【映画レビュー『佐藤さんと佐藤さん』】愛し合うふたりも、“ひとり”にはなれない-結婚が暴き出す、変わらない個の孤独

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最新映画『佐藤さんと佐藤さん』を紹介&レビュー。


映画『佐藤さんと佐藤さん』11月28日(金)に公開となる。『ミセス・ノイズィ』の天野千尋監督が、同じ苗字の男女が結婚と出産を通じて揺れる15年を描く人間ドラマだ。活発なサチと、正義感の強い真面目なタモツが大学で出会い、同棲から結婚、子育てへと進むなかで、司法試験や仕事、家事育児の負担から少しずつすれ違っていく。主演は岸井ゆきの宮沢氷魚、共演に藤原さくら三浦獠太ら。

同棲・結婚の日が浅い状態での幸せと軋轢。それを直近で経験した筆者にとって、本作はあまりにリアルすぎた。私情を挟まずにレビューするのがあまりに難しい。この境遇に自分の身を重ねない人から観た今作がどう映るのか想像できないくらいに共感させられてしまったが、なるべく客観的に冷静にレビューしたいと思う。

『佐藤さんと佐藤さん』あらすじ

大学で出会ったサチとタモツは、性格が正反対のふたりの“佐藤さん”。卒業後に同棲を始め、司法試験を目指すタモツを支えようとサチも勉強に挑むが、自分だけが合格してしまう。やがて妊娠と結婚、出産を経て役割が入れ替わるなか、ふたりの間には小さなズレが積もり始める。

【動画】『佐藤さんと佐藤さん』予告編

結婚は“結末”ではなく、“始まり”に過ぎない

まず当然ながら前提として、恋愛結婚をするからといって絶対に幸せになれる保証などない。付き合ったり別れたりが当たり前の交際関係の延長線上で法律上の約束をしたからといって、そこからも人生は続くのだから、入籍が「ハッピーエンド」(もしくは「バッドエンド」)であるはずがない。それは新たなチャプターの幕開けに過ぎず、そこから新たなドラマが始まるのだ。

もちろん、相手を夫・妻と呼び「人生の伴侶」を得て、共に色々なことを楽しんだり、子どもを持つかふたりで生きるかといった選択肢を話し合ったり、幸せな瞬間はたくさんあるだろう。しかし一緒に住み、互いの人生に一定の責任を負って初めて見えてくる“嫌なこと”もたくさんあるのが現実だ。関われば関わるほどに些細なことで不満は募り、どこかでその不満が爆発したりもする。

幸せと不幸、どちらか一方だけが増えてどちらかに転ぶという単純なものではない。どれだけ幸せが増えようとも不幸な瞬間は増える可能性が大いにあるし、どれだけ鬱屈としていようとどうしようもなく幸せな瞬間がふたりを繋ぎ止めたりもする。本作が描くのは、この“幸せで辛い結婚生活”だ。正直本作の内容としては「辛い」に比重が重い。だが、そこもまたリアルなのかもしれない。

© 2025「佐藤さんと佐藤さん」製作委員会

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「一緒になろう」という幻想と、変わらない“個”の現実

結婚する際に人はよく「一緒になろう」などと言うが、“一緒”になって本当に全く同じ価値観、全く同じ能力で全く同じ方向を向いた一個体になれるなら苦労はしない。結局、交際しようと結婚しようとどれだけ愛し合おうと、誰もが“個”でしかないのが現実だ。むしろ「一緒でありたい」と思うからこそ、些細な違いが気になる。

どちらかが社会的にいい立場にあったり、どちらかだけに嬉しい出来事があったり、どちらかだけが能力が高かったり、どちらかだけがお金を稼げていたり――そんな「一緒じゃない」ことが、不満、苛立ち、怒り、悔しさ、憂鬱、コンプレックスといったマイナス感情に繋がっていく。本作ではそんな様子が容赦なく浮き彫りになっている。

自分に期待したものが達成できないことへのやるせなさがマイナス感情になり、マイナス感情は別のマイナス感情へと連鎖的に広がっていく。決して正しいと思っていない発言や行動を思わず行ってしまい、そんな自分に余計苦しくなる。こんな経験をしたことがある人であれば、誰でも身につまされるだろう。

知性ゆえの不自由、感情ゆえの愚かさ

人間は知性や感情が発達しただけ不便になっていると感じる。その時最も合理的でベストな選択肢となる行動・言動が自分の中でわかっていても、感情やプライドが邪魔をして、合理的な行動、ベストな行動ができないことが往々にしてあるのだ。

余計なことにこだわる感情さえなければ、その時最も合理的な選択を迷わず行えるはず。他の動物であれば、感情本位で自分の利益をも損なう行動をするような愚かなことはなかなかないだろう。プライドが邪魔をして余計なことをしてしまう。何かをできない自分が情けなく、弱いと自覚していても、それを改善するエネルギーを使えない。

こういった人間の本質的な不完全さに、本作は容赦なく切り込んでくる。あまりにリアルに心を抉る緻密な脚本に、耳と目が痛かった。

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岸井ゆきの&宮沢氷魚が“本物”に昇華させた説得力

そんな本作のリアリティを力強く担保したのが、主演岸井ゆきの&宮沢氷魚の演技だ。怒りたくなくても怒ってしまうとき、情けない状態を自覚していても自分の感情の暴走が止められないとき――そんな誰にでもある普遍的な感情で共感させる脚本を、説得力ある演技で完全に”本物”に昇華して見せたふたりの実力があってこそ、本作は心を深く深く抉るのだ。

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既婚者や、もしかしたら同棲経験者もきっと心を抉られ共感させられる。そして幸せ一辺倒の結婚を夢見る人には、もしかしたら夢を破壊されるかもしれない――それくらいにリアルな、まさに日本版『マリッジ・ストーリー』。『佐藤さんと佐藤さん』は11月28日(金)公開。

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