新作映画『タイトル』 を紹介&解説するレビュー。
映画『Michael/マイケル』が、6月12日(金)日本公開を迎える。“キング・オブ・ポップ”として世界中の音楽シーンを変えたマイケル・ジャクソン。その人生を描く本作は、伝説的なステージの熱狂と、ひとりのアーティストが抱えた孤独や葛藤を、音楽映画としての高揚感とドラマ映画としての厚みで映し出していく。マイケルをよく知る世代はもちろん、名前や代表曲だけを知っている人にとっても、彼がなぜ特別な存在だったのかを体感できる一作だ。
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マイケル・ジャクソンをどれくらい知っているかは、おそらくこの映画を楽しめるかどうかの絶対条件ではない。もちろん、曲を知っている人ほど胸が高鳴る瞬間は多い。しかし映画『Michael/マイケル』がまず強いのは、ひとりのポップスターの人生を、音楽とパフォーマンスの快感でしっかり見せ切ってくれるところだ。
有名な曲、クールでスタイリッシュな曲、誰もが一度は耳にしたことのあるメロディーが次々と流れ、ステージ上のマイケルがスクリーンに立ち上がる。その瞬間、この映画は単なる伝記映画ではなく、かなり贅沢な“体験型”の音楽映画になる。
まず「楽しい」- 知らなくても楽しめる音楽映画としての強さ
『Michael/マイケル』は、キング・オブ・ポップの栄光だけを並べる映画ではない。厳格な父のもとで育った幼少期、早すぎる成功、家族との関係、孤独、創作への執念など、マイケル・ジャクソンという人物の光と影をドラマとして追っていく。
とはいえ、まず強く残るのは「楽しかった」という感覚だ。パフォーマンスシーンの高揚感がとにかく大きい。曲が始まり、身体が動き、あの声が響く。それだけで映画館の空気が変わる。
この感覚は、やはり『ボヘミアン・ラプソディ』に近い。アーティストの苦悩を描きながらも、最後にはその人がなぜ時代を変えたのかを、観客の身体にわからせてくれる。音楽を説明するのではなく、音楽で納得させる。そこに、この映画のわかりやすい強さがある。
マイケル・ジャクソンをリアルタイムで知らない世代でも、彼がなぜ“伝説”と呼ばれるのかは伝わるはずだ。むしろ、詳しくない人ほど「この曲もマイケルだったのか」「この動きはここから来ていたのか」と発見しながら見られる。入り口としても、非常に強い映画だと感じる。
“本物”に近づける - マイケル・ジャクソン役の説得力
何より驚かされるのは、主演ジャファー・ジャクソンだ。マイケルの実の甥という血筋の説得力はもちろんある。ただ、それだけで成立する役ではない。むしろ血縁があるからこそ、観客の期待も視線もかなり厳しくなるはずだ。
それでも、ジャファーはその重圧をかなりのレベルで跳ね返している。ダンスのキレ、立ち姿、指先の使い方、首の角度、声の高さ、ふとした繊細な表情。すべてが単なるモノマネではなく、「マイケルという存在がどう世界を見ていたのか」に近づこうとしているように見える。
とくに高い声とダンスの再現度に、素直に驚いた。あの身体の使い方を映画の中で成立させるには、技術だけでは足りない。音楽への反応速度、リズムの取り方、ステージ上での孤独と自信。そのすべてを背負わなければ、マイケルには見えない。ジャファーの努力は、信じ難いレベルのものだろう。
そして幼少期のマイケルを演じるジュリアーノ・ヴァルディもすばらしい。子ども時代の輝きと痛みを、過剰に説明せずに見せてくれる。歌うこと、踊ることが天性の喜びである一方で、それが家族の期待や父の厳しさと結びついてしまう怖さもにじむ。
気づけば、これは再現ドラマではなく、マイケル・ジャクソンの人生をドキュメンタリーのように目撃している感覚になっていた。もちろん映画であり、構成された物語ではある。しかし、ステージに立つ彼らの身体が本気である分だけ、画面の向こうに“本物”が宿っているように感じられる。
疑惑を描かない映画は、果たして「偽物」か
一方で、この映画が批判されるポイントも理解はできる。マイケル・ジャクソンの人生を描くうえで、性的虐待疑惑に踏み込まないことをどう考えるのか。ここは避けて通れない。
正直に言えば、本作が完全に真摯な姿勢で歴史と向き合った映画かと聞かれたら、全面的にそうだとは言い切れない。理想的に見える瞬間はあるし、都合よく整理されているとの批判に100%の力で反論することはできない。終盤がやや唐突にサクッと終わってしまう印象もあり、全力で「最高の後味」と言い切れる作品ではない。
ただ、それでもこの映画が描いているものまで「偽物」と切り捨てるのは違うとも思う。
マイケル・ジャクソンがポップスターとして圧倒的だったこと。父親の厳しさの中で育ったこと。成功の裏側で孤独や痛みを抱えていたこと。ペプシCM撮影中の事故をはじめ、彼の人生に大きな影を落とした出来事があったこと。そうした「本物」の要素は、たしかに本当に起きたことなのだから。
疑惑がある人物の“光”を描いてはいけないのか。これは簡単に答えを出せる問題ではない。もちろん、疑惑を描かないことへの批判はあって然るべきだし、映画が何を描かなかったのかを考えることも重要だ。しかし、“疑惑”によって、彼が生み出した音楽や、ステージ上で放っていた輝きまで存在しなかったことにはならない。
本作は、マイケル・ジャクソンという人物のすべてを描き切った映画ではない。むしろ、かなり限定された角度から見た映画だと感じる。だからこそ物足りなさが残る観客も一定数いるであろうし、今後もし続編が作られるなら、そこから先をどう扱うのかが問われることになる。
それでも『Michael/マイケル』には、マイケルの苦労、苦悩、成り上がり、理想主義者としてのまぶしさ、そしてポップスターとしての圧倒的な力が確かに刻まれている。完璧な伝記映画ではないが、彼のパワーをスクリーン上で“本物”にしてしまう瞬間がある。
だからこそ、この映画が「偽物」だとは思わない。マイケル・ジャクソンという巨大すぎる存在の、少なくとも輝いていた側面を、かなりの熱量で映画にした作品だ。
マイケル・ジャクソンが放っていた圧倒的な光、音楽に人生を捧げた人間の執念、そしてステージに立つことでしか証明できなかった存在の強さが刻まれた映画『Michael/マイケル』は、6月12日(金)日本公開。本作が、彼が“キング・オブ・ポップ”と呼ばれた理由を、スクリーンの上で改めて実感させてくれるだろう。
