『ミニオンズ&モンスターズ』の元ネタは? 『月世界旅行』『モダン・タイムス』『メトロポリス』など古典映画オマージュ・パロディー、小ネタを徹底解説

『ミニオンズ&モンスターズ』より FILMS/TV SERIES
『ミニオンズ&モンスターズ』より © Universal Studios. All Rights Reserved.

映画『ミニオンズ&モンスターズ』に登場する、映画史を彩ってきた名作への大量のオマージュやパロディーを紹介。


ミニオンたちが怪物たちと大騒動を繰り広げる『ミニオンズ&モンスターズ』。そのタイトルからはモンスター映画のパロディーを想像しやすいが、実際の作品はそれだけにとどまらない。

冒頭から描かれるのは、19世紀の連続写真や映画黎明期の短編、サイレント喜劇、古典ハリウッド、1950年代SF、そして現代まで連なる映画史そのものだ。しかも単純に有名作品を画面へ登場させるのではなく、「実は映画史の重要な瞬間には、いつもミニオンがいた」という形で歴史そのものを書き換えてしまう

ここでは『ミニオンズ&モンスターズ』に登場する古典映画ネタやオマージュを、映画史の流れとあわせて振り返っていく。

映画誕生の瞬間からミニオンがいた?冒頭の映画史パロディー

『ミニオンズ&モンスターズ』の映画ネタは、ハリウッド黄金期から始まるのではない。さらに時代をさかのぼり、「映画」と呼べるものがまだ確立されていなかった19世紀からスタートする。

この冒頭部分で面白いのは、既存の映画をそのままパロディー化するだけではなく、映画史上知られる映像の中へミニオンたちを紛れ込ませている点だ。まるで彼らが映画誕生以前から存在し、偶然あるいは騒動によって映画史の発展に関わってきたかのような“偽映画史”が作られていく。

『動く馬』から始まる“映画以前”の歴史

最初にさかのぼるのは、映画の誕生以前。エドワード・マイブリッジが1870年代に行った、馬の疾走を連続写真で記録する実験『動く馬』だ。

走っている馬の脚が実際にはどのような動きをしているのかを確かめるため、複数のカメラを使って動作を連続的に撮影したことで知られる。中でも疾走する馬を連続写真として捉えたイメージは、後世から「映画前史」を語る際の象徴的な存在となった。

『ミニオンズ&モンスターズ』では、この歴史的なイメージの中にまでミニオンが入り込む。つまり作品世界では、「動きを連続して記録する」という映像史の重要な瞬間に、すでにミニオンが居合わせていたことになる。

さらに犬の運動を捉えたマイブリッジの連続写真を思わせる場面も登場する。本来は人間や動物の動作を科学的に分析するための記録だが、本作ではそこにもミニオンらしい追いかけっこのギャグが加わり、学術的な映像史をドタバタ喜劇へ変えてしまう。

まだスクリーンも映画スターも存在しない時代からミニオンを登場させることで、本作は冒頭数分の段階から「映画の歴史を丸ごと遊び場にする」という方向性を明確に打ち出している。

リュミエール兄弟『工場の出口』『水をかけられた散水夫』

続いて登場するのが、映画史において極めて重要な存在であるリュミエール兄弟の作品だ。

1895年に撮影された『工場の出口』は、その名の通り、リュミエール兄弟が経営していた工場から従業員たちが出てくる様子を捉えた短い映像。現在の感覚ではごく日常的な光景に見えるが、「現実の出来事を動く映像として記録し、大勢の観客に見せる」という映画の原型を示す作品の一つとして知られている。

『ミニオンズ&モンスターズ』では、この工場から出てくる人々の中にミニオンたちも紛れ込む。誰もが教科書や映画史資料で目にするような映像の背景へ、黄色い小さな存在を自然に配置することで、「実は彼らもそこにいた」という荒唐無稽な歴史が成立している。

さらに引用されるのが、『水をかけられた散水夫』。庭師がホースで水をまいていると、少年がホースを踏んで水を止める。異変を感じた庭師がホースの先端をのぞいた瞬間、少年が足を離し、庭師が水を浴びてしまうという単純なギャグを描いた作品だ。

わずかな出来事ながら、物語性を持った初期のコメディー映画としてしばしば紹介される一本でもある。

本作では、このいたずらを引き起こす役割へミニオンが入り込む。つまり映画史に残る初期の映像ギャグすら、「本当はミニオンの悪ふざけから生まれた」という設定に置き換えられているわけだ。

