6月20日(金)より日本公開となる『ルノワール』は、『PLAN 75』で注目を集めた早川千絵監督による最新作である。印象派の巨匠の名を冠したこの作品で、監督は再び「死」というテーマに向き合いながら、今度は11歳の少女の視点から家族の絆と喪失を描き出している。
印象派の巨匠に託された少女の物語
『PLAN 75』で老いと死の問題を鋭く描いた早川千絵監督の新作となる本作は、今度は11歳の少女の瞳を通して、家族を襲う死の影と喪失との向き合い方を繊細に捉えた作品である。

『ルノワール』©2025『RENOIR』製作委員会 / International Partners
タイトルの「ルノワール」は、印象派を代表する画家への明確なオマージュであり、実際にルノワールの絵も登場する。ルノワールの絵画が現実の風景よりも光に満ち、淡やかで朗らかな色調を纏うように、主人公フキもまた現実を独特の感性で受け止めている。客観的に見れば、父の死期が迫り、母親は精神的に不安定で他の男性に依存するなどといった状況は、子どもにとって深刻な試練のはずだ。しかし、不幸をそのまま受け入れることの困難さを、フキは本能的に理解しているかのようである。彼女は現実を自分なりに咀嚼し、柔らかなクッションで包み込むように受け止めながら、したたかに適応していく。この処世術こそが、まさにルノワール的な現実との向き合い方に見えるのだ。
現実を受け止める子どもの生存戦略

『ルノワール』©2025『RENOIR』製作委員会 / International Partners
フキが超能力やオカルトの世界に惹かれていくのも、想像力という翼を使って現実の境界線を越え、自分だけの安全な領域を築き、現実世界を見える範囲以上に押し広げようとする試みに見える。果たしてこの姿勢を幸福と呼ぶべきか、それとも哀しい逃避と捉えるべきか。しかし、避けることのできない悲しみを前にしたとき、最初から心に防御機制を働かせ、衝撃を和らげて受け止めることは、子どもなりの生存戦略として極めて合理的なのかもしれない。
父の病気と母の精神的余裕のなさが招いた結果だろうか、フキの立ち居振る舞いには、どこか洗練されていない粗さが漂う。友人宅での食事の作法や物の扱い方に、その育ちの偏りが如実に表れ、他所の大人の困惑した視線が痛々しい。完全な育児放棄ではないものの、適切な関心を向けられずに育つ子どもの現実が、ここには巧妙に織り込まれている。旺盛な好奇心を持ちながらも、インターネット以前の1980年代という時代設定の中で、フキが伝言ダイヤルに耳を傾け、声を吹き込む姿には、埋めがたい孤独感が滲み出ている。
孤独な少女を支える圧倒的な演技力

『ルノワール』©2025『RENOIR』製作委員会 / International Partners
この複雑な少女像を体現した鈴木唯の演技は、圧倒的な説得力を持っている。一方で、人生に疲れた男性の哀愁を滲ませることに長けたリリー・フランキーが演じる病気の父親は、作品全体に重厚な奥行きを与えている。それぞれがあまり関わりを深く持たないキャラクターたちの絶妙な距離感と心情を描写したキャスト陣の演技にも注目だ。

『ルノワール』©2025『RENOIR』製作委員会 / International Partners
『ルノワール』は6月20日(金)の日本公開を控え、早川千絵監督の繊細な演出眼と、主演・鈴木唯の才能が結実した佳作として記憶に残るだろう。現実を柔らかく受け止める少女の眼差しを通じて、私たちは人生の光と影を改めて見つめ直すことになる。
