テイラー・スウィフトがソングライターの殿堂入りを果たし、涙ながらの21分スピーチで家族への感謝を語った。
テイラー・スウィフトが、ニューヨークで行われたソングライターの殿堂の式典に出席し、女性として史上最年少で殿堂入りを果たした。36歳のスウィフトは、14歳の頃に家族がペンシルベニア州からナッシュビルへ移住したことに触れ、自身の創作を支えてきた家族への思いを涙ながらに明かした。
テイラー・スウィフト、史上最年少女性でソングライターの殿堂入り
テイラー・スウィフトが、ソングライターとしての功績をたたえられ、ソングライターの殿堂入りを果たした。スウィフトは、スティーヴィー・ワンダーに次ぐ史上2番目の若さでの殿堂入りとなり、女性としては史上最年少の快挙となった。
式典でスウィフトは、21分にわたるスピーチを行い、14歳のときに家族がペンシルベニア州からナッシュビルへ移ったことを振り返った。移住の理由について、スウィフトは「私がソングライティングの都で自分の技術を磨けるように」と説明している。
家族の決断について、スウィフトは「両親と弟にとって、家族全員で引っ越すことは決して簡単ではなかったはずです」と語り、続けて「言葉は私の得意なもののはずですが、そうしてくれたことへの感謝を、私は決して言い表すことができません。今夜私がここにいるのは、あなたたちのおかげです」と涙ながらに感謝を伝えた。
スティーヴン・スピルバーグが紹介、物語を形作った“ヒーロー”への敬意
式典でスウィフトを紹介したのは、映画監督のスティーヴン・スピルバーグ。スウィフトはスピルバーグを、自身のストーリーテリングに影響を与えたヒーローだと表現した。
シンガーソングライターとして世界的な成功を収めてきたスウィフトだが、スピーチでは、自身のキャリアの中でソングライティングだけが自然にできたものだったとも語っている。
「ソングライティングが私にとって最も簡単な部分だったと言うとき、私が意味しているのは、それが本能的だったということだと思います」とスウィフトは述べた。
さらに、「誰かに教わったわけではありません。観客を楽しませる方法、振り付け、うっとうしくなりすぎないこと、業界を渡っていくこと、そして困難な教訓と膨大な試行錯誤、混乱や災難を通して自分の正気を必死に守ることは、学ばなければなりませんでした。でも、ソングライティングは、私にとってほとんど唯一、自然にできたことでした」と語り、創作の原点を明かした。
「All Too Well」や「Blank Space」など代表曲が評価対象に
ソングライターの殿堂で評価対象となったスウィフトの代表曲には、「All Too Well (10 Minute Version) (Taylor’s Version)」「Blank Space」「Anti-Hero」「Love Story」「The Last Great American Dynasty」などが含まれている。
今回の栄誉は、近年のスウィフトの大きな成功に続くものでもある。スウィフトは10月にリリースした最新アルバム『The Life of a Showgirl』で、自身のセールス記録を更新。これまでに12作のスタジオアルバムと、4作の再録版「Taylor’s Version」アルバムを発表している。
また、グラミー賞では、年間最優秀アルバム賞を4度受賞した初のアーティストでもある。
婚約者トラヴィス・ケルシーも出席、来月結婚のうわさも
式典には、スウィフトの婚約者でNFLスターのトラヴィス・ケルシーも同席した。2人をめぐっては、来月結婚するとのうわさも広がっている。
今年の殿堂入りには、スウィフトのほか、アラニス・モリセット、ケニー・ロギンス、キッスのジーン・シモンズとポール・スタンレーも名を連ねた。
さらに、ビヨンセ、リアーナ、ケイティ・ペリーらに楽曲を提供してきたクリストファー・“トリッキー”・スチュワート、マライア・キャリーとの仕事で知られるウォルター・アファナシェフ、ティナ・ターナーの「We Don’t Need Another Hero」を手がけたテリー・ブリテン、同じくターナーの「What’s Love Got to Do with It」で知られるグラハム・ライルも選出されている。
50年以上で500人未満、ソングライターに贈られる特別な栄誉
ソングライターの殿堂は1969年に設立され、世界のポピュラー音楽史に残る楽曲を生み出してきたソングライターを毎年たたえている。50年以上の歴史の中で、招かれた人物は500人未満とされる。
ポップスターとしてだけでなく、自身の言葉で物語を紡いできたソングライターとして、テイラー・スウィフトは新たな節目を迎えた。家族の支え、ナッシュビルで磨かれた創作、そして自身の本能としてのソングライティング。涙のスピーチは、彼女のキャリアがどこから始まり、どのように世界へ広がっていったのかを改めて示すものとなった。
