新作映画『グッドワン』 を紹介&解説するレビュー。
1月16日(金)日本公開となった映画『グッドワン』は、インディア・ドナルドソン監督の長編デビュー作となるインディペンデントドラマだ。山歩きの週末を通して父娘の距離と大人の未熟さを描く、繊細な会話劇である。キャッツキル山地での3日間のバックパック旅に出た17歳の少女が、同行する父と友人の衝突に巻き込まれていく。主演はリリー・コリアス、共演にジェームズ・ル・グロ、ダニー・マッカーシー。
『グッドワン』あらすじ
ニューヨーク州。17歳のサムは、父クリスとその親友マットとともに3日間のバックパック旅へ向かう。目的地はキャッツキル山地。当初はマットの息子も同行する予定だったが計画が崩れ、3人旅となった。次第に道中で大人2人の微妙な確執が噴き出し、サムは自分の立ち位置を試されていく。

『グッドワン』より © 2024 Hey Bear LLC.
塵も積もれば山となる——“良き娘”が背負うもの
あからさまな加害や、誰が見ても有害な攻撃・暴力がなくとも、大人からの圧力や従順さを求めるプレッシャー、そして自分が笑えない会話や冗談に“従うこと”を期待される時間は、塵も積もれば山となる。本作『グッドワン』は、まさにその“チリツモ”のストレスを丁寧に描き出した秀作だ。

『グッドワン』より © 2024 Hey Bear LLC.
ドナルドソン監督が注目するのは、親から友人に自慢されるような“良き娘(Good One)”であることを期待される主人公サムの姿だ。彼女はそのプレッシャーに耐え続けるが、“従順でいること”の代償は確実に積み重なっていく。誰かに都合よく従順であるということは、それだけの回数、自分を押し殺すということに他ならない。
大人同士の会話や冗談、“何気ない空気”の中に潜む力関係が、思春期の若者にどのように作用するか——本作はそれを痛切かつリアルに描き出す。沈黙、間、視線、微妙な言葉の選び方がもたらす不快感は、観客の体感としても緊張を生む。蓄積した居心地の悪さにサムがどう対処するかを通して、本作は自分と(家族を含めた)他者との境界線の引き方、そのバランスへの気付きをもたらす物語となっている。

『グッドワン』より © 2024 Hey Bear LLC.
思春期の通過儀礼——大人の不完全さへの気づき
決してサムの父と友人が“悪者”というわけではない。そもそも本作は彼らを悪者として描いてはいない。彼らに悪気があるわけでもない。しかし、彼らもまた普遍的な人間であり、つまりは未熟者なのだ。立派で従うべきものにしか見えていなかった“大人”だって、結局のところ未熟なのだと思春期の少女が気づく——その通過儀礼こそが、本作の描く普遍的な瞬間である。
それは誰にでもある体験だ。家族、特に親を完全なものとして見られなくなる瞬間。成人になり、そしてアラサーになり、きっとこの先40歳になり50歳になる時にも、我々は悟る。大人とは子どもの延長線でしかないのだと。本作が核心として捉えているのは、親の成長が止まり、子供の成長に追いつけず、力学が反転していく局面である。

『グッドワン』より © 2024 Hey Bear LLC.
ティーンの女子から見たマスキュリニティ(男性性)の観察として、本作は男性同士のノリ、軽口、自己憐憫への違和感、失望、抵抗を描いた見事な人間観察ドラマとなっている。
積み重なる石——ストレスの視覚的メタファー
特徴的なショットがある。川辺に積まれていく石だ。当初は大きな石でも倒れないが、徐々に小さな石でさえバランスを崩し、積まれた石のすべてを崩壊させる要因となる。これこそ本作の描くチリツモのストレスを象徴するメタファーだろう。

『グッドワン』より © 2024 Hey Bear LLC.
声を荒げることなく、しかし着実に、本作は私たちに問いかける。特に大人の異性を相手にした年少者が、どれだけ多くの“笑えない沈黙”に慣れて生きてきたのか、と。『グッドワン』は1月16日(金)日本公開。
ライター/エディター/映画インスタグラマー。2019年に早稲田大学法学部を卒業。東京都職員として国際業務等を経験後、ライター業に転身。各種SNS(Instagram・X)やYouTubeチャンネル「cula 見て聞く映画マガジン(旧:アルテミシネマ)」においても映画や海外ドラマ、音楽といったカルチャーに関する情報レビューを発信している。
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