【インタビュー『セックス・ピストルズ 破壊の設計図』アンドレ・レリス監督】伝説の陰に埋もれた男の功績を正しく伝えるために

【インタビュー『セックス・ピストルズ 破壊の設計図』アンドレ・レリス監督】伝説の陰に埋もれた男の功績を正しく伝えるために INTERVIEWS
『セックス・ピストルズ 破壊の設計図』アンドレ・レリス監督 © cula

『セックス・ピストルズ 破壊の設計図』アンドレ・レリス監督にインタビュー。


パンクの象徴として神話化されてきたセックス・ピストルズ。その伝説の陰で、初代ベーシストとして数々の代表曲の礎を築きながら、正当な評価を得られずにきた男がいた——。グレン・マトロックの証言とプロデュースを通して、よく知られたバンド史を別の角度から捉え直すドキュメンタリー映画『セックス・ピストルズ 破壊の設計図』が、10月2日(金)より日本公開される。culaは本作を手がけたアンドレ・レリス監督に単独インタビューを行い、制作の舞台裏と、セックス・ピストルズという存在に思うことを聞いた。(取材・文・写真:cula編集長 ヨダセア)

『セックス・ピストルズ 破壊の設計図』アンドレ・レリス監督 インタビュー

「見合う評価を得られていなかった男の物語」

セックス・ピストルズについては、これまでにも数多くの映画やドキュメンタリーが作られてきました。それでも今、あらためてジョニー・ロットンやシド・ヴィシャスではなくグレン・マトロックの視点から彼らを映画にする価値があると感じたきっかけは何でしょうか。

アンドレ・レリス(以下、レリス):ジョニー・ロットンの本があって、スティーヴ・ジョーンズの本もあって、ドキュメンタリーの『NO FUTURE A SEX PISTOLS FILM』もあるし、セックス・ピストルズのドラマシリーズもある。だから取りかかる前から、これまで語られていない別の物語をどう描くかを見つけるのは、本当に難しいだろうと分かっていたんだ。でも、グレン・マトロックの物語はまだドキュメンタリーでは描かれていなかった。本にはなっていて、僕は10代のころにその本を読んだんだよね。セックス・ピストルズを違う視点から見たものだったから、すごく心を動かされたのを覚えているよ。オリジナルのリフの多くを生み出して曲も共作していたのに、それに見合う評価を得られていなかった男の物語なんだ。

レリス:だから、その本の物語に沿って描けば、ほかのどの作品とも違うものになると分かっていた。ただ、このドキュメンタリー自体は、僕のほうから作ろうとしたものじゃないんだ。共同監督のニック(・ミード)がグレンと親しくなって、グレンが自分の本をもとにしたドキュメンタリーを作るのを手伝ってほしいと頼んだのがはじまり。僕も彼に会ったら、助けが必要だと言っていた。このドキュメンタリーをまとめ上げるだけのリソースも資金もなかったんだよね。それで「一緒に監督してくれないか」と言われて、引き受けたんだ。

ちなみに監督ご自身の人生とセックス・ピストルズというバンドはどのような距離感だったのでしょうか。

レリス:これまでの人生で、間違いなく一番影響を受けたバンドだよ。16歳のときに初めてアルバムをちゃんと聴いて、人生がすっかり変わったんだ。それ以来ずっと、僕にとって最も大きな影響を与えてくれたバンドだよ。

特にお気に入りの楽曲は?

レリス:「God Save the Queen」だね!

『セックス・ピストルズ 破壊の設計図』アンドレ・レリス監督

『セックス・ピストルズ 破壊の設計図』アンドレ・レリス監督 © cula

グレンは初代ベーシストであるだけでなく、その「God Save the Queen」や「Anarchy in the U.K.」、「Pretty Vacant」など、多くの楽曲制作にも関わった重要人物ですね。それでも、一般的なセックス・ピストルズ像ではシド・ヴィシャスの存在の方が圧倒的に知られています。この“音楽的な貢献”と“後世に残ったイメージ”のギャップについて、監督ご自身はどのように感じていますか。

レリス:不当だと思う。撮影中にも本当に妙に感じる場面がたくさんあったんだ。映画でも出てくるけど、ラスベガスのパンク・ロック・ミュージアムに行ったとき、セックス・ピストルズの大きな展示があったのに、グレンの写真が1枚もなかったんだよね。グレンもそのことを知らなかったから、僕も彼が知るその場に一緒に居合わせることになってしまったんだ。

レリス:それに、イギリスのスタジオで彼にインタビューすることも多かったんだけど、パンク・ロック系のスタジオにはセックス・ピストルズの写真が飾ってあって、どれもシドが写っているものばかり。グレンが来るとき、彼の気分を害さないようにその写真は覆い隠されていたりした。そういう場面を目の当たりにするのは奇妙な感覚だったよ。僕はセックス・ピストルズの大ファンだけど、それでもこの問題がこれほど重いものだとは気づいていなかった。グレンが今もそのことに対して、わだかまりを強く抱えているのは伝わってくるよ。

グレンの写真がミュージアムなどに飾られることを願います……!

