【映画レビュー『ハムネット』】喪失が普遍的価値に昇華されるカタルシス-バックリー&メスカルの名演に震撼するジャオ監督最新作

『ハムネット』とはどんな映画?あらすじ・キャスト・注目ポイントを紹介・解説 REVIEWS
『ハムネット』より ©2025 FOCUS FEATURES LLC

東京国際映画祭で上映された『ハムネット』を紹介&レビュー。


東京国際映画祭のクロージング作品として上映され、2026年に日本全国公開が決定しているクロエ・ジャオ監督最新作『ハムネット』は、観る者に圧倒的なカタルシスをもたらす作品だ。舞台は16世紀末のイングランド。若きウィリアム・シェイクスピア(ウィル)とその妻アグネスの愛と別れを描いた物語である。

主演を務めるのは、ジェシー・バックリーポール・メスカル。その繊細な演技が胸を打つ。家庭を守るアグネスと、ロンドンで劇作の道を歩み始めるシェイクスピア。次第にすれ違っていくふたりを襲う悲劇が、やがて不朽の名作「ハムレット」を生み出すきっかけとなる——。

喪失と芸術への昇華

本作が見つめているのは、「失うこと」と「生み出すこと」の狭間で揺れ動く人間の姿だ。物語の中心にいるのは、ウィルことウィリアム・シェイクスピアと、その妻アグネス。ペストの流行によって我が子を失った夫妻の、あまりにも私的な喪失と悲しみ。それが舞台劇『ハムレット』という芸術を通じて、誰もが共有しうる普遍的な感情へと昇華されていく——その過程を、本作は丁寧に追いかけていく。同時に描かれるのは、すれ違い、そして再び理解し合おうとする夫婦の姿。静謐なタッチで紡がれる濃密で情感的な一作である。

『ハムネット』より ©2025 FOCUS FEATURES LLC

『ハムネット』より ©2025 FOCUS FEATURES LLC

ジャオ印の撮影と叙情

監督は『ノマドランド』でアカデミー作品賞・監督賞を受賞したクロエ・ジャオ。自然を愛し、美しく観察するその眼差しと、物語をメランコリックに静謐に描く叙情——それらは本作でも健在だ。ペストが流行した16世紀の家庭、その生活圏を自然光で捉えた撮影は、しっとりとした質感を湛え、いつもの監督作と同様に美しい。魔女と噂されるアグネスと、ウィルとの出会い。森で愛情を育む二人の姿は、非常にロマンチックで、まるでおとぎ話のようだ。しかし同じ森に映し出される大きな窪みが、本作の中心テーマである”喪失”を鋭く際立たせる。

『ハムネット』クロエ・ジャオ監督 ©2025 FOCUS FEATURES LLC

『ハムネット』クロエ・ジャオ監督 ©2025 FOCUS FEATURES LLC

さらに注目すべきは、双子の息子ハムネットと娘ジュディスによる“入れ替わり遊び”だ。このモチーフがのちの悲痛な展開へと巧みに結びついており、全体の構成が極めて映画的かつ丁寧に練り上げられていることがわかる。

メスカル&バックリー圧巻の名演

そして何と言っても、本作を傑作たらしめているのは、ウィルを演じたポール・メスカル、そしてアグネスを演じたジェシー・バックリーの演技だろう。

『ハムネット』より ©2025 FOCUS FEATURES LLC

『ハムネット』より ©2025 FOCUS FEATURES LLC

『aftersun/アフターサン』や『異人たち』でも見せてきたメスカルの静かで繊細な演技は、歴史の中に埋もれたウィリアム・シェイクスピアの人物像をそっと呼び起こす。一方、『ワイルド・ローズ』『ウーマン・トーキング』のジェシー・バックリーは、母親であり、同時に“私たちの誰か”にも重ねられる——普遍的喪失の化身としてのアグネスを、最初から最後まで情感豊かに演じきった。彼女の繊細な表情の一つひとつが、観客の感情を激しく揺さぶり、ラストの圧倒的なカタルシスへと導いていく。

『ハムネット』より ©2025 FOCUS FEATURES LLC

『ハムネット』より ©2025 FOCUS FEATURES LLC

クロエ・ジャオ監督と実力派キャストが、静謐でありながら観る者の感情を強烈に揺り動かして描きあげた喪失と再生の物語『ハムネット』。東京国際映画祭のクロージング作品として上映された本作は、2026年に日本全国で公開される。

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