新作映画『隣人たち』 を紹介&解説するレビュー。
完璧に手入れされた庭、隣り合う2軒の家、そして分かち合ってきた友情。その理想的な光景を、ひとつの悲劇が根底から突き崩す。『隣人たち』は、2018年のフランス映画『母親たち』をアン・ハサウェイとジェシカ・チャステインの共演でリメイクした心理スリラーだ。1960年代アメリカ郊外の美しい風景を舞台に、2人の母親が互いを疑い、追い詰め合っていく。7月24日(金)より日本公開。
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ハサウェイ×チャステインの静かな演技合戦
2018年のフランス/ベルギー映画『母親たち』を下敷きにした本作で、まず観客を掴んで離さないのは、悲劇を境に一変してしまった親友同士の関係だ。互いの言動に疑いの目を向け、探り合い、牽制し合う——その息詰まる心理戦を成立させているのが、ふたりの母親に扮したアン・ハサウェイとジェシカ・チャステインの演技合戦である。

『隣人たち』より © 2023 MINSTINCT INC. ALL RIGHTS RESERVED.
ハサウェイが体現するのは、息子を失った悲しみと、その底から滲み出す得体の知れない危うさだ。周囲の目にはもちろん、当人ですらもはや制御しきれていないように映るその不安定さが、彼女の一挙手一投足に不穏な影を落とす。
対するチャステインは、起きてしまった出来事への罪悪感と隣人への同情を抱えながら、同時に自分と家族を守るためには疑わずにいられない——その相反する感情の均衡を、抑制の効いた芝居で丹念に積み上げていく。

『隣人たち』より © 2023 MINSTINCT INC. ALL RIGHTS RESERVED.
対照的なふたつのアプローチがぶつかり合い、ふたりが互いを少しずつ追い詰めていく構図にこそ、ぜひ注目してほしい。
完璧な1960年代の郊外生活に忍び寄る不穏
パステルカラーの衣装、寸分の乱れもなく整えられた住宅と庭、完璧に決まった髪形と食卓。画面を埋め尽くすその人工的な美しさは、物語が進むにつれて次第に不気味さを帯びていく。
名作『裏窓』を想起させる視線の演出、バーナード・ハーマン調の音楽——本作は、ヒッチコック映画を強く意識したレトロな心理スリラーとして構築されているように思える。画面はどこまでも美しく理想的でありながら、そこに暮らす人々の内面では醜い疑念がドロドロと渦巻いている。この落差が最高に効いていて、強い印象を残す。

『隣人たち』より © 2023 MINSTINCT INC. ALL RIGHTS RESERVED.
“母性”は愛か、執着か
原題「Mother’s Instinct」が示す通り、本作の核心に据えられているのは「母の本能」——すなわち母性である。
息子を失った母親が隣人の息子へと向ける得体の知れない執着。救えなかったという罪悪感を抱えつつ、今度は自分の子どもを奪われるかもしれないという恐怖に苛まれる隣人。それぞれの母性が、我が子を守ろうとする保護欲なのか、行き場を失った執着なのか、あるいは根拠のない妄想なのか、観る者には次第に判別がつかなくなっていく。それに呼応するように物語も、喪失を描くドラマから、復讐や乗っ取りの意図を疑わせる家庭内スリラーへと姿を変えていく。

『隣人たち』より © 2023 MINSTINCT INC. ALL RIGHTS RESERVED.
母性は社会的に美化されやすく、「母は強し」という言葉もまた真実ではあるだろう。だが、その「強さ」が、ひとたび何かが起きた瞬間に支配や暴力、常軌を逸した執着へと転じ得る——本作が突きつけるのは、母性が孕むその両義性の恐ろしさだ。
美しく整えられた画面の下で、母性という誰もが尊いと信じる感情が、少しずつ形を変えていく。愛なのか、執着なのか——その境界が判別できなくなる居心地の悪さこそ、本作が観る者に残していくものだ。ハサウェイとチャステイン、2人の女優が繰り広げる緊張感に満ちた演技のせめぎ合いを、ぜひスクリーンで確かめてほしい。『隣人たち』は7月24日(金)より日本公開。
