トム・ハンクスがAIでウッディの声が再現される可能性に危機感を示した。
映画『トイ・ストーリー5』でウッディ役に復帰したトム・ハンクスが、シリーズのさらなる続編とAI時代の俳優の在り方について語った。
『トイ・ストーリー』シリーズは、ウッディ、バズ・ライトイヤー、ジェシーらおなじみのキャラクターを中心に、長年にわたって世界中の観客に親しまれてきた。最新作『トイ・ストーリー5』も大きな注目を集める中、早くも第6作、すなわち『Toy Story 6(原題)』が作られる可能性に関心が向けられている。
しかしハンクスは、単に人気シリーズだから続けるという考え方には慎重な姿勢を示している。さらに、過去に録音された膨大なウッディの音声データを使えば、自身が参加しなくてもAIによって声を再現できる可能性があるとも指摘。その未来について、ティム・アレンとともに「恐ろしい考えだよね」と語っている。
『トイ・ストーリー』続編に必要なのは「価値のある理由」
トム・ハンクスはEntertainment Weeklyの取材で、仮に新たな『トイ・ストーリー』映画が作られるなら、そこには明確な創作上の理由が必要だと語った。
「もしまた『トイ・ストーリー』をやるなら、やる価値のあるものでなきゃダメだよ。すごい作品であるべきだし、ただみんながタイトルを好きだから引き延ばすんじゃなくて、何かテーマを掘り下げるべきなんだよね。もちろん、巨大な企業ビジネスであることは間違いないし、そこは否定しない。でも、良くて、新しくて、新鮮じゃないなら、やる理由はまったくないよ」
ハンクスの言葉は、シリーズの商業的成功を否定するものではない。むしろ、長く愛されてきたシリーズだからこそ、次に進むなら「ただの延命」ではなく、観客に差し出すべき新しい問いや感情が必要だという考えに近い。
『トイ・ストーリー5』では、ウッディ役のハンクス、バズ・ライトイヤー役のティム・アレンが再び参加している。だが、第6作以降については、作品としての必然性が問われる段階に入っているようだ。
31年分の録音データでウッディの声は再現できるのか
一方でハンクスは、たとえ自分が戻らなかったとしても、ウッディというキャラクターが別の形で続いていく可能性にも触れている。
長年にわたるシリーズの中で、ハンクスはウッディとして膨大なセリフを録音してきた。そのデータがデジタル上に残っている以上、技術的にはAIを使って新しいセリフを組み立てることもあり得る、という見方だ。
「時間には誰も勝てないよ。問題は、僕の何らかのバージョンを寄せ集められるかどうかなんだ。『トイ・ストーリー』でこれまで録音してきたすべての言葉は、どこかのデジタルメディアに残っている。だから、彼らが望めば何だって作れてしまうんだよ」
この発言は、ディズニーが実際にAI版ウッディを使う方針を示したという意味ではない。ハンクスが語っているのは、俳優本人の身体的な参加がなくても、過去の声や映像のデータから“それらしい演技”が作られてしまう時代への危機感だ。
ティム・アレンもこの考えに同意し、ハンクスとともに「恐ろしい考えだよね」と反応している。声優や俳優の演技が、本人の意思や現場での表現から切り離されて利用される可能性は、今後の映画制作において避けて通れない論点になっている。
『ポーラー・エクスプレス』から見えていたAI時代の俳優像
ハンクスは以前から、AIやディープフェイクが俳優の仕事に与える影響について発言してきた。2023年に出演した「The Adam Buxton Podcast」では、ロバート・ゼメキス監督作『ポーラー・エクスプレス』を例に挙げ、自身の姿や動きが大量のデータとしてコンピューターに取り込まれた経験を振り返っている。
「僕ら自身の膨大なデータ――文字どおり、自分たちがどう見えるかというデータ――がコンピューターの中に閉じ込められた最初の映画は『ポーラー・エクスプレス』だったんだ」
ハンクスは、コンピューター内のデータが顔やキャラクターへ変換される能力は、当時から大きく進化してきたと指摘。現在では、AIやディープフェイクによって、俳優が若い姿で新作に登場することも現実的になっている。
さらにハンクスは、自身が突然亡くなったとしても、パフォーマンスだけが続いていく可能性にも言及している。
「僕が明日バスにはねられて、それで終わりになったとしても、パフォーマンスはずっと続いていくことができる。AIやディープフェイクのことを知らなければ、それが僕で、僕だけによるものではないとは見分けられないだろうし、ある程度は生きているような質感を持つはずだよ。これは確かに芸術的な課題だけど、同時に法的な課題でもあるんだ」
『トイ・ストーリー』におけるウッディは、トム・ハンクスの声と切り離せない存在として記憶されてきた。だからこそ、AIによる再現の可能性は単なる技術論にとどまらない。観客が愛してきたキャラクターの“本物らしさ”とは何か、そして俳優の声や演技は誰のものなのか。ハンクスの発言は、シリーズの未来だけでなく、映画産業全体が向き合うべき問いを浮かび上がらせている。