このくだりは、『ミニオンズ&モンスターズ』が古典映画を単に尊敬して再現するだけの作品ではないことも示している。映画史上の偉大な瞬間をきちんと踏まえつつ、最後には必ずミニオン特有のくだらない騒動へ落とし込む。そのバランスこそが、本作の映画オマージュの特徴となっている。

メリエス『月世界旅行』と『大列車強盗』

映画が単なる現実の記録から、物語や幻想を見せる娯楽へと発展していく過程も、本作ではしっかり拾われている。

その代表が、ジョルジュ・メリエス監督による1902年の『月世界旅行』だ。

天文学者たちが砲弾型の宇宙船に乗って月へ向かうという物語で、とりわけ人間の顔を持った月の目へ宇宙船が突き刺さるショットは、映画史を代表するイメージとして現在まで語り継がれている。

『ミニオンズ&モンスターズ』では、この有名な“顔のある月”そのものがミニオン化される。メリエスが生み出した幻想的な映像世界を忠実に思わせつつ、巨大なミニオンの顔へ置き換えることで、映画史上屈指のアイコニックな画面を一瞬でミニオン映画へ変えてしまう。

『月世界旅行』が重要なのは、単に有名な古典映画だからではない。メリエスは編集、舞台装置、多重露光、ストップ・トリックなどを駆使し、映画を「現実を記録する装置」から「存在しない世界を作り出す装置」へと大きく押し広げた映画人の一人だった。

怪物や宇宙人、魔法のような現象が次々と登場する『ミニオンズ&モンスターズ』にとって、その源流にメリエスを置くことには映画史的な意味もある。

そしてもう一本、初期映画史を代表する作品として登場するのが、エドウィン・S・ポーター監督による1903年の『大列車強盗』だ。

列車を襲撃する強盗団と、その後の追跡を描いた作品で、複数の場所で進行する出来事を編集によってつなぎ合わせることで、より複雑な物語を映画で語る可能性を示した作品として知られている。西部劇の原型となった一本として紹介されることも多い。

本作では、ミニオンたちが列車強盗を扱った映画撮影へ巻き込まれ、目の前で起きていることを「映画の撮影」ではなく本物の事件だと勘違いすることで騒動が膨らんでいく。

ここから『ミニオンズ&モンスターズ』は、映画史そのものを再現する段階から、ミニオンたちが「映画を作る側」へ入り込んでいく段階へと移っていく。映画の誕生を見届けた彼らは、やがてサイレント映画のスターとしてハリウッドを駆け回ることになる。

チャップリン、キートン、ロイド――サイレント喜劇の名場面を再現

初期映画史を駆け抜けたミニオンたちは、やがて映画が本格的な娯楽産業へと発展していく1920年代へたどり着く。ここで本作が前面に押し出すのが、チャールズ・チャップリンバスター・キートンハロルド・ロイドらが築いたサイレント喜劇の世界だ。

セリフに頼らず、身体の動き、表情、危険なスタント、そして周囲の物体を巧みに利用したギャグによって観客を笑わせるサイレント・コメディーは、言葉が通じなくても成立するミニオンたちと極めて相性がいい。

ハロルド・ロイド『要心無用』の時計塔

サイレント喜劇を象徴するイメージの一つとして登場するのが、ハロルド・ロイド主演の1923年映画『要心無用』だ。

ロイド演じる青年が高層ビルをよじ登り、最後に巨大な時計の針へぶら下がる場面は、映画そのものを観たことがなくても一度は目にしたことがあるほど有名なショットとなっている。

『ミニオンズ&モンスターズ』でも、この“時計にぶら下がる男”を思わせる光景が登場する。ミニオンたちが街中を巻き込んで暴走する中、建物の高所に取り残された男が時計へつかまることで、『要心無用』の象徴的な構図がさりげなく再現される。

バスター・キートンの列車と“倒れる家”

ハロルド・ロイドと並び、サイレント映画を代表する喜劇王バスター・キートンへのオマージュも随所に盛り込まれている。

特に大きな引用元となっているのが、1926年の『キートンの大列車追跡』。南北戦争を背景に、奪われた機関車を追う男の冒険を描いた作品で、実際の蒸気機関車を使った大規模なアクションと、キートン自身による危険なスタントで知られている。

『ミニオンズ&モンスターズ』でも列車は重要なドタバタ装置として使われており、ミニオンたちが機関車へ群がり、暴走する列車とともに次々と騒動を起こしていく。列車そのものを巨大なギャグ装置へ変えてしまう発想は、まさにキートン作品の伝統を受け継いだものといえる。