レリス:本当にそう願うよ!

『セックス・ピストルズ 破壊の設計図』アンドレ・レリス監督

『セックス・ピストルズ 破壊の設計図』アンドレ・レリス監督 © cula

「あんなバンドはほかにいない」

私も本作を観ていると、グレンにはセックス・ピストルズへの誇りだけでなく、自分が去った後にバンドが巨大な存在になっていったことへの複雑な感情も少なからず残っているように感じました。撮影を通して、彼にとってこの映画を作ること自体、どのような体験になっていたと感じますか。

レリス:グレンの気持ちを読み取るのは本当に難しいときがあって、彼がこの映画をどれくらい気に入っているのか、今でもはっきりとは言えないんだ。分かっているのは、イギリスのSky TVで放送されたことを誇りに思っているということ。彼にとっての評価の基準は、周りの人がどう受け止めるかだったんだよね。

レリス:でも実際のところ、グレンにとってこのドキュメンタリーを観るのはすごくつらいことで、だからこそ観たくないんじゃないかと僕は思っている。編集を進めながら「今ここまでできたから観てくれないか、感想を聞かせてくれないか」と何度も頼んだんだけど、返事が来なかったり、「好きなようにやってくれ」と言われるだけだったりしたから。

レリス:ポール・クックとは、終盤にすごく悲しいインタビューがあったんだ。シド・ヴィシャスの話になって過去の記憶をたどっていくうちに、彼はすごく感情的になって、インタビューを打ち切ってしまった。もう続けられなかったんだよ。グレンにも、過去に思いを巡らせてつらそうにしている瞬間があるのが分かった。スティーヴもそうだったと思う。だから、グレンが本当はどう思っているのかは分からない。でも結局のところ、かなり誇りに思っているんじゃないかな。いくつもの映画祭に足を運んでくれたし、自分の物語を世に出したいと思っているからね。僕たちはその物語にちゃんと向き合えたと思っているよ。

一方で、本作はグレン自身がプロデューサーとしても参加しています。主人公でもある彼の記憶や主張を尊重しながら、ドキュメンタリーとして客観性や距離を保つために意識したことはありますか。

レリス:正直に言うと、このプロセスに取りかかるときの僕は少し甘かったと思う。「よし、ドキュメンタリーを作ろう。あなたの本に沿って描いていくよ」という感じだったからね。彼の本にはシド・ヴィシャスについての話がたくさん書かれていて、実際、最初の段階ではドキュメンタリーにもシドに関する素材がもっと入っていたんだ。でも、グレンはそれを望まなかった。シドのことをあまり取り上げてほしくなかったんだよね。僕はそんなこと考えもしなかったから、「いや、僕はあなたの本の内容をそのまま描いているだけだよ」と言っていた。

レリス:本の中には、ナンシーが手首を切って血を滴らせながらアイスクリームを食べていて、そこにグレンが入ってくるという場面があるし、ほかにもシドとナンシーについて、ふたりがどんな人間だったかという話がたくさん書かれているんだよ。でも、彼は本当に映画にそれを入れることを嫌がってね。だから、シドに関する部分では意見がぶつかったし、そこはかなり抑えなければならなかったんだ。

『セックス・ピストルズ 破壊の設計図』アンドレ・レリス監督

『セックス・ピストルズ 破壊の設計図』アンドレ・レリス監督 © cula

バンドメンバーであるスティーヴ・ジョーンズやポール・クック、同じ時代を実際に生きたほかの人々にも取材しています。複数の証言を聞く中で、グレンから最初に聞いていた物語への印象が変わった出来事や、証言同士が食い違った場面はありましたか。

レリス:バンドの間で一番わだかまりが残っていて、認識も食い違っているのは、グレンがバンドを離れたときのことだと思う。彼はクビになったのか、それとも自分から辞めたのか、という疑問が今もあるんだ。ジョニー・ロットンには協力してもらえなかったから、スティーヴ・ジョーンズとポール・クックにかなり突っ込んで聞いてみたんだけど、二人とも曖昧でね。「まあ、抜けたというか、辞めたというか……」という感じで、どちらの立場も取りたがらないんだよ。でも、ポール・クックのインタビューはすごく示唆的だと思う。「俺たちはもっとグレンの味方をするべきだった。そうしていれば、きっともっとたくさんアルバムを作って、本物のバンドになれていただろう。グレンが抜けてからは散々だった」と言っているからね。

