【映画レビュー『栄光のバックホーム』】奇跡の一投が見せた生き様―病と闘いながらも情熱を捨てなかった野球選手の軌跡

© 2025「栄光のバックホーム」製作委員会 REVIEWS
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映画『栄光のバックホーム』(2025)をレビュー&紹介。


2025年11月28日(金)公開『栄光のバックホーム』は、2013年にドラフト2位で阪神に入団するも、病を患い2023年に逝去された横田慎太郎選手の人生をつづった一本。横田選手の野球に対する情熱と病と闘いながら辿り着いた生きる意味について、実話ベースで描き出す感動の作品だった。

『栄光のバックホーム』あらすじ

2013年、阪神タイガースから2位指名を受けた18歳の横田慎太郎。恵まれた体格と走攻守3拍子揃った能力に、誰もが大きな期待を寄せていた。しかしプロとしてこれからという時期に、視界にボールが二重に見えるという異変が生じる。脳腫瘍と診断された彼は、それでも家族や恩師、チームメイトら多くの人々に支えられながら、現役復帰を目指し、病と闘っていく。

『栄光のバックホーム』予告編

みんなに愛された選手、横田慎太郎

私は大阪で生まれ、物心がついた時からずっと阪神ファンだ。2003年、2005年のリーグ優勝も見てきた。だが阪神はずっと強いわけではなく、2005年のリーグ優勝を期に2023年まで優勝することはなかった。2013年に入団した横田選手はチームの新しい中心選手として期待されていた有望株。身体能力の高さと全力でプレーする姿に、横田選手は瞬く間に注目される存在になっていったのを今でも覚えている。1軍で目立った成績を残さずとも、既に彼はファンから愛されている存在だった。ファンのみならず、もちろん選手間でも愛される存在であったことはこの作品や過去のインタビュー動画を見ても明らかである。そんな愛されっぷりが伝わってくるのが、2023年のリーグ優勝決定時だ。闘病の末、優勝の2ヶ月前に亡くなった横田選手のユニフォームがチームメイトと一緒に胴上げされたのだ。選手、ファン、みんなから愛された存在だったことがこれほど鮮明に浮かび上がってくる瞬間も珍しい。阪神ファンである私は、いまでもこの動画をたまに見返すがその度に涙腺が緩んでしまう。

※実は優勝決定試合の9回に投げた岩崎投手は横田選手の同期入団であり、この試合の登板時には横田選手の登場曲である『栄光の架橋』で入場している。

© 2025「栄光のバックホーム」製作委員会

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奇跡のバックホーム

タイトルにもなっている“バックホーム”という言葉。野球に詳しくない人なら何のことか分からないかもしれない。簡単に言うと、相手チームのランナーが得点しようと走っているところを外野から返球しそれを防ぐことである。外野はホームから遠いので、バックホームをするには強い肩と正確な送球が要求される。ではなぜこの言葉が本作のタイトルに使われているのか。

それは横田選手が病と闘う中で引退を決意した2019年に行われた引退試合で起きたプレーからきている。この時、横田選手は病の影響でボールが二重に見える状態であり、強い打球が飛んでくる外野でプレーできる状態ではなかった。しかし勝負の行方が左右される試合途中、監督は横田選手にずっとプレーして慣れ親しんだセンター(外野の真ん中で守備範囲が広い)に入るように指示、そしてバックホームで走者を刺し見事に得点を防いだのだ。このプレーは“奇跡のバックホーム”としていまでも語り継がれている。このプレーは横田選手の身体能力を象徴するプレーであり、健康状態を考えても奇跡と言うほかなく、阪神ファンのみならずプロ野球ファンなら誰でも知っている記憶に残るプレーとなった。

© 2025「栄光のバックホーム」製作委員会

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知られざる姿

ここまでいち野球ファンとして横田選手がどういった存在であったかを書いてきた。映画でも描かれる内容ではあるのだが、この前情報を知っておくと鑑賞中スムーズに頭に入ってくると思うので書かせていただいた。ここからは本作について述べていきたい。

当然のことではあるが、横田選手は野球選手である前にひとりの人間だ。本作では彼がどのような想いで野球に打ち込み、病と向き合ってきたかということが丁寧に描かれている。ニュースやSNSなどで断片的に、そして印象的に残るエピソードは知ってはいても、その内実まではわからない。本作ではそこまで描いてくれているので、これまで知らなかった横田選手の姿が浮かび上がってくる。病が深刻になるにつれ、彼の野球に対する想いがこれまでとは異なった形で表出してくる場面は思わず胸を打つし、引退後行っていた講演活動や度重なる病の再発と向き合っていく姿には感銘を受ける。そして彼を支えた家族・選手たちの想いや葛藤も切実だ。

本作を通じて横田慎太郎の知られざる姿を目の当たりにしたとき、野球選手だけではなかった彼の誠実な感情と出会うことになる。その時、本作のキャッチコピーにもなっている“全ての横田慎太郎に捧ぐ”という言葉を噛み締めることになった。

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28歳という若さでこの世を去った横田慎太郎。彼の生涯を誠実な想いとともに描いた本作。プロ野球選手時代の象徴的なエピソードは既に知っているのに涙腺が緩むし、あまり知らなかった引退後の人生では彼の人間性がより浮かび上がってきて畏敬の念を抱いた。この物語を知って、自分の生き方を見直すような、そんな鑑賞体験であった。

『栄光のバックホーム』11月28日(金)公開

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文:TAKERU(cula presents「映画喫茶の〇〇」ポッドキャスター)

映画に夢中になっていたら30歳がそこまで迫って来て少し焦っている社会人。作り手が誠意を持って作ってることが伝わってくる映画が好き。丁寧な生活に憧れ休日は朝ごはんを自分で作るが、掃除が苦手で部屋は綺麗にならない。結局美味しいご飯を食べたいだけだということに最近気づいた。

TAKERU(Instagram)
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