【映画レビュー『センチメンタル・バリュー』】名キャストが描く繊細な家族関係と、芸術表現による贖罪への問いかけ

『センチメンタル・バリュー』より © 2025 MER FILM / EYE EYE PICTURES / LUMEN / MK PRODUCTIONS / ZENTROPA ENTERTAINMENTS5 APS / ZENTROPA SWEDEN AB / KOMPLIZEN FILM / BRITISH BROADCASTING CORPORATION / ARTE FRANCE CINÉMA / FILM I VÄST / OSLO FILM FUND / MEDIEFONDET ZEFYR / ZDF / ARTE REVIEWS
『センチメンタル・バリュー』より © 2025 MER FILM / EYE EYE PICTURES / LUMEN / MK PRODUCTIONS / ZENTROPA ENTERTAINMENTS5 APS / ZENTROPA SWEDEN AB / KOMPLIZEN FILM / BRITISH BROADCASTING CORPORATION / ARTE FRANCE CINÉMA / FILM I VÄST / OSLO FILM FUND / MEDIEFONDET ZEFYR / ZDF / ARTE

新作映画『センチメンタル・バリュー』 を紹介&レビュー。


2月20日(金)日本公開となる映画『センチメンタル・バリュー』は、『わたしは最悪。』で注目を集めたヨアキム・トリアー監督が、記憶と創作、親子の距離を描く家族ドラマ。長年音信不通だった映画監督の父が戻り、自伝的な復帰作の主演を娘ノーラに打診する。拒絶されると役はハリウッド女優に渡り、姉妹は複雑な関係に向き合う。出演はレナーテ・レインスヴェステラン・スカルスガルドエル・ファニングほか