レリス:グレン本人は辞めたと言っていて、マルコムはクビにしたと言っている。ドキュメンタリーの中でグレンは、戻ってきてほしいと頼まれたとも話しているんだけど、マルコムは、グレンがビートルズを好きだからクビにした、というメモを出しているんだ。だから、本当のところは分からない。あれは奇妙な話で、僕にも判断がつかないよ。

レリス:それからもうひとつ、ほかのセックス・ピストルズのドキュメンタリーでは描かれていなかったことで、僕が本当に深く掘り下げたかったのは、彼らのサウンドがどこから来たのかということ。あのヘヴィなパンク・ロックのサウンドはどこから生まれたのか。彼らにもともと備わっていたものなのか。調べていくうちに分かってきたのは、実はスティーヴ・ジョーンズが、グレン・マトロックの作った基本的なリフを取り入れていたということなんだ。グレンはどちらかというと、そこまでハードコアなタイプではなかった。一方でスティーヴには、グレンの言葉を借りれば、“怒り”があった。ものすごい怒りがね。グレンのサウンドとスティーヴのサウンドの間にあった、その緊張感。そこにジョニー・ロットンが加わって、完璧なものになった。まさにカクテルみたいなものだったんだよ。

『セックス・ピストルズ 破壊の設計図』アンドレ・レリス監督

『セックス・ピストルズ 破壊の設計図』アンドレ・レリス監督 © cula

セックス・ピストルズは“反逆”や“反体制”の象徴である一方で、外向きのイメージにはマルコム・マクラーレンやヴィヴィアン・ウエストウッドらによって作られていった一面もあります。監督は、彼らの反逆精神やイメージのうち、どこまでが自然発生的で、どこからが後から生み出されていったと感じましたか。

レリス:99%は本物だったと思う。僕がセックス・ピストルズの最大の功績だと考えていることがあって、これについては誰かに反論してほしいくらいなんだけど、音楽の流行全体じゃなく、たったひとつのバンドが、政府や王室、社会の仕組みそのものに真っ向から立ち向かった例なんて、セックス・ピストルズのほかにある?彼らは実際に刺されるほどの目に遭って、国を離れなければならなかったんだ。そんなことをしたバンドがほかにいたかな。このバンドには、非常に強い政治性があった。彼らの曲はチャートから締め出されたほどだからね。

レリス:でも、本人たちに「どうしてああなったのか」と聞いてみると、狙ってやったわけじゃないと言うんだ。政治のことなんてどうでもよくて、ただパンク・ロックをやっていただけ。それが実際のところなんだよ。たしかに、彼らが集まったきっかけはヴィヴィアン・ウエストウッドが働いていた「SEX」というショップだった。でも、すべてが仕組まれていたとは思わない。マルコムに曲作りについて指示されたなんて話も、メンバーの誰からも聞かなかったしね。

本作はセックス・ピストルズを単純に神話化するのではなく、音楽を作り、仕事をし、人間関係に悩む一人ひとりの人間として描いているように感じました。意図的に“伝説”から距離を置いて、彼らを地に足のついた存在として描こうとしたのでしょうか。

レリス:意図的に演出したつもりはまったくなかったけど、バンド内部の問題はかなり幅広く取り上げたと思う。ドキュメンタリーの中では、ポール・クックが、自分はごく普通の家庭の出身で、ちゃんと仕事もあって、そのまま続けていればかなり稼げたはずなのに、セックス・ピストルズをやるためにその仕事を辞めなければならなかったと話している。ジョニー・ロットンとグレン・マトロックがお互いを嫌っていたこと、マルコム・マクラレンがバンドからお金を搾り取って、彼らが一文無しになったことも、全部描いたんだ。だから、かなりありのままに描けたと思うよ。

『セックス・ピストルズ 破壊の設計図』アンドレ・レリス監督

『セックス・ピストルズ 破壊の設計図』アンドレ・レリス監督 © cula

「インタビューしたい人は全員リストアップした」

本作ではデボラ・ハリー、ビリー・アイドル、ウェイン・クレイマーからノエル・ギャラガーまで、世代の異なる多くのミュージシャンの証言が登場します。証言者を選ぶ際には、どのような基準で人選していったのでしょうか。

