映画『Ryuichi Sakamoto: Diaries』を紹介&レビュー。
坂本龍一の最後の数年に迫る
2023年3月、3年半にわたる癌との闘病の末に坂本龍一はこの世を去った。しかし彼の音楽は今もなお、国境も世代も超えて私たちの心を捉え続けている。音楽家としてだけでなく、アート、映像、文学と多様なメディアを自在に行き来し、表現者として唯一無二の足跡を残してきた坂本龍一。彼は命の終わりとどう向き合い、何を遺そうとしたのか。
11月28日(金)公開となる映画『Ryuichi Sakamoto: Diaries』は、彼が記録し続けた「日記」を中心に据え、未完成の楽曲、プライベート映像、そして率直な思いが綴られた言葉を丁寧に編み上げたドキュメンタリーだ。遺族の全面協力によって提供された貴重な映像やポートレートの数々が、坂本龍一という稀代の表現者の最期の3年半を、私たちの前に浮かび上がらせる。

© “Ryuichi Sakamoto: Diaries” Film Partners
ひとりの人間としての坂本龍一
残された時間が僅かだと知った坂本龍一の日記には戸惑い、のちに素直な悲しみが滲んでいる。本人が明かすアーティストとしての繊細さ、傷つきやすさ。身体を顧みずに走り続けてきた人生への後悔。思い残しを前に揺らぐ心。本作が映し出すのは、偉大な音楽家である以前に、一人の人間としての坂本龍一だ。
晩年の彼が口にするウクライナ侵攻への憤り、醜さを増していく世界への嘆き。そして坂本を知る人々の証言が重なるたび、私たちは彼という人間をより深く理解し、共感を深めていく。本作は坂本龍一という存在の解像度を確かに高めてくれる、優れたドキュメンタリーとして構成されている。

© “Ryuichi Sakamoto: Diaries” Film Partners
“音”を愛し続けたアーティストの姿
坂本龍一は語る。音楽を聴くには、それを受け止めるだけの体力とエネルギーが必要なのだと。全身全霊で音楽に向き合ってきた彼だからこそ、中途半端な姿勢で音楽に身を委ねることなどできはしない。
それでもなお、坂本は“音”を愛し続けた。音に心を奪われ続けた。雨の音、石ころの音、小さな金属音……彼は常に音を身の側に置き、音と共に生きた。これほどまでに音を愛し、音との絆を紡いできた姿勢。そこに宿る深い愛。それこそが坂本龍一を偉大な作曲家たらしめたのだと、本作を観れば自然と理解できる。言葉による説明など、もはや必要ないほどに。

© “Ryuichi Sakamoto: Diaries” Film Partners
最後まで魂を“音”で絞り出す
ステージ4の癌、余命半年の宣告。その翌日にも世界同時配信コンサート(2020.12.12)が控えていた。その後も坂本は「10年は音楽を作りたい」と願った。戦地ウクライナでバイオリンを奏でる少年のために、美しい楽曲を提供した。思うように演奏できなくなる自分を嘆きながらも、ピアノの前に座り続けた。
坂本龍一が常に心を揺さぶる音楽を生み出してきたことは、今さら言うまでもない。けれど本作で聴く、限られた時間の中で彼が紡ごうとした音色には、それまで以上に深く繊細な“魂”が宿っているように感じられる。言葉では簡単に表現できない、圧倒的なエモーショナルさがそこにはある。

© “Ryuichi Sakamoto: Diaries” Film Partners
ベストな音響で浴びるべき“生き様”
本作では、ずっとピアノが流れ続けているわけではない。晩年の坂本は、常にピアノを弾けるような状態ではなかったからだ。日記の文章もどんどん短く、か細くなっていく。そんな過酷な闘病の日々においても、坂本はできる限りピアノに向かい続けた。その音楽は、要所要所で効果的に配置され、観る者の心に深く訴えかけてくる。
結局のところ、坂本龍一の生き様を語るのに言葉など必要ない。命を、人生を、魂を紡ぐ音楽こそが、彼の生き様そのものだったのだから。だからこそ本作は、できる限り良い音響環境で、集中して耳を傾けられる場所で鑑賞してほしい。いうまでもなく、映画館はそれにベストな空間だ。坂本龍一が遺した音と向き合うために、ぜひ劇場で本作を味わっていただきたい。
ドキュメンタリー映画『Ryuichi Sakamoto: Diaries』は11月28日(金)公開。

© “Ryuichi Sakamoto: Diaries” Film Partners
作品情報
タイトル:『Ryuichi Sakamoto: Diaries』
朗読:田中泯
監督:大森健生
製作:有吉伸人、飯田雅裕、鶴丸智康、The Estate of Ryuichi Sakamoto
プロデューサー:佐渡岳利、飯田雅裕
制作プロダクション:NHKエンタープライズ
配給:ハピネットファントム・スタジオ コムデシネマ・ジャポン
2025/日本/ カラー/16:9 /5.1ch/96分/G
© “Ryuichi Sakamoto: Diaries” Film Partners
公式サイト: https://happinet-phantom.com/ryuichisakamoto-diaries
ライター/エディター/映画インスタグラマー。2019年に早稲田大学法学部を卒業。東京都職員として国際業務等を経験後、ライター業に転身。各種SNS(Instagram・X)やYouTubeチャンネル「cula 見て聞く映画マガジン(旧:アルテミシネマ)」においても映画や海外ドラマ、音楽といったカルチャーに関する情報レビューを発信している。
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