映画『SF核戦争後の未来・スレッズ』(1984)を紹介&解説。
映画『SF核戦争後の未来・スレッズ』概要
映画『SF核戦争後の未来・スレッズ』は、英国の工業都市シェフィールドが核攻撃を受けた場合に、人々の暮らしと社会がどのように崩壊していくのかを描いたBBC製作のテレビ映画。後に『ボディガード』を手掛けるミック・ジャクソンが監督を務め、『ケス』の原作者として知られるバリー・ハインズが脚本を担当した。
中東をめぐる米ソ対立が全面核戦争へ発展していく過程を背景に、平凡な若い男女とその家族、非常事態に対応する地方自治体の姿を追う。核爆発の瞬間を物語の頂点とするのではなく、放射性降下物、医療崩壊、食糧不足、異常気象、経済と教育の喪失など、その後何年にもわたる破局をドキュメンタリー風の映像で映し出していく。
物理学、医学、農学、心理学など、各分野の専門家50人以上が製作に協力。1985年の英国アカデミー賞では7部門にノミネートされ、最優秀シングル・ドラマ賞、最優秀デザイン賞、最優秀撮影賞、最優秀編集賞の4部門を受賞した。
作品情報
| 日本版タイトル | SF核戦争後の未来・スレッズ |
|---|---|
| 原題 | Threads |
| 製作年 | 1984年 |
| 本国初放送日 | 1984年9月23日 |
| 日本初放送日 | 1984年8月9日(テレビ東京「木曜洋画劇場」) |
| ジャンル | SF/戦争/ドラマ |
| 製作国 | イギリス/オーストラリア |
| 原作 | 無 |
| 上映時間 | 約112分(オリジナル版)/117分(日本発売版) |
| 監督・製作 | ミック・ジャクソン |
|---|---|
| 脚本 | バリー・ハインズ |
| アソシエイト・プロデューサー | ピーター・ウォルフス |
| 製作総指揮 | グレアム・マッセイ/ジョン・パーディー |
| 撮影 | アンドリュー・ダン/ポール・モリス |
| 編集 | ジム・ラッサム/ドナ・ビッカースタッフ |
| 美術 | クリストファー・ロビリアード |
| 衣装 | サリー・ニーパー |
| メイクアップ | ジャン・ネザーコット |
| 音響 | グレアム・ロス/ジョン・C・C・ヘイル |
| ナレーション | ポール・ヴォーン |
| 出演 | カレン・ミーガー/リース・ディンズデール/デヴィッド・ブリアリー/リタ・メイ/ハリー・ビーティ/ヴィクトリア・オキーフ |
| 製作会社 | BBC/ナイン・ネットワーク・オーストラリア/ウェスタン・ワールド・テレビジョン |
| 国内発売・販売 | キングレコード |
あらすじ
1980年代のイギリス・シェフィールド。若いカップルのルースとジミーは、予期しない妊娠をきっかけに結婚と新生活の準備を進めていた。世界情勢を伝えるニュースは日に日に緊迫していたが、ふたりと家族にとって、それはまだ普段の生活から遠く離れた出来事にすぎなかった。
しかし、イランをめぐるアメリカとソ連の対立は急速に激化。軍事衝突から限定的な核攻撃へ発展し、イギリスでも非常事態への準備が始まる。買い占めや反戦デモが広がる中、シェフィールド近郊の軍事基地、そして市街地に核兵器が落とされる。
爆風と熱線によって都市は一瞬にして破壊され、ルースとジミーの家族も離散。生き残った人々を待っていたのは、放射線障害、医療と行政の崩壊、疫病、飢餓、異常気象が連鎖する終わりの見えない日々だった。作品は核攻撃直後だけでなく、社会を結びつけていた無数の“糸”が断ち切られた世界を、十数年後まで追っていく。
主な登場人物(キャスト)
ルース・ベケット(カレン・ミーガー):シェフィールドで暮らす若い女性。ジミーとの間に子どもを授かり、新生活を始めようとしている。核攻撃によって日常を奪われた後、妊娠した身体で崩壊した世界を生き抜こうとする。
