映画『プロミシング・ヤング・ウーマン』(2020)を紹介&解説。
映画『プロミシング・ヤング・ウーマン』概要
映画『プロミシング・ヤング・ウーマン』は、親友を傷つけた性暴力と、それを見過ごした社会への怒りを抱える女性キャシーの復讐を描いたスリラー。ドラマ「キリング・イヴ/Killing Eve」の脚本・製作総指揮を手がけたエメラルド・フェネルの長編監督デビュー作で、主演はキャリー・マリガン。キャンディーカラーの映像やポップミュージックと、性暴力や傍観者の責任を問う鋭い社会批判を組み合わせ、第93回アカデミー賞では脚本賞を受賞した。
作品情報
| 日本版タイトル | 『プロミシング・ヤング・ウーマン』 |
|---|---|
| 原題 | Promising Young Woman |
| 製作年 | 2020年 |
| 本国公開日 | 2020年12月25日 |
| 日本公開日 | 2021年7月16日 |
| ジャンル | スリラー/ブラックコメディ/ドラマ |
| 製作国 | アメリカ/イギリス |
| 原作 | 無 |
| 上映時間 | 113分 |
| 監督・脚本 | エメラルド・フェネル |
|---|---|
| 製作 | マーゴット・ロビー/ジョシー・マクナマラ/トム・アッカーリー/ベン・ブラウニング/アシュリー・フォックス/エメラルド・フェネル |
| 製作総指揮 | グレン・バスナー/アリソン・コーエン/キャリー・マリガン/ミラン・ポペルカ |
| 撮影 | ベンジャミン・クラカン |
| 編集 | フレデリック・トラヴァル |
| 作曲 | アンソニー・ウィリス |
| 出演 | キャリー・マリガン/ボー・バーナム/アリソン・ブリー/コニー・ブリットン/ラヴァーン・コックス/ジェニファー・クーリッジ/クランシー・ブラウン/クリス・ローウェル/モリー・シャノン/アルフレッド・モリーナ |
| 製作会社 | ラッキーチャップ・エンターテインメント/フィルムネイション・エンターテインメント |
| 配給 | フォーカス・フィーチャーズ(アメリカ)/パルコ(日本) |
あらすじ
かつて将来を嘱望された医学生だったキャシーは、ある出来事をきっかけに大学を中退し、現在は両親と暮らしながらカフェで働いている。その一方、夜になるとバーで泥酔したふりをして、無防備な女性につけ込もうとする男たちの本性を暴き、独自の方法で制裁を下していた。
そんなある日、キャシーは大学時代の同級生で、現在は小児科医として働くライアンと再会する。誠実そうなライアンとの交流を通して、止まっていたキャシーの人生は再び動き始める。しかし、親友ニーナをめぐる過去の事件に関係した人物たちの現在を知ったことで、彼女の中に眠っていた怒りが再燃する。
主な登場人物(キャスト)
カサンドラ・“キャシー”・トーマス(キャリー・マリガン):かつては前途有望な医学生だった女性。親友ニーナをめぐる事件をきっかけに大学を中退し、現在はカフェで働いている。夜ごと泥酔した女性を装い、彼女につけ込もうとする男たちの本性を暴いている。
ライアン・クーパー(ボー・バーナム):キャシーの大学時代の同級生で、現在は小児科医。偶然訪れたカフェでキャシーと再会し、彼女に好意を寄せる。穏やかでユーモアがあり、キャシーが失われた日常を取り戻すきっかけとなる。
マディソン・マクフィー(アリソン・ブリー):キャシーの大学時代の同級生。結婚して家庭を築いているが、ニーナをめぐる事件については、被害を訴えた側にも責任があったかのような認識を持っている。
エリザベス・ウォーカー(コニー・ブリットン):キャシーとニーナが通っていた大学の学部長。当時、ニーナから被害の訴えを受けていたが、証拠がないことなどを理由に重大な問題として扱わなかった。
ゲイル(ラヴァーン・コックス):キャシーが働くカフェの店長。キャシーの事情には深く踏み込まず、同僚であり友人として彼女を温かく見守っている。
スーザン・トーマス(ジェニファー・クーリッジ):キャシーの母親。娘を愛しながらも、30歳を目前にして過去から抜け出せないキャシーの将来を心配している。
スタンリー・トーマス(クランシー・ブラウン):キャシーの父親。娘を急かすことなく支えようとする一方、彼女が抱えている深い悲しみに気づいている。
アル・モンロー(クリス・ローウェル):キャシーの大学時代の同級生。ニーナをめぐる事件の中心人物でありながら、その後は医師として成功し、結婚を控えている。
ジョーダン・グリーン(アルフレッド・モリーナ):かつてアル側の弁護士を務め、ニーナの告発を封じ込めるために動いた人物。キャシーが復讐の過程で訪ねる関係者のひとり。
映画『プロミシング・ヤング・ウーマン』の魅力
“前途有望”という言葉を反転させたタイトル
原題の“Promising Young Woman”は、直訳すれば「前途有望な若い女性」。かつて優秀な医学生でありながら、親友の被害によって将来を奪われたキャシーとニーナを指す言葉として受け取れる。
同時にこの題名は、性加害を告発された男性について、その将来や社会的地位を重視して「前途有望な若者」と擁護する現実の言説を反転させたものでもある。加害者の失われるかもしれない未来は惜しまれる一方、被害を受けた女性の未来は顧みられない。その不均衡を、わずか3語の題名が鋭く突いている。
性暴力だけでなく、見て見ぬふりをする社会を問う
本作が批判する対象は、欲望に任せて女性を傷つける男性だけではない。被害者の訴えを疑い、加害者の将来を優先し、あるいは「自分には関係がない」と目を背ける人々もまた、事件を支える構造の一部として描かれる。
“Can you guess what every woman’s worst nightmare is?”――「すべての女性にとって最悪の悪夢が何か、分かる?」という問いは、本作の問題意識を端的に象徴している。キャシーが対峙するのは、分かりやすい悪人だけではない。自分を善良だと思い込みながら、相手が抵抗できない状況では一線を越える“普通の男”や、被害を矮小化してきた女性、大学関係者、法律家にも矛先が向けられる。
キャシーは単純なヒーローではなく、怒りと悲しみに人生を縛られた危うい人物でもある。その姿を通して、復讐の爽快感だけでなく、性暴力によって被害者本人と周囲の人々から何が奪われるのかを浮かび上がらせていく。
重い社会問題を観やすい物語へ変えた脚本
題材は極めて重いが、物語はブラックユーモア、恋愛映画、復讐スリラーなど複数のジャンルを横断しながらテンポよく進む。キャシーが男たちの前で突然酔いを覚まし、彼らの言い訳や欺瞞を暴いていく場面には、自警的な復讐劇としての緊張感と痛快さがある。
しかし、観客がキャシーを賢く抜け目のない義賊として応援し始めたところで、物語は復讐の代償や彼女自身の傷を突きつける。観やすい娯楽性と居心地の悪い社会批判を共存させ、容易な解決や単純な勧善懲悪へ逃げない脚本が高く評価され、第93回アカデミー賞脚本賞の受賞につながった。
キャンディーのような色彩に包まれた猛毒
パステルカラーの衣装、カラフルなカフェや室内、美しく整えられた構図など、本作のビジュアルは一見すると甘くポップである。しかし、その人工的なかわいらしさの内側には、怒りや恐怖、悲しみが潜んでいる。
音楽も同様に、チャーリーXCX、パリス・ヒルトン、ジュース・ニュートンらのポップソングや、ブリトニー・スピアーズ「Toxic」の不穏なインストゥルメンタル版を用い、親しみやすさと毒気を同居させている。衣装、セット、撮影構図、音楽まで、細部のすべてがキャシーの二面性と物語のテーマを支えている。
キャリー・マリガンが表現する怒りと悲しみ
キャリー・マリガンは、冷静に男たちを追い詰める姿から、親友を失った悲しみ、止まっていた人生が再び動き始める喜びまで、キャシーの複雑な感情を繊細に演じ分けている。
復讐者としての鋭い視線と、過去から抜け出せないひとりの女性としての脆さが同時に存在することで、キャシーは単なる象徴ではなく、生身の人物として立ち上がる。マリガンは本作で第93回アカデミー賞主演女優賞にノミネート。Rotten Tomatoesでも批評家スコア90%、Metacriticでは72点を記録しており、特にマリガンの演技とエメラルド・フェネルの脚本・演出が高く評価されている。