レリス:ドキュメンタリーを作り始めた時点では、誰に出てもらえるかまったく分からなかったんだ。ポール・クックやスティーヴ・ジョーンズが出てくれるかどうかさえ分からなかった。だから、インタビューしたい人を全員リストアップしたんだけど、断られることも多かったし、引き受けてくれる人もいた。

レリス:たとえばNOFXのファット・マイクは、本当に最後の最後まで出てもらえるか分からなかったし、デッド・ボーイズのチーター・クロームも終盤になって決まったんだ。ビリー・アイドルも、最初はオファーが通らなかったけど、最終的にはOKしてくれた。だから、すべては流れの中で決まっていったんだよね。

レリス:ソーシャル・ディストーションのマイク・ネスにも出てもらおうとして、パンク・フェスで本人のところへ行って頼み込んだんだけど、断られたのを覚えているよ。スイサイダル・テンデンシーズのボーカル(マイク・ミューア)もそう。パット・ベネターや、ほかにも断られた人はいたな。本当にいろんな人に声をかけたからね。

レリス:とはいえ、多くの人が引き受けてくれて、映画のためにコメントをくれたんだ。やっぱり、グレン・マトロックがプロデュースのパートナーだというのは大きかったよ。ただ、彼はインタビューを頼むために自分から人に連絡するのをかなり遠慮していてね。自分からは頼みたがらなかったから、マネージャーに連絡先をつないでもらっていたんだ。それに、共同監督のニックも映画業界にたくさんの人脈を持っていて、そのつながりのおかげで多くの人に参加してもらえたんだよ。

レリス:幅広い世代をそろえたかったのは、それが僕自身の願いだったから。僕は監督として、90年代以降のパンク・ロックもたくさん好きだし、70年代の本物のパンクも好きなんだ。それは多くのパンク・ファンも同じだと思うよ。

『セックス・ピストルズ 破壊の設計図』アンドレ・レリス監督

『セックス・ピストルズ 破壊の設計図』アンドレ・レリス監督 © cula

当時のライブ映像やニュース映像、写真など、非常に多くのアーカイブ素材が使われていますね。資料はどのように集め、映画に採用されたのでしょうか。

レリス:子どものころからセックス・ピストルズのファンだったから、当時手に入るドキュメンタリーやライブ映像なんかは、とにかく片っ端から観ていたんだ。大人になってからも、セックス・ピストルズに関するものは何でも観ていたよ。それに大人になってからは映画配給の仕事を始めて、音楽部門を立ち上げて、音楽ドキュメンタリーをたくさん配給してきた。だから、頭の中にはすでに映像の百科事典みたいなものがあって、どこに行けば何が手に入るかも分かっていたんだよね。

映画の完成形には入らなかったものの、取材や編集の過程で特に印象に残っているエピソードや証言はありますか。

レリス:うん、いろいろあったよ。シド・ヴィシャスに関する部分はいくつかカットしなければならなかったし、ナンシーについても削った部分がある。それから、スティーヴ・ジョーンズが最初のインタビューをあまり気に入らなかったから、ロンドンまで飛んで撮り直したこともあったね。

レリス:どんなバンドでもそうだけど、過去にまつわる重たい部分やわだかまりがたくさんあるんだよね。ポール・クックがシドの話になってすごく感情的になり始めた場面があって、そこは映画には入れなかった。でも行ったインタビューは、思いつく限りほとんど全部使っているんだ。使わなかったインタビューは思い当たらないな。

『セックス・ピストルズ 破壊の設計図』アンドレ・レリス監督

『セックス・ピストルズ 破壊の設計図』アンドレ・レリス監督 © cula

作品公開以降、この映画に対する世界の観客の反響はいかがですか。

レリス:今のところ、かなり好意的な反応をもらっているよ。本当にいい反響があったと思う。それに、日本公開はすごく楽しみなんだ。日本はとても重要な国だからね。ロックンロールの文化が根付いているし、だからこそ僕も以前ここに来たことがあるんだよ。ランディ・ローズのドキュメンタリーのときにも来たし、次の作品でもまた来るつもり。それが何になるかはまだ分からないけど、今取り組んでいるジム・モリソンのプロジェクトだといいな。とにかく反応はとてもポジティブで、世に出ている映像には限りがあるから、ほかのドキュメンタリーと似た映像を使わざるを得なかった部分もあるんだけど、観客はそこをあまり気にせずに受け止めてくれていると思う。

“物語を正しく伝えること”と、ネガティブな一面とのバランス

エンドクレジットの最後に「ウェイン・クレイマーとクレム・バークに捧ぐ」という献辞が表示されます。お二人とも本作に貴重な証言を残した後に亡くなりましたね。撮影時の様子と、この映画をお二人に捧げることを決めた経緯について聞かせてください。