ジミー・ケンプ(リース・ディンズデール):ルースの恋人で、生まれてくる子どもの父親。ルースとの結婚を決める一方、迫りくる国際危機の深刻さを十分に実感しないまま、いつも通りの生活を送っている。
ビル・ケンプ(デヴィッド・ブリアリー):ジミーの父親。核戦争の危機が現実味を帯びる中、自宅に簡易的な避難場所を作り、家族を守ろうとする。
ケンプ夫人(リタ・メイ):ジミーの母親。息子の突然の結婚話に戸惑いながらも、平凡な家庭生活を営んでいる。核攻撃後はケンプ家を襲う惨状の中心人物となる。
クライヴ・サットン(ハリー・ビーティ):シェフィールド市の幹部で、非常時には地域の統制責任者を務める。市庁舎地下の緊急管理拠点から、限られた情報と人員で被害への対応を試みる。
作品の魅力解説
退屈に見えた日常を、かけがえのない時間へ反転させる
物語の冒頭で描かれるのは、車の中で時間を過ごす若い男女や、結婚をめぐって言葉を交わす家族、仕事へ向かう人々の姿である。若者たちはどこか退屈そうで、同じような日々がこれからも続くと信じている。
しかし、その何気ない日常は核攻撃によって完全に断ち切られる。序盤では退屈にさえ見えた時間が、物語が進むほどに「それでよかったのだ」と振り返りたくなるほど貴重なものへ変わっていく。平凡な生活と阿鼻叫喚の地獄を直接つなげる構成が、核戦争を抽象的な国際問題ではなく、観客自身の暮らしを破壊する現実として突きつける。
専門家の知見を結集した核戦争シミュレーション
一見すると、昔の低予算ディストピア映画を思わせる題名だが、その内容はBBCが科学的な視点から構築した極めて真剣な核戦争シミュレーションである。物理学、医学、農学、心理学をはじめとする各分野の専門家50人以上が製作に協力し、500人を超えるエキストラを動員して撮影された。
描かれるのは爆発と放射線障害だけではない。通信、行政、医療、流通、農業、経済、治安、教育、さらには次世代の言語まで、現代社会を成り立たせている仕組みが順番に失われていく。エンドロールに並ぶ「Dr.」や「Prof.」の肩書を持つ協力者たちの名前からも、多分野の検証を重ねた製作姿勢がうかがえる。
フィクションから逃げる余地を与えないドキュメンタリー手法
本作は登場人物のドラマに、ニュース映像、公共情報、ナレーション、統計データや時間経過を示す字幕を組み合わせている。英雄的な軍人や危機を解決する政治家を中心に置かず、名もなき市民が何を失い、どのように死んでいくのかを事務的な視線で記録する。
誇張した劇伴や感動的な救済を極力排した映像は、フィクションを鑑賞しているという安全な距離を観客に与えない。モキュメンタリーを思わせる生々しさと、公共放送の科学番組のような冷静さが共存し、通常のホラー映画とは異なる種類の恐怖を生み出している。
核爆発を結末ではなく、文明崩壊の始まりとして描く
多くの災害映画では、爆発や都市の破壊が最大の見せ場となる。しかし本作において、核攻撃は悲劇の始まりにすぎない。放射性降下物、医薬品不足、飢餓、核の冬、農業生産の低下、教育の消滅といった被害は、生き残った人々とその子どもたちを何年にもわたって苦しめる。
タイトルの「Threads」が示すのは、人間同士だけでなく、食料、医療、行政、知識などを結ぶ社会の“糸”である。その糸は一度切れれば、爆撃前と同じ形には簡単に戻らない。戦争の悲惨さと核兵器の残酷さを、個人の死だけでなく文明の継承そのものが損なわれる恐怖として描いた衝撃作である。
ライター/エディター/映画インスタグラマー。2019年に早稲田大学法学部を卒業。東京都職員として国際業務等を経験後、ライター業に転身。各種SNS(Instagram・X)やYouTubeチャンネル「cula 見て聞く映画マガジン(旧:アルテミシネマ)」においても映画や海外ドラマ、音楽といったカルチャーに関する情報レビューを発信している。