さらに分かりやすいのが、1928年の『キートンの蒸気船』を思わせる“倒れる建物”のギャグだ。

同作には、巨大な家の正面部分がキートンめがけて倒れてくるものの、偶然にも開いていた窓の位置に彼が立っていたため、壁だけが身体をすり抜けるように落下し、本人は無傷で立ち続けるという伝説的なスタントが登場する。

『ミニオンズ&モンスターズ』でも、建物の壁が人物へ向かって倒れ、窓の空間に身体がぴたりと収まることで難を逃れる構図が再現されている。

チャップリン『モダン・タイムス』『独裁者』

そしてサイレント喜劇を語る上で欠かせないのが、チャールズ・チャップリンへのオマージュだ。

中でも分かりやすいのが、1936年の『モダン・タイムス』。大量生産が進む近代社会を舞台に、工場で働くチャップリン演じる放浪紳士が巨大な機械に振り回されていく作品である。

最も有名なのが、チャップリンが巨大な歯車の間へ巻き込まれ、そのまま機械内部を移動していく場面だ。

『ミニオンズ&モンスターズ』では、この場面を思わせる巨大機械へミニオンたちが次々と巻き込まれていく。チャップリンが工業化社会にのみ込まれていくという原典の社会風刺は、本作では大量のミニオンが機械の中を流れていく純粋な物理ギャグへと変換されている。

それでも、歯車、ベルトコンベア、反復作業といった『モダン・タイムス』を象徴するビジュアルを使うことで、映画ファンにはすぐに元ネタが伝わる構成になっている。

さらに1940年の『独裁者』を思わせるイメージも登場する。

『独裁者』で特に有名なのが、チャップリン演じる独裁者ヒンケルが巨大な地球儀の風船を抱え、世界を自分のものにしたかのように踊る場面。権力者の誇大妄想を、軽やかな身体表現と巨大な地球儀によって風刺した名シーンだ。

『ミニオンズ&モンスターズ』では、映画博物館の中にこの巨大な地球儀を思わせる展示が置かれており、チャップリン映画を知る観客へ向けた視覚的なイースターエッグとなっている。

ミニオンたちは独自の言葉を話すものの、その意味を理解しなくても、転ぶ、潰される、追いかける、爆発するという身体的な動きだけで笑いが成立する。チャップリンやキートンが築いた「言葉に依存しないコメディー」の系譜を、現代のアニメーションで受け継いでいるキャラクターともいえるだろう。

ミニオンたちが駆け抜ける1920〜30年代ハリウッド

サイレント喜劇の時代を経て、『ミニオンズ&モンスターズ』の映画史パロディーは、さらに大規模なスタジオ映画の世界へ広がっていく。

1920〜30年代のハリウッドでは、西部劇、歴史大作、戦争映画、冒険映画などが次々と製作され、映画会社の巨大な撮影所には複数のセットが同時に組まれていた。『ミニオンズ&モンスターズ』では、ミニオンたちがそうした撮影現場を縦横無尽に走り回ることで、旧ハリウッドの“夢の工場”そのものを一つの巨大な遊び場へ変えている。

『ベン・ハー』『つばさ』『ヴァイキング』など大作映画の撮影現場

まず印象的なのが、古代世界を舞台にした歴史大作を思わせる撮影現場だ。

ミニオンたちが船底で大勢の漕ぎ手と並び、巨大なオールを動かす場面は、『ベン・ハー』のガレー船を強く連想させる。

『ベン・ハー』といえば1959年版が特に有名だが、それ以前にも1925年に大規模なサイレント映画版が製作されている。『ミニオンズ&モンスターズ』が映画史を年代順にたどっていることを考えると、この場面は1925年版を含む『ベン・ハー』という映画史的イメージ全体へのオマージュと見るのが自然かもしれない。