レリス:本当につらいことだよ。それに、つい数週間前には3人目として、デッド・ボーイズのチーター・クロームも亡くなってしまった。悲しくてやりきれないけど、同時に、彼らの最後のインタビューを撮らせてもらえたことをとても光栄に思っているんだ。

レリス:ウェイン・クレイマーは、僕がこれまで出会った中で最もすばらしい人物だったと断言できるよ。長い時間を刑務所で過ごしたこともあって、同じように政府に立ち向かうバンドにいた人なんだけど、とても聡明で知的で、物事に対して独自の視点を持っていた。だからこそ、本当に悲しいよ。彼は生まれたばかりの赤ちゃんを連れてインタビューに来てくれた。そのときは、彼ががんを患っているなんてまったく知らなかったから、亡くなったと聞いてショックでつらかったな。

『セックス・ピストルズ 破壊の設計図』アンドレ・レリス監督

『セックス・ピストルズ 破壊の設計図』アンドレ・レリス監督 © cula

レリス:チーター・クロームのほうは、正直それほど驚きはしなかった。インタビューのときも明らかに酔っていたし、目の周りにあざを作っていて、あの年齢になってもまだパンク・ロックな生き方をしていたからね。無茶な生き方をしていたんだよ。でも、すごく優しくて気さくな人で、インタビューの前には何度も電話をくれて、このドキュメンタリーにどうしても参加したいと言ってくれていた。チーターは、積極的に力を尽くしてくれたんだ。

レリス:クレム・バークは面白い人でね。ブロンディのメンバーだったけど、グレン・マトロックのソロバンドにも参加していたんだ。最初はなかなかインタビューに応じてくれなくて、すごく手こずった。だから「はいはい、大物ってわけね。ちくしょう、彼へのインタビューはやめよう」くらいの気持ちになっていたんだよ。ところがある日、僕の家でインタビューをしていたら、彼がふらっと現れてね。すごく感じがよくて、穏やかで優しい人だった。インタビューもすばらしかったし、彼がいなければ同じドキュメンタリーにはなっていなかったと思う。グレンとはとても仲が良くて、グレンがLAに来るときはクレムの家に泊まっていたくらいなんだ。そういう関係だったから、クレムが亡くなったとき、グレンはひどく打ちのめされていた。本当につらかったよ。

レリス:献辞は二人に捧げたものだけど、撮影していたときに生きていた二人だから、なんだか不思議な感覚だよ。最初はウェイン・クレイマーへの献辞だけだったんだけど、彼らが次々と亡くなってしまって……本当ならチーター・クロームの名前も入れるべきだけど、もう公開されてしまったからね。次は誰がいなくなってしまうんだろうと思うと、ちょっと怖くなるよ。

彼らもこの映画を嬉しく思ってくれているといいですね。

レリス:そうだね、グレンにとっては、この映画が世に出ていること自体がすごく大事なんだと思う。セックス・ピストルズの創設メンバーのひとりで、代表曲のうち3曲のリフを生み出した人なのに、彼の功績はいろんな意味で忘れられてしまっている。だから彼にとっては、物語を正しく伝えることが本当に重要なんだ。その一端を担えたことは、セックス・ピストルズのファンとして、僕にとってもすごく心に響くことなんだよね。

レリス:ただ、少し複雑な面もあった。シド・ヴィシャスには今も家族がいて、財団というか、信託のようなものが存在しているんだ。それにセックス・ピストルズのマネージャーもいて、彼らはシドについてあまりにネガティブな描き方になることを心配していた。僕もシドのレガシーを壊したいわけじゃない。でも同時に、公平であるべきところは公平であるべきだと思うんだよね。シドは確かにセックス・ピストルズのメンバーで、ベースも弾いていた。でも、作曲はしていないし、どの曲にも関わっていない。ひどい状態で、演奏すらできないことも多かったんだから。

最後に、日本でこの映画に興味を持っているこのインタビュー記事の読者に簡単なビデオメッセージをお願いします!


16歳のときに人生を変えられたバンドの物語を、ひとりのファンとして、そして作り手として見つめ直したレリス監督。その言葉からは、伝説の陰に埋もれてきたグレン・マトロックの功績を正しく伝えたいという思いと、バンドやその周囲の人々への敬意がにじんでいた。撮影後にこの世を去った証言者たちの姿も刻まれた本作は、パンクの時代を生きた一人ひとりの人間の記録でもある。『セックス・ピストルズ 破壊の設計図』は、10月2日(金)日本公開。

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