ロシア出身で現在はフランスを拠点とするアンドレイ・ズビャギンツェフ監督の『Minotaur(原題)』(ミノタウロス)が受賞した。同作は、プーチン政権下のロシアとウクライナ侵攻を背景にしたネオノワールで、政治的な事情からラトビアで撮影された作品である。9年ぶりの長編となったズビャギンツェフ監督にとって、国際的な復帰を印象づける受賞となった。
監督賞は、ハビエル・カルボとハビエル・アンブロッシによる『The Black Ball(英題)』(原題:La bola negra)、そしてパヴェウ・パヴリコフスキ監督の『Fatherland(原題)』が分け合った。ファシズム下のクィアの生と記憶を描く『The Black Ball』と、戦後ドイツを精密に描き出す『Fatherland』は、いずれも過去の歴史を現代的な問いへ接続する作品として評価された。
カルボとアンブロッシは受賞スピーチで、「私たちより前にいたLGBTQの人々の苦しみ、沈黙、死に敬意を払う唯一の方法は、次の世代が同じ、あるいはそれ以上の自由を持てるようにすることです」と語った。一方のパヴリコフスキ監督は、「私たちは政治の中で生き、政治を呼吸しています。映画はそれを反映すべきですが、政治家や活動家が定めた条件でそうするべきではありません。独裁者やいじめに抵抗するには勇気が必要ですが、ノイズ、アルゴリズム、同調圧力に抵抗するにも勇気が必要です」と述べた。
俳優賞はともにダブル受賞、協働の力が前面に
俳優賞では、男女ともに共演者同士での受賞となった。女優賞は、ヴィルジニー・エフィラと岡本多緒が、濱口竜介監督作『急に具合が悪くなる』で共同受賞。介護施設の管理者と実験演劇の演出家が、それぞれの仕事を通じて思いがけない絆を育んでいく物語で、会話劇としての緻密さが評価された。
男優賞は、ルーカス・ドン監督の第1次世界大戦ドラマ『Coward(原題)』に出演したヴァランタン・カンパーニュとエマニュエル・マッキアが受賞した。西部戦線で兵士から恋人へと関係を深めていく若者たちを演じた2人の受賞は、今年のカンヌが個人の演技だけでなく、俳優同士の関係性や共同作業にも光を当てたことを象徴している。
審査員賞は、ヴァレスカ・グリーゼバッハ監督の『The Dreamed Adventure(英題)』(原題:Das geträumte Abenteuer)が受賞。脚本賞は、エマニュエル・マール監督の『A Man of His Time(英題)』(原題:Notre salut)に贈られた。また、新人監督賞にあたるカメラドールは、ルワンダのマリー=クレマンティーヌ・ドゥサベジャンボ監督による『Ben’Imana(原題)』が受賞した。欧州勢が目立った授賞式の中で、アフリカ映画にとっても重要な勝利となった。
今年の受賞結果は、国境を越えて制作された作品や、移動、亡命、制度、歴史の記憶を扱う作品が大きな存在感を示した点で共通している。『Fjord』のパルムドール受賞は、議論を呼ぶ作品が映画祭の中心に置かれたことを示すと同時に、カンヌが映画を通じて複雑な社会的問いを受け止めようとする場であり続けていることを印象づけた。
受賞結果一覧
コンペティション部門
- パルムドール:『Fjord(原題)』クリスティアン・ムンジウ
- グランプリ:『Minotaur(原題)』アンドレイ・ズビャギンツェフ
- 審査員賞:『The Dreamed Adventure(英題)』ヴァレスカ・グリーゼバッハ
- 監督賞:ハビエル・カルボ、ハビエル・アンブロッシ『The Black Ball(原題)』/パヴェウ・パヴリコフスキ『Fatherland(原題)』
- 女優賞:ヴィルジニー・エフィラ、岡本多緒『急に具合が悪くなる』
- 男優賞:ヴァランタン・カンパーニュ、エマニュエル・マッキア『Coward(原題)』
- 脚本賞:エマニュエル・マール『A Man of His Time(英題)』
その他の賞
- カメラドール:『Ben’Imana(原題)』マリー=クレマンティーヌ・ドゥサベジャンボ
- 短編パルムドール:『For the Opponents(原題)』フェデリコ・ルイス
- 名誉パルムドール:ピーター・ジャクソン、バーブラ・ストライサンド、ジョン・トラボルタ