さらに、戦闘機を使った映画撮影を思わせるセットも登場する。

ここで連想されるのが、1927年の『つばさ』。第一次世界大戦の戦闘機パイロットたちを描いた航空映画で、実際の飛行機を用いた迫力ある空中戦によって知られている。

『つばさ』は第1回アカデミー賞で、後に作品賞へ相当する「Outstanding Picture」を受賞した映画としても映画史上重要な一本だ。

さらにヴァイキング映画の撮影現場も登場する。

この場面の参照元として挙げられるのが、1928年の『北欧の海賊』。ヴァイキングの冒険を描いた歴史映画で、初期のテクニカラー長編作品の一つとして知られている。

本作では、武器を持ったヴァイキングたちが戦う撮影へミニオンたちが入り込み、芝居と現実の区別もつかないまま騒動を拡大させる。

『メトロポリス』『キング・コング』へつながる映画史

スタジオで撮影される大作だけでなく、後のSF映画やモンスター映画へつながる重要作品も本作の背景に組み込まれている。

その一つが、フリッツ・ラング監督による1927年の『メトロポリス』だ。

未来都市を舞台に、富裕層と労働者階級が分断された社会を描いたSF映画の金字塔であり、その中でも特に有名なのが女性型ロボット“マリア”の存在だ。

金属質の身体と人間型のシルエットを持つマリアは、その後の映画やアニメに登場するロボット・アンドロイドの造形へ大きな影響を与えた。

『ミニオンズ&モンスターズ』では、映画博物館の展示物として、このマリアを思わせるロボットが登場する。

そして、モンスター映画史を語るうえで欠かせないのが、1933年の『キング・コング』。

映画博物館にはコングを思わせる展示が置かれており、巨大怪物映画の代表として本作の映画史コレクションへ加えられている。

『キング・コング』は、未知の島で巨大なゴリラを発見し、それをニューヨークへ連れ帰ったことで大惨事が起きる物語。ストップモーション・アニメーションと実写を組み合わせた特殊効果によって、当時としては驚異的な怪物映像を作り上げた。

ミニオンたちが撮影所を走り抜ける間に、映画は現実を撮影するだけのメディアから、古代世界も未来都市も巨大怪物も生み出せる巨大産業へと変わっていく。

しかし、そんな映画史最大級の変革が訪れたところで、ミニオンたち自身にも重大な問題が発生する。

映画に「音」が付くようになってしまったのだ。

サイレントからトーキーへ――『雨に唄えば』が最大の元ネタ?

サイレント映画の世界で次々と騒動を起こしながらも、スターとして成功していくミニオンたち。しかし映画史は、彼らにとって致命的ともいえる大きな転換期を迎える。

それが、映像と同期した音声を持つ「トーキー」の登場だ。

1927年に公開された『ジャズ・シンガー』の成功をきっかけに、ハリウッドではサイレント映画からトーキーへの移行が急速に進んだ。それまで表情や身体の動きだけで観客を魅了していた俳優たちにも、声質、発音、台詞回しといった新しい能力が求められるようになる。

映画史上、この変化によってキャリアを失った俳優は少なくない。

そして『ミニオンズ&モンスターズ』では、この歴史的転換がミニオンたちに直撃する。

彼らは言葉を発しないわけではない。しかし話すのは、英語やスペイン語、フランス語などが入り交じった独特の「ミニオン語」。身体だけで笑わせるサイレント映画ではむしろ完璧なスターだった彼らも、観客に意味の通じる台詞を要求されるトーキーになると、一転して映画会社にとって扱いづらい存在となってしまう。

この構図から強く連想されるのが、1952年のミュージカル映画『雨に唄えば』だ。

声を出した途端にスター生命が終わるミニオンたち

『雨に唄えば』は、1920年代末のハリウッドを舞台に、サイレント映画からトーキーへ移行する映画界の混乱を描いた作品だ。

ジーン・ケリー演じる人気俳優ドン・ロックウッドは新時代へ適応していく一方、共演者リナ・ラモントは独特の甲高い声と訛りによってトーキーへの対応に苦しむ。サイレント映画では華やかなスターだった人物が、「声を聞かれた瞬間」に商品価値を失いかねないという残酷な現実が、コメディーとして描かれている。

『ミニオンズ&モンスターズ』で起こることも、それとよく似ている。

スクリーン上を走り回り、転び、壊し、追いかけるだけなら大人気だったミニオンたち。ところが映画会社が音声映画へ移行すると、今度は彼らにも台詞を話すことが求められる。

そこで露呈するのが、彼ら最大の“弱点”だ。

観客である私たちには何となく感情が伝わっても、映画の登場人物として脚本通りの英語を話すことはできない。スターとして必要とされる能力そのものが、映画技術の進歩によって突然変わってしまう。

これはミニオンだからこそ成立するギャグである一方、映画史的にはかなり理にかなった設定でもある。

そもそもミニオンというキャラクターは、表情や身振り、転倒、衝突といった視覚的な笑いを中心に成立している。そのため、チャップリンやキートンらのサイレント喜劇の世界では抜群に相性がいい。

ところが「意味のある台詞をきちんと発音してください」と要求された途端、その強みが弱点へと反転する。

本作は、トーキー革命によってスターの条件そのものが変化した映画史を、ミニオンというキャラクターの性質を利用して巧みにコメディーへ落とし込んでいる。

『マルタの鷹』をミニオン語で演じるトーキーテスト

トーキーへ対応できるかを試される場面で使われるのが、古典的なハードボイルド映画を思わせるセットだ。

特に下敷きとして分かりやすいのが、1941年の『マルタの鷹』。ジョン・ヒューストン監督、ハンフリー・ボガート主演によるフィルム・ノワールの代表作で、ボガート演じる私立探偵サム・スペードが、謎めいた女性や犯罪者たちに囲まれながら、価値ある「マルタの鷹」を巡る事件へ巻き込まれていく。

『ミニオンズ&モンスターズ』のテスト撮影でも、ミニオンはトレンチコート姿の探偵風キャラクターを演じる。さらに相手役や登場人物の名前には、ハンフリー・ボガートや共演したメアリー・アスターを思わせる映画史ネタが盛り込まれている。

ところが問題は、もちろん台詞だ。古典ノワールらしい格好をして、いかにも意味深な会話を始めるはずが、ミニオンの口から飛び出すのは脚本とはまったく異なる言葉。緊張感ある犯罪映画の芝居が、ミニオン語によって一瞬で崩壊してしまう。

この場面が面白いのは、単純に「ミニオンは英語を話せない」というギャグだけではない。

トーキー初期の映画界では、実際に俳優たちがマイクの位置を意識しながら台詞を話さなければならず、それまで自由だったカメラや身体表現が一時的に制約されることもあった。また、舞台俳優のような明瞭な発声や特定のアクセントが求められ、声そのものが俳優の商品価値を左右するようになった。

本作はそうした映画技術の変化を、ハードボイルド映画の撮影テストという形で見せている。

そして何より皮肉なのは、観客にとってミニオンの魅力は、まさにその「何を言っているのか分からない言葉」にあるということだ。

現在では世界中で愛される特徴が、トーキー黎明期のハリウッドでは致命的な欠点として扱われる。その逆転が、この一連の場面の最大の笑いになっている。

『市民ケーン』『カサブランカ』まで登場

トーキー以降の古典ハリウッドを描くパートでは、さらに映画史を代表する作品への引用が続く。

中でも分かりやすいのが、オーソン・ウェルズ監督・主演による1941年の『市民ケーン』だ。新聞王チャールズ・フォスター・ケーンの生涯を、彼が死の直前に残した謎の言葉「バラのつぼみ(Rosebud)」を手掛かりにたどっていく作品で、現在でも映画史上最高の一本として名前が挙がることの多い名作である。

その冒頭で有名なのが、死の床にあるケーンが「バラのつぼみ」と呟き、手にしていたスノードームを落とす場面だ。『ミニオンズ&モンスターズ』では、この重々しい名場面がミニオンによって再現される。

スノードームを手に横たわる構図までは『市民ケーン』そのもの。しかし、映画史上最大級の謎を残す「バラのつぼみ」に代わってミニオンが口にするのは、当然ながら高尚な言葉ではなく「うんち(Poop)」である……。壮大な人生を暗示するはずの最期の台詞をくだらないミニオン語へ変えることで、映画史屈指の荘厳な導入を豪快に台無しにしている。

さらに1942年の『カサブランカ』も引用される。ハンフリー・ボガートとイングリッド・バーグマン主演による恋愛映画の名作で、第二次世界大戦下のモロッコを舞台に、かつて愛し合った男女の再会と別れを描いた作品だ。

劇中にはピアニストのサムが登場し、主人公リックとイルザの思い出に結びついた楽曲「As Time Goes By」を演奏する。『ミニオンズ&モンスターズ』でも、このサムを思わせるピアニストを使ったネタが登場する。ここで意識されているのが、『カサブランカ』を象徴するフレーズとして後世に定着した「Play it again, Sam」だ。

実は『カサブランカ』本編では、この言葉がそのままの形で発せられることはない。それでも映画史上最も有名な“映画に存在しない名台詞”の一つとして広まってきた。そのため、本作のネタは『カサブランカ』そのものだけでなく、作品を巡って長年蓄積されてきた映画ファンの記憶やトリビアまで利用したものになっている。

雨に唄えば』によるトーキー革命、『マルタの鷹』のフィルム・ノワール、『市民ケーン』の革新的な映画表現、『カサブランカ』のハリウッド黄金期。こうしてミニオンたちは、映画史の誕生からサイレント時代を経て、ついに古典ハリウッドを代表する名作群の中へ入り込んでいく。

しかし『ミニオンズ&モンスターズ』というタイトルが示す通り、本作が最も深く遊び始めるのはここからだ。

ハリウッドの映画史は、やがて怪物、宇宙人、ロボット、巨大生物がスクリーンを席巻する“モンスター映画”の時代へと向かっていく。

『ミニオンズ&モンスターズ』を彩る古典モンスター映画

映画史を駆け抜けてきた『ミニオンズ&モンスターズ』は、やがて本題ともいえる怪物映画の世界へ踏み込んでいく。

ここで重要なのは、本作が単に「怪物がたくさん出てくる映画」ではないことだ。登場するモンスターやロボットの造形、設定、動きには、1930年代のユニバーサル・モンスターから1950年代のSF・クリーチャー映画まで、古典ジャンル映画の記憶が随所に埋め込まれている。

とりわけユニバーサルは、『魔人ドラキュラ』『フランケンシュタイン』『ミイラ再生』『透明人間』『狼男』『大アマゾンの半魚人』など、映画史を代表する怪物たちを数多く送り出してきたスタジオでもある。

『ミニオンズ&モンスターズ』は、そうした自社の怪物映画史を利用しながら、ミニオンたちの世界へ“モンスター映画の系譜”そのものを持ち込んでいる。

ユニバーサル・モンスター『ミイラ再生』『大アマゾンの半魚人』

最も分かりやすいのが、1932年の『ミイラ再生』を思わせるミイラ男だ。

『ミイラ再生』では、ボリス・カーロフ演じる古代エジプトの僧侶イムホテップが、数千年の眠りから蘇る。現在では「包帯を巻いたミイラ男」という姿がモンスター映画の定番として定着しているが、そのイメージを映画史上広く浸透させた作品の一つが、このユニバーサル映画だった。

『ミニオンズ&モンスターズ』でも、ミニオンたちが仕えようとする怪物の一人としてミイラが登場する。しかし、当然ながら彼らが相手では威厳を保てない。本来なら恐怖の象徴であるはずの包帯は、ミニオンたちによって引っ張られ、ほどかれ、トイレットペーパー扱いをされてしまう。

同じくユニバーサル・モンスターの代表格として登場するのが、1954年の『大アマゾンの半魚人』を思わせる半魚人だ。

アマゾン奥地に生息する未知の水棲生物“ギルマン”を描いた作品で、鱗に覆われた身体、魚のような頭部、手足に備わった水かきという独特のデザインは、現在でもクリーチャー映画史を象徴する造形の一つとなっている。『ミニオンズ&モンスターズ』でも、このギルマンを思わせる怪物が映画博物館やモンスターの系譜を示す場面に登場する。

ドートの元ネタは『地球の静止する日』

古典的な怪物だけではなく、1950年代SF映画を象徴するロボットの影響も強く表れている。

その代表が、劇中に登場するドートだ。名前からして明確に連想されるのが、1951年のSF映画『地球の静止する日』に登場するロボット“ゴート”である。

『地球の静止する日』では、宇宙人クラトゥが巨大な宇宙船で地球へ飛来し、その傍らには圧倒的な力を持つロボット、ゴートが立っている。滑らかな金属製の身体、無表情な顔、圧倒的な破壊力を持ちながら淡々と行動する姿は、その後のSF映画に登場するロボット像へ大きな影響を与えた。

『ミニオンズ&モンスターズ』のドートも、そうした1950年代のレトロSFロボットを明確に意識した存在となっている。しかも名前が「Gort」ではなく「Dort」という時点で、完全な再現ではなく、ミニオン映画らしい少し間の抜けたパロディーになっている。

原典のゴートが、人類の行動次第では地球そのものを滅ぼしかねないほどの脅威を秘めていたのに対し、本作ではドート自身にも感情やドラマが与えられている。人類を脅かす側として登場しながら、地球や人間との関係を通して立場を変えていくという展開には、1950年代SFがしばしば描いてきた「未知の存在は本当に敵なのか」というテーマも重なる。

アイリーンの元ネタは『マックイーンの絶対の危機』

後半で大きな脅威となるアイリーンは、1958年のSFホラー『マックイーンの絶対の危機(ピンチ)』(原題『The Blob』)の怪物を強く思わせる。同作に登場するのは、宇宙から飛来した正体不明の粘液状生命体だ。最初は小さな塊にすぎないが、人間を次々とのみ込みながら巨大化していき、やがて町全体を脅かす存在へ成長していく。

顔も明確な身体も持たない“ただの塊”が、触れたものを吸収し続けるという発想は非常にシンプルだが、それゆえに強烈な恐怖を生み出していた。

『ミニオンズ&モンスターズ』のアイリーンにも、この「のみ込むことで巨大化する怪物」という性質が引き継がれている。

『ゴジラ』『ジョーズ』など怪獣・パニック映画の影響

さらに本作のモンスター表現は、ユニバーサル作品だけでは完結しない。

巨大な怪物が街や人類を脅かす後半の展開には、1954年に始まった『ゴジラ』をはじめとする怪獣映画の影響も感じられる。『ゴジラ』は、巨大生物が都市を破壊するという怪獣映画の基本形を確立した作品の一つであり、その後世界中で作られる巨大モンスター映画へ決定的な影響を与えた。

『ミニオンズ&モンスターズ』でも、封印されていた巨大な存在が解放され、人間の手に負えない規模の脅威へ発展していく。

もちろん特定のゴジラ映画の一場面をそのまま再現しているわけではないが、「巨大怪物が出現した瞬間、物語のスケールそのものが変わる」という怪獣映画の文法が取り入れられている。

そしてもう一つ、分かりやすく引用されるのがスティーヴン・スピルバーグ監督の1975年映画『ジョーズ』だ。海中から獲物へ忍び寄る巨大なサメと、その存在を直接見せないまま恐怖を膨らませる演出によって、映画史を変えたパニック映画である。

『ミニオンズ&モンスターズ』では、海上でサメを思わせる背びれが接近してくる場面など、『ジョーズ』を連想させる視覚的なギャグが登場する。さらに映画博物館にも同作を思わせる展示があり、古典モンスターから近代的なパニック映画までを一続きの“怪物映画史”として扱っていることが分かる。

ミイラ男、半魚人、宇宙ロボット、粘液状生命体、巨大怪獣、そしてサメ。『ミニオンズ&モンスターズ』は、怪物という言葉が指してきたものを年代ごとに並べることで、「映画におけるモンスター像がどのように変化してきたか」まで一種の遊びとして見せている。

映画博物館に隠された名作・映画人を探す

『ミニオンズ&モンスターズ』では、物語そのものに組み込まれたオマージュだけでなく、映画博物館の展示物にも大量のイースターエッグが仕込まれている。

現代を舞台にした博物館ツアーでは、案内役オリヴィアが子どもたちを連れて映画史を紹介していく。その背後には、古典ハリウッドから1980〜90年代の大ヒット映画まで、年代を問わず映画ファンなら見覚えのある人物や小道具が次々と映り込む。

『メトロポリス』のロボット、『ミイラ再生』のミイラ男、『大アマゾンの半魚人』のギルマン、『カサブランカ』のリック・ブレイン、『海底二万哩』のカーク・ダグラス演じるネッド・ランドなども展示されており、博物館そのものが巨大な映画史コレクションとなっている。

『鳥』『E.T.』『バック・トゥ・ザ・フューチャーPART2』

映画博物館では、1960年代以降の名作も次々と拾われている。

まず分かりやすいのが、アルフレッド・ヒッチコックと1963年の『』。博物館にはヒッチコック本人を模した展示があり、その周囲には大量の鳥たちが配置されている。鳥の群れが突然人間を襲い始める『鳥』を、監督本人とセットで表現したイースターエッグだ。

ヒッチコックは『サイコ』『裏窓』『めまい』など数多くの名作を残した映画史を代表する監督だが、その本人のシルエットもまた映画ファンにはおなじみ。自身の監督作へ短時間だけ姿を見せる「カメオ出演」を繰り返したことでも知られているため、映画博物館の片隅へさりげなく置かれていること自体が、どこかヒッチコックらしい遊びにも見える。

続いて登場するのが、スティーヴン・スピルバーグ監督による1982年の『E.T.』。博物館にはエリオットとE.T.の姿が展示されている。『E.T.』といえば、地球へ取り残された異星人E.T.と少年エリオットの友情を描いたSFファンタジー。1980年代を代表する大ヒット映画であり、少年たちの自転車が月を横切るシルエットは映画史屈指の有名なイメージとなった。

さらに1989年の『バック・トゥ・ザ・フューチャーPART2』からは、未来世界を象徴するホバーボードが展示されている。マイケル・J・フォックス演じるマーティ・マクフライが2015年の未来で使用する、宙に浮くスケートボードのような乗り物だ。

『マトリックス』『フライングハイ』など年代を超えた展示

さらに時代を進めると、1999年の『マトリックス』からネオも登場する。黒いロングコートとサングラスに身を包んだキアヌ・リーブス演じるネオは、映画博物館の展示として一目で分かる存在。オリヴィアがネオに見とれるようなくだりもあり、映画史解説の背景に置くだけではなく、きちんとギャグとしても利用されている。

そして、かなり映画好き向けなのが1980年のコメディー『フライングハイ』。博物館には劇中の旅客機が展示されている。『フライングハイ』は、航空パニック映画を徹底的に茶化しながら、画面の隅々までギャグを詰め込んだパロディー映画の代表作である。

ジョージ・ルーカス、オーソン・ウェルズ、ブルース・リーも

そして映画博物館で最も豪華なネタの一つが、映画そのものではなく“映画を作った人々”が展示されていることだ。

そこには『市民ケーン』を監督したオーソン・ウェルズ、アクション映画史を象徴するブルース・リーアルフレッド・ヒッチコックらが並んでいる。

しかし、その中で一人だけ様子がおかしい人物がいる。『スター・ウォーズ』の生みの親、ジョージ・ルーカスだ。ルーカスは過去の偉人を再現した人形として置かれているのではなく、なんと博物館の展示ケースの中に“本人”として閉じ込められている。しかも声を担当しているのは、ジョージ・ルーカス本人である。

共同脚本家ブライアン・リンチによれば、制作陣は当初「博物館から出ることを許されない有名人」というギャグを考え、さまざまな俳優を候補にしていた。そこでイルミネーションCEOのクリス・メレダンドリが、ルーカス本人と交流があり、彼がミニオンを大好きだと伝えたことで出演が実現したという。

さらにルーカスはミニオン映画を何度も観ていたため、収録ではかなり自然な“ミニオン語”まで披露したというから面白い。最終的には複数パターンの台詞を収録し、その一つが本編で使用された。

これは単なる有名人のカメオ出演というだけでなく、『ミニオンズ&モンスターズ』という作品全体のテーマにもよく似合っている。

映画の中に映画史があり、その映画史を作った監督本人まで展示されている。

一度目は物語を追い、二度目は背景を見る――映画博物館の場面は、本作が何度も見返してイースターエッグを探したくなる作品であることを象徴するパートとなっている。

ポスター、台詞、名前まで!見逃しやすい映画ネタ

『ミニオンズ&モンスターズ』の映画ネタは、ストーリーの中心となるオマージュや博物館の展示物だけではない。街を埋め尽くす映画ポスター、一瞬だけ挟まれるギャグ、登場人物の名前に至るまで、画面の隅々に映画好きへ向けた遊びが仕込まれている。

『続・夕陽のガンマン』など偽映画タイトルのパロディー

特に分かりやすいのが、ミニオンたちが映画スターとして成功していく中で登場する架空映画のポスターだ。

その一つが「The Good, the Bad and the Stupid」。元ネタはもちろん、セルジオ・レオーネ監督による1966年の西部劇『続・夕陽のガンマン』。原題『The Good, the Bad and the Ugly』の「Ugly」を「Stupid」に置き換え、直訳すれば「善玉、悪玉、そしてバカ」とでもいうべきミニオン映画らしいタイトルに変えている。実際に本作のポスター群には、『続・夕陽のガンマン』を明確に意識したものが存在することが確認されている。

さらに、1953年のSF映画『それは外宇宙からやってきた』(原題『It Came from Outer Space』)を思わせる「They Came from Outer Space」という架空映画も登場する。TIMEも、このポスターを同作への明確なトリビュートとして紹介している。

そしてスタッフ自身が特に気に入っていたというのが、「They Hit You With A Frying Pan: Part Eight Assignment Miami Beach」(意訳:「彼らはフライパンでお前を殴る 8:マイアミ特別勤務」)という、もはや内容を想像するだけでくだらない架空映画だ。

この副題「Assignment Miami Beach」は、1988年の『ポリスアカデミー5/マイアミ特別勤務』の原題『Police Academy 5: Assignment Miami Beach』を踏まえたものだ。

クエンティン、スティーヴン……ミニオンの名前にも名監督

映像ではなく“名前”に仕込まれた映画ネタもある。映画監督マックスが、大勢のミニオンたちへ次々と別れを告げていく場面。よく耳を澄ませると、呼ばれているのは単なるミニオンの名前ではない。

「フェデリコ」「クエンティン」「スティーヴン」「エリッヒ」「リドリー」「ドゥニ」など、映画監督を連想させる名前が続いている。

それぞれ、

  • フェデリコ・フェリーニ
  • クエンティン・タランティーノ
  • スティーヴン・スピルバーグ/スティーヴン・ソダーバーグ
  • エリッヒ・フォン・シュトロハイム
  • リドリー・スコット
  • ドゥニ・ヴィルヌーヴ

といった映画人を意識したものだ。

マイブリッジやリュミエール兄弟から始まった『ミニオンズ&モンスターズ』の映画史は、こうした名前遊びに至るまで徹底している。

スクリーンに映る名作だけではなく、その映画を作ってきた監督たちまでギャグの一部にする。

映画史への敬意と、それを遠慮なく笑いへ変えてしまうミニオンらしさ。その両方が、本作に大量のイースターエッグが成立している理由なのだ。

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