『恋におちて』とはどんな映画?あらすじ・キャスト・ネタバレ・魅力・トリビアまとめ

『恋におちて』とはどんな映画?あらすじ・キャスト・ネタバレ・魅力・トリビアまとめ Database - Films
(左から)メリル・ストリープ、ロバート・デ・ニーロ『恋におちて』より © 1984 Paramount Pictures. All Rights Reserved.

映画『恋におちて』(1984)を紹介&解説。


映画『恋におちて』概要

映画『恋におちて』は、偶然の出会いから始まる心の揺らぎを、ニューヨークを舞台に繊細な空気で静かに丁寧に見つめた大人の恋愛ドラマ。それぞれ家庭を持つ男女が、クリスマスの買い物での小さな行き違いを機に通勤電車で再会し、抑えきれない想いと現実の狭間で日々揺れていく。
監督はウール・グロスバード、主演はロバート・デ・ニーロメリル・ストリープ

作品情報

日本版タイトル:『恋におちて』
原題:Falling in Love
製作年:1984年
日本公開日:1985年3月21日
ジャンル:恋愛/ドラマ
製作国:アメリカ
原作:無
上映時間:106分

監督:ウール・グロスバード
製作:マーヴィン・ワース/ロバート・F・コールズベリー
脚本:マイケル・クリストファー
撮影監督:ピーター・サシツキー
編集:マイケル・カーン
作曲:デイヴ・グルーシン
主な出演者:ロバート・デ・ニーロメリル・ストリープ/ハーヴェイ・カイテル/ダイアン・ウィースト/デヴィッド・クレノン/ジェーン・カツマレク/ジョージ・マーティン
製作会社:パラマウント・ピクチャーズ
配給会社:パラマウント・ピクチャーズ

あらすじ

1980年代のニューヨーク。家庭を持つ男女は、クリスマス前の買い物中に偶然出会い、後に通勤列車で再会する。ささいな接点から会話を重ねたふたりは、日常のなかで互いを強く意識し始める。だがそれぞれに家庭がある現実のなか、その想いはやがて大きな葛藤を招いていく。

主な登場人物(キャスト)

フランク(ロバート・デ・ニーロ):主人公のひとり。郊外からニューヨークへ通う既婚男性で、建築関係の仕事に就く。偶然出会ったモリーと再会し、次第に強く惹かれていく。

モリー(メリル・ストリープ):主人公のひとり。アート/デザイン系の仕事をする既婚女性。通勤列車でフランクと再会し、日常の外側にある感情に向き合うことになる。

エド(ハーヴェイ・カイテル):フランクの親しい友人。フランクが胸の内を打ち明ける相手として、物語の要所で登場する。

イザベル(ダイアン・ウィースト):モリーの親しい友人。モリーがフランクとの関係について相談する相手として描かれる。

アン(ジェーン・カツマレク):フランクの妻。フランクの家庭側を担う重要人物で、彼の変化を受け止める立場にある。

ブライアン(デヴィッド・クレノン):モリーの夫。モリーの現在の生活と結婚関係を象徴する重要人物。

ジョン(ジョージ・マーティン):モリーの父。病院で見舞う場面などを通じて、モリーの私生活に深く関わる人物として描かれる。

内容(ネタバレ)

クリスマス前、偶然のすれ違いが起点となる

物語は、フランク・ラフティスとモリー・ギルモアがそれぞれウェストチェスター郡からマンハッタンへ通う日常から始まる。クリスマス前日、ふたりはグランド・セントラル駅で家族に電話をかけ、贈り物を買い、別々の用事を済ませた後、書店Rizzoliの店先でぶつかる。そこでフランクが誤ってモリーの包みを持っていってしまい、短いやり取りの末に別れる。翌朝、互いの家庭でプレゼントを開けた際、本が入れ替わっていたことがわかる。

3か月後、通勤列車で再会する

それから3か月後、通勤列車の中でフランクはモリーと再会する。最初はどこで会ったのか思い出せないが、書店での出来事を思い出し、ふたりは再び言葉を交わすようになる。フランクは建設現場で働きながらヒューストン行きの仕事を勧められており、一方のモリーは病院にいる父ジョンを見舞っている。ふたりはそれぞれ友人に相手のことを話しつつも、大きな意味はないと自分に言い聞かせる。

会話を重ねるうちに、友情では済まない感情が育っていく

やがてフランクは列車内でモリーに声をかけ、翌日の列車で隣の席に座る約束を取りつける。以後ふたりは、通勤の合間や昼食の時間に会うようになる。フランクがよく話し、モリーも少しずつ胸の内を明かしていくなかで、彼女はかつて生まれたばかりの娘を亡くしたことを打ち明ける。さらにマンハッタンやチャイナタウンで時間を過ごし、写真を撮るなど、関係は静かに深まっていく。モリーの友人イザベルも、その変化に気づき始める。

父の病状悪化を機に、モリーは距離を置こうとする

モリーの父が再び入院し、心臓手術が必要だとわかると、彼女は動揺する。夫にすぐ連絡がつかず、思わずフランクを頼るが、その一方で自分には果たすべき責任があり、もう会うべきではないとも告げる。フランクは駅のカフェで会おうと提案するが、仕事で遅れたため待ち合わせには間に合わない。ところが、発車しかけた列車のそばでモリーがまだ彼を待っており、そこでフランクは思わず彼女にキスをし、愛を伝える。

一線を越えかけるが、モリーは踏みとどまる

その後、ふたりは再びRizzoliで会い、フランクの友人エドの留守宅アパートへ向かう。互いに惹かれ合っていることは明白だったが、ベッドに向かい服を脱ぎ始めたところで、モリーは続けられないと告げる。帰りの列車では手をつなぐものの、現実はすぐに押し寄せる。フランクが家族に迎えられる姿をモリーは車窓から見つめ、自宅に戻った彼女は、父が亡くなったことを知らされる。ここまでが、本作前半の大きな転機となっている。

父の死の後、モリーは自分の本心を認める

父の死後、モリーは葬儀の場で取り乱し、夫ブライアンにも感情をうまく説明できない。自宅で友人イザベルに胸の内を明かした彼女は、父を失った悲しみだけでなく、フランクへの思いが自分の中で大きくなっていることを認める。モリーは、結ばれないかもしれないと理解しながらも、自分たちは特別な関係だと感じている。

フランクもまた家庭に向き合い、転機を迎える

一方のフランクは、以前から持ちかけられていたヒューストン行きの仕事を受ける決断をする。しかし妻アンは、彼の様子の変化から別の理由があると察し、フランクは列車で知り合った女性の存在を打ち明ける。フランクは“何もなかった”と説明するものの、アンは動揺し、子どもたちを連れて実家のあるデンバーへ向かうと告げる。

別れの夜、ふたりは会えないまま離れる

ヒューストンへ発つ夜、フランクはモリーに電話をかけ、出発前に会いたいと伝える。だがモリーは、そばで会話を聞いているブライアンの存在もあって思うように話せず、電話を切るしかない。フランクが再び連絡した際にはブライアンが応対し、モリーは話したくないと嘘をつく。モリーはその後、フランクを追おうと車を走らせるが、大雨のなかで踏切に差しかかって急停止し、車も止まってしまい、結局最後の別れには間に合わない。

1年後のクリスマス、偶然の再会が訪れる

翌年のクリスマス、フランクはヒューストンから戻り、友人エドと再会する。その席でフランクは、家を売るために戻ってきたことや、アンとの関係がうまくいかなかったことを明かす。いっぽうモリーもマンハッタンでイザベルと会っており、仕事の話を勧められながら、ひとりでクリスマスを過ごそうとしていることが示される。そんななか、ふたりはかつて出会いのきっかけとなった書店Rizzoliで再会する。

すれ違いかけた末に、ラストは列車の中で抱き合う

書店で再会したフランクとモリーは、あの夜にきちんと別れを告げられなかったことを詫び合う。ただし、互いの家庭が現在どうなっているかは、最後まで明確には語らない。いったんはそれぞれ別方向へ歩き出すものの、フランクは立ち止まってモリーを追いかける。グランド・セントラルから出る通勤列車の中でフランクはついにモリーを見つけ、ふたりは抱き合って見つめ合うところで映画は幕を閉じる。

作品解説|魅力&テーマ

作品トリビア

ロバート・デ・ニーロとメリル・ストリープが『ディア・ハンター』以来に再共演した作品

本作は、ロバート・デ・ニーロとメリル・ストリープが1978年の『ディア・ハンター』以来、再び顔を合わせた作品として知られる。演技派ふたりの取り合わせ自体が、本作の大きな見どころのひとつである。

脚本家マイケル・クリストファーの映画脚本デビュー作

脚本を手がけたマイケル・クリストファーにとって、本作は映画脚本デビュー作だった。クリストファーは戯曲「The Shadow Box」で1977年のピュリツァー賞とトニー賞を受賞しており、舞台の世界で高く評価された後に本作へ参加している。

企画段階での仮題は「The Rizzoli Affair」だった

本作は当初、「The Rizzoli Affair」というタイトルで企画が進められていた。のちにParamountで映画化されるまでに、Warner Bros.やFoxを経るなど、開発過程にも紆余曲折があったことが伝えられている。

脚本づくりにはデ・ニーロとストリープ自身も深く関わった

AFI Catalogによると、脚本の改稿を進める過程で、マイケル・クリストファーはロバート・デ・ニーロとメリル・ストリープに即興で場面を演じてもらい、その成果を脚本に反映させたという。監督ウール・グロスバードも、ふたりが脚本形成を助けたと語っている。

ニューヨークの通勤風景を生かしたロケーション映画でもある

AFI Catalogは、マンハッタンやウェストチェスター郡、ニュージャージーなどでの撮影を記録しており、終盤のクレジットにもニューヨークとニュージャージーでのロケ撮影が記されている。さらに『ワシントン・ポスト』によると、マンハッタンとウェストチェスター郡の街路や地下鉄でロケを行い、街の人々をそのまま背景に取り込んだ作品だと伝えられている。

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