【映画レビュー『BAD GENIUS/バッド・ジーニアス』】オリジナルのスリルדアメリカならでは”の価値観が生む新たな“天才の悪行物語”

『BAD GENIUS/バッド・ジーニアス』©Stewart Street LLC REVIEWS
『BAD GENIUS/バッド・ジーニアス』©Stewart Street LLC

2017年に世界を震撼させ、日本でも翌年大きな話題となったタイ映画『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』。実際に発生した大規模カンニング事件を題材に、天才たちの危険な企みをスリリングに描いたこの傑作は、観客を息つく暇もないハラハラドキドキの展開に引き込み、倫理観の境界線上で繰り広げられるスリルを存分に味わわせてくれた。そのタイ発の衝撃作が満を持してアメリカでリメイクされ、新たに『BAD GENIUS/バッド・ジーニアス』として生まれ変わった。7月11日(金)からの日本公開を控えた本作は、果たしてオリジナルの魅力をどう継承し、どんな新しい魅力を加えているのだろうか。

オリジナル版の骨格を尊重しつつ、洗練された再構築

『BAD GENIUS/バッド・ジーニアス』©Stewart Street LLC

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まず本作の美点は、オリジナル版の骨格を丁寧に踏襲していることだ。貧困家庭に生まれながらも卓越した頭脳と努力で奨学金を獲得し、エリート校への道を歩む主人公。本来なら順風満帆な成功への階段を上るはずが、持ち前の優しさと面倒見の良さから友人たちのカンニングに手を染めてしまう。この一歩が、やがて予想もつかない波乱とスリルの渦へと彼女を巻き込んでいく。
学校側の疑念が徐々に高まる中での駆け引き、そして物語のクライマックスを飾る国際規模の壮大なカンニング作戦まで、オリジナル版が誇る緊張感とエンターテインメント性は一切損なわれることなく、むしろハリウッドの洗練された演出によってさらに磨きがかけられている。オリジナル版の記憶を持つ観客は懐かしいスリルを新鮮な感覚で再体験でき、初見の観客はその巧妙な仕掛けと息もつかせぬ展開に完全に魅了されることだろう。

単なる“焼き直し”にとどまらないアップデート

『BAD GENIUS/バッド・ジーニアス』©Stewart Street LLC

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しかし本作は単なる“焼き直し”に甘んじることなく、アメリカ社会の現実を巧みに織り込んだアップデートこそが真の価値となっている。オリジナル版が持つ“友情と倫理の板挟み”というシニカルな視点はある程度継承しつつも、ここで描かれる人間関係はより複雑で生々しい。

成績こそ振るわないものの裕福な家庭に生まれ、社会的特権を当然のように享受する白人生徒たち。彼らが経済的困窮の中で天才的な頭脳を武器に這い上がろうとするリンに近づく様は、純粋な友情などではなく、明らかに才能の搾取を目的とした利害関係そのものだ。一方のリンもまた、彼らの持つ「金」に魅かれる自分を完全には否定できない。互いに相手の持つものを必要としながら、表向きは友情という美しい言葉で関係を取り繕う。この歪んだ共依存関係の描写は、アメリカ版ならではの鋭い社会批判となっている。

人種・階級のリアルを織り込んだ脚本の深度

『BAD GENIUS/バッド・ジーニアス』©Stewart Street LLC

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さらに注目すべきは、アメリカ社会の人種問題を正面から取り上げた脚本の深度である。勉学に打ち込む真面目な黒人学生が、ギャングスタ風の黒人コミュニティから揶揄される場面は、黒人社会が抱える複雑な内部矛盾を浮き彫りにする。また、アジア系の主人公リンに対して白人女子が放つ「学校のパンフレットの表紙にぴったりね」というような何気ない一言は、“悪気のない偏見”の典型例として機能している。こうした白人たちの無意識な優越感と、有色人種への「利用価値」としての眼差しが作品全体に漂う不穏な空気を醸成している。

『BAD GENIUS/バッド・ジーニアス』©Stewart Street LLC

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これらの要素は、タイ版では決して描き得ない、まさにアメリカ社会の現実に根ざした問題提起だ。こうした社会背景の変化を受けて、主人公リンが物語の終盤で見せる決断と行動は、単なる個人的な成長を超えた社会的な意味を帯びる。オリジナル版への敬意を払いながらも、独自の視点で現代アメリカの矛盾を描き出した本作は、リメイクとしての存在意義を十分に証明している秀作と言えるだろう。


7月11日(金)の日本公開を控えた『BAD GENIUS/バッド・ジーニアス』は、優れたリメイク作品とは何かを示す好例と言える。オリジナル版への深い理解と敬意を基盤としながら、アメリカ社会の複雑な人種関係を織り込むことで、新たな普遍性を獲得した。タイ版の記憶を持つ観客にとっても、初見の観客にとっても、この夏必見の一作となることは間違いない。

作品情報

タイトル:『BAD GENIUS/バッド・ジーニアス』
日本公開:2025年7月11日(金)
監督:J・C・リー
脚本:J・C・リー/ジュリアス・オナー
出演:カリーナ・リャン/ジャバリ・バンクス/ベネディクト・ウォン
シネマスコープ|5.1chデジタル|上映時間:97分|字幕翻訳:中沢志乃|PG-12
©Stewart Street LLC
配給:ギャガ

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