映画『邪悪なるもの』が1月31日(金)より全国公開。今作は従来のホラー映画では頼れていたはずの“頼みの綱”が失われた世界を描き、我々を恐怖の底に叩き落としてくれる。
『邪悪なるもの』予告編
『邪悪なるもの』紹介動画
『邪悪なるもの』あらすじ
教会が終わった、神なき世界。悪魔に魂を乗っ取られ、体が腐敗していく者-“悪魔憑き”の存在が人々の生活に暗い影を落としていた。“悪魔憑き”は処理人によって適切に処理されなければならず、古くから伝わる7つのルールを守らなければ、悪魔の力がまるで伝染病のように広がって人々を蝕み、やがてこの世の終わりが到来するという。ある日、ペドロとジミーの兄弟は村の外れに変死体を発見し、さらには近隣の住民が家族に出た“悪魔憑き”を隠していることに気付く。二人は7つのルールに従って慎重に対処しようとするが、伝承を信じない人々の無謀な行動によってタブーは犯され、周囲は“悪魔憑き”で溢れかえってしまうのだった。最愛の家族を守るべく、ペドロとジミーは感染から逃れようと姿の見えない悪が蔓延るアルゼンチンを途方もなく彷徨い始めるが…。
形骸化した禁忌と失われた救済
ホラー映画における「タブー」や「禁忌」の存在は、物語の展開を左右する重要な要素として機能してきた。「よくわからなくてもルールやしきたりは守っておけ」という簡単な話だ。しかし、結局油断してしまうのが人間の性。『邪悪なるもの』もまた、この「ルールとタブー」という伝統的な枠組みに立脚しながら、現代的な視座を投げかける意欲作だ。

『邪悪なるもの』© 2023 Digital Store LLC
物語の中で示される7つのルールは、一見すると非合理的で説明不能なものに映る。だが、『グレムリン』における「水をかけてはいけない」といった謎めいた禁忌と同様、その違反が取り返しのつかない結末をもたらすことは、ジャンルに親しんだ観客なら容易に予見できるだろう。
さらに本作は、ホラー映画における「救済」のパターンからも大きく逸脱する。『エクソシスト』や『死霊館』シリーズでは、どれほど悪魔が猛威を振るい、大の大人たちが吹き飛ばされようとも、最後には聖職者やエクソシストによる「専門的介入」が(一時的だとしても)事態を収束へと導いてきた。ところが「教会が終わった」世界を舞台とする本作においては、そうした救済の可能性すらも閉ざされてしまっている。
神の権威が薄れた現代において、悪魔もセットで薄れてくれるなどという都合のいいことはない。悪魔だけが権威を振るうようになってしまったコミュニティの姿。それは単なるホラー映画の約束事を超えて、ポスト宗教時代における人類の脆弱性を見せつけるのだ。
悲劇を連鎖させるのは、“対話の不在”

『邪悪なるもの』© 2023 Digital Store LLC
本作の悲惨な出来事の連鎖を加速させる要因として、登場人物たちの致命的なコミュニケーション不全が挙げられる。彼らは危機的状況に直面しながらも、互いの警告や助言に耳を傾けることなく、ただ自分の感情と思い込みに従って行動を続ける。パニックに陥った人々は相手の発言を遮り、感情的な言葉を投げつけ合うばかり。そうした意思疎通の断絶が、取り返しのつかない悲劇を次々と引き起こしていく。
皮肉なことに、「人の話はちゃんと聞け」という、日常生活では当たり前の心構えが、この超常的な危機において最も必要とされていたのかもしれない。登場人物たちが互いの声に真摯に向き合っていれば、物語はより異なる方向に進んだはずだ。その意味で本作は、恐怖映画でありながら、普遍的な“対話の重要性”を浮き彫りにしているとも言える。
じわじわと心を蝕む不快感

『邪悪なるもの』© 2023 Digital Store LLC
本作が採用する恐怖表現も、よくあるホラー映画の手法とは一線を画す。安易なジャンプスケアに頼ることも、単なるゴア描写で観客を圧倒することもない。代わりに選択されたのは、じわじわと観る者の心を蝕む陰湿な不快感の醸成だ。画面に映し出される「汚れ」や「腐敗」のイメージは、潔癖症の観客であれば思わず目を背けたくなるかもしれない生々しさを持っている。
そこには、現代のホラー映画によく見られる派手な演出はほとんど見当たらない。しかし、その代わりに漂う鈍い不快感と、不快感を与えるためだけに作り出されたボディホラー演出の数々が、本作の恐怖を特徴づける重要な要素となっている。観客は何度も顔をしかめ、吐き気すら覚えるかもしれない。だがそれこそが、「邪悪」という概念を視覚化した本作において、最も効果的な表現手段だったと言えるだろう。映画館を後にする頃には、その不快感が心に深く刻み込まれているはずだ。

『邪悪なるもの』© 2023 Digital Store LLC
聖なるものが失われた世界で、人々がいかに悪と対峙していくのか―本作は、現代社会における救済の可能性を問いかける異色のホラー作品として、強く心に残るだろう。『邪悪なるもの』は1月31日(金)より全国公開。
