映画『彼らは生きていた/ゼイ・シャル・ノット・グロウ・オールド』(2018)を紹介&解説。
映画『彼らは生きていた/ゼイ・シャル・ノット・グロウ・オールド』は、ピーター・ジャクソン監督(『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズ)が、第一次世界大戦を生きた兵士たちの姿を記録映像と証言から蘇らせたドキュメンタリー。帝国戦争博物館が所蔵する西部戦線の映像を修復・カラー化し、フレームレートの調整、効果音、読唇術をもとにした会話の再現を施している。従来型のナレーションを置かず、BBCと帝国戦争博物館に残された退役軍人の証言をつなぐことで、志願から訓練、塹壕での生活、戦闘、終戦、帰還までを兵士自身の記憶として描き出す。
| 原題 | They Shall Not Grow Old |
|---|---|
| 邦題 | 『彼らは生きていた』(劇場公開)/『ゼイ・シャル・ノット・グロウ・オールド』(配信・放送) |
| 製作年 | 2018年 |
| 製作国 | イギリス/ニュージーランド |
| ジャンル | ドキュメンタリー/戦争/歴史 |
| 上映時間 | 99分 |
| 日本公開日 | 2020年1月25日 |
| 映倫区分 | R15+ |
| 監督 | ピーター・ジャクソン |
|---|---|
| 脚本・構成・製作 | ピーター・ジャクソン/クレア・オルセン |
| 製作総指揮 | ケン・カミンズ/テッサ・ロス/ディ・リーズ/ジェニー・ウォルドマン |
| 編集 | ジャベス・オルセン |
| 音楽 | プラン9(デヴィッド・ドナルドソン/スティーヴ・ロシュ/ジャネット・ロディック) |
| VFXスーパーバイザー | ウェイン・ステイブルズ |
| 資料映像 | 帝国戦争博物館 |
| 証言音声 | BBC/帝国戦争博物館 |
| 出演 | 第一次世界大戦に従軍した兵士・退役軍人たち(記録映像・証言音声) |
| 共同委嘱 | 14-18 NOW/帝国戦争博物館 |
| 製作会社 | ウィングナット・フィルムズ/ハウス・プロダクションズ |
| 配給 | ワーナー・ブラザース・ピクチャーズ/アンプラグド(日本) |
1914年、戦争の勃発に高揚した英国の若者たちは、年齢を偽ってまで軍へ志願し、訓練を経て西部戦線へ送られていく。塹壕では泥や害虫、空腹、砲撃、死が日常となる一方、兵士たちは食事やスポーツ、冗談を楽しみながら仲間との時間を過ごしていた。やがて彼らは凄惨な攻撃に加わり、戦友の死やドイツ兵との遭遇を経験する。終戦後、生き残った兵士たちは故郷へ戻るが、その体験を理解してくれる人はほとんどいなかった。
志願兵たち:愛国心や冒険への憧れ、仲間と一緒にいたいという気持ちから軍隊へ入った若者たち。親に止められなかった者や、年齢を偽って入隊した少年もおり、戦争に向かう当時の社会的な高揚が証言を通して語られる。
前線の兵士たち:西部戦線の塹壕で生活し、砲撃や突撃、飢え、泥、病気、仲間の死に直面した兵士たち。極限状態に適応する一方、休息中にはスポーツや冗談を楽しみ、笑顔を見せる人間的な姿も記録されている。
ドイツ兵たち:戦場では殺し合う敵でありながら、捕虜となった後には英国兵と会話し、ふざけ合う姿も映し出される。兵士同士が互いを個人的に憎んでいたわけではなく、それぞれが国の命令に従っていたという戦争の虚しさを象徴する存在となっている。
帰還兵たち:終戦を迎えて故郷へ戻ったものの、戦場を知らない人々との間に隔たりを感じた元兵士たち。英雄として一様に歓迎されたわけではなく、仕事や居場所を失い、自分たちの体験が社会から急速に忘れられていく感覚を抱えていた。
本作ならではの魅力は、戦争を“映画として再現された出来事”ではなく、実際に存在した人間の経験として観客へ突きつける点にある。戦争映画を観る際には、それが現実に基づくと理解していても、俳優の演技や撮影、音楽といった映画表現へ意識が向かう。本作に使われているのは、そもそも本作のために撮影された映像ではない。修復、カラー化、音響制作、会話の再現という現代的な加工は施されているものの、カメラの前に立つ若者たちは、本当に戦地へ送られた兵士たちである。その事実性が、フィクションとは異なる重さで迫ってくる。
とりわけ強烈なのが、兵士たちの生前の表情と、戦場に横たわる遺体を接続する編集である。笑い、カメラを見つめ、仲間とふざけていた若者が、次の瞬間には動かない身体として映し出される。死者を単なる戦争の犠牲者数として扱わず、直前まで生きていた一人の人間として認識させるため、その死の重みから目をそらすことが難しい。
退役軍人の証言から伝わる感覚も、現代の観客が容易に理解できるものではない。「戦争へ行くことに高揚した」「親も入隊を止めなかった」「年齢を偽って志願した」という前向きな記憶と、「現地は地獄だった」「味方の砲撃と敵軍に挟まれた」「空腹なら何でも食べられた」という極限の経験が同じ作品内に並ぶ。彼らの心理を完全に追体験することはできなくとも、そうした感情を抱いた人々が実在したと知ること自体に大きな価値がある。
同時に、本作は戦場に存在した笑顔も丁寧に残している。兵士たちはスポーツを楽しみ、新兵器に目を輝かせ、仲間と冗談を交わす。捕虜となったドイツ兵と英国兵が笑い合う場面からは、本来なら言葉を交わし、分かり合うことのできた人々が、陣地を隔てれば殺し合わなければならなかったという残酷な矛盾が浮かび上がる。悲惨さだけで兵士を覆い隠さず、戦場でも日常を生きようとした人間として描いていることが、本作の重要な魅力である。
また、日本では近い時期に公開された『1917 命をかけた伝令』と併せて観ることで、両作は異なる方向から第一次世界大戦の実感を補完する。『彼らは生きていた』に映る塹壕や砲撃、泥に覆われた戦場は、『1917 命をかけた伝令』が史実の環境をどれほど慎重に再現していたかを示す。一方、『1917 命をかけた伝令』の没入感ある映像表現は、本作の記録映像だけでは想像しきれない兵士の移動や空間、爆風の恐怖を身体的に補ってくれる。記録映像に現実の確かさを取り戻す本作と、再現映像によって当事者に近い感覚を与える『1917 命をかけた伝令』は、対になるような鑑賞体験をもたらす。
Rotten Tomatoesでは批評家スコア99%、Metacriticでは91点を記録しており、技術的な復元の成果だけでなく、兵士たちを歴史上の記号から一人ひとりの人間へ戻した作品として高く評価された。戦争全体の政治的背景や作戦を網羅する作品ではないが、第一次世界大戦を生きた名もなき兵士の感覚へ接近するドキュメンタリーとして、極めて大きな意義を持つ。