ある視点部門
- ある視点賞:『Everytime(原題)』サンドラ・ウォルナー
- 審査員賞:『Elephants in the Fog(原題)』アビナシュ・ビクラム・シャー
- 審査員特別賞:『Iron Boy(原題)』ルイ・クリシー
- 女優賞:ダニエラ・マリン・ナバロ、マリナ・デ・タビラ、マリアンヘル・ビジェガス『Forever Your Maternal Animal(原題)』
- 男優賞:ブラッドリー・フィオモナ・デンベアセット『Congo Boy(原題)』
監督週間
- ヨーロッパ映画賞:『Too Many Beasts(原題)』サラ・アーノルド
- SACD賞:『Shana(原題)』シャナ・ピネル
- 観客賞:『I See Buildings Fall Like Lightning(原題)』クリオ・バーナード
- 黄金の馬車賞:クレール・ドゥニ
批評家週間
- グランプリ:『La Gradiva(原題)』マリーヌ・アトラン
- GAN基金配給支援賞:『A Girl Unknown(原題)』ゾウ・ジン(ピラミッド・ディストリビューション)
- ライジングスター賞:アイナ・クロテット『Alive(原題)』
- SACD賞:ブレルタ・バショリ、ニコール・ボルジェ『Dua(原題)』
- Canal+短編映画賞:『Vaterland or a Bule Named Yanto(原題)』ベルトルト・ワフジュディ
- 短編ディスカバリー賞:『Skinny Boots(原題)』ロマン・F・デュボワ
イマーシブ・コンペティション
- 最優秀イマーシブ作品賞:『Katábasis(原題)』ウゴ・アルサック
- スペシャル・メンション:『The Black Mirror Experience(原題)』デヴィッド・バルドス、ダミア・フェランディス
シネフォンダシオン賞
- 第1賞:『Laser-Cat(原題)』ルーカス・アシェール
- 第2賞:『Silent Voices(原題)』ナディーン・ミソン・ジン
- 第3賞:『Never Enough(原題)』ユリウス・ラグット・ラーセン/『Growing Stones, Flying Papers(原題)』ルーズベー・ゲゼルセ、ソラヤ・シャムシ
その他の独立賞
- ロイユ・ドール ドキュメンタリー賞:『Rehearsals for a Revolution(原題)』ペガー・アハンガラニ
- ロイユ・ドール審査員特別賞:『Tin Castle(原題)』アレクサンダー・マーフィー
- クィア・パルム:『Teenage Sex and Death at Camp Miasma(原題)』ジェーン・シェーンブルン
- クィア・パルム ディスカバリー賞:『Flesh and Fuel(原題)』ピエール・ル・ガル
- クィア・パルム短編賞:『Silent Voice(原題)』ナディーン・ミソン・ジン
- FIPRESCI賞 コンペティション部門:『Fjord(原題)』クリスティアン・ムンジウ
- FIPRESCI賞 ある視点部門:『Ben’Imana(原題)』マリー=クレマンティーヌ・ドゥサベジャンボ
- FIPRESCI賞 並行部門:『A Girl Unknown(原題)』ジン・ゾウ
- エキュメニカル審査員賞:『Fjord(原題)』クリスティアン・ムンジウ
- カンヌ・サウンドトラック賞:エフゲニー・ガルペリン、サーシャ・ガルペリン『Minotaur(原題)』
- フランソワ・シャレ賞:『Fjord(原題)』クリスティアン・ムンジウ
- シティズンシップ賞:『Fjord(原題)』クリスティアン・ムンジウ
- AFCAEアートハウス・シネマ賞:『A Man of His Time(英題)』エマニュエル・マール
- ポジティブ・シネマ賞:『Coward(原題)』ルーカス・ドン
- パルム・ドッグ賞:ユリ『La Perra(原題)』
- パルム・ドッグ特別賞:ローラ『I See Buildings Fall Like Lightning(原題)』
- トロフィー・ショパール 女性部門:オデッサ・アザイオン
- トロフィー・ショパール 男性部門:コナー・スウィンデルズ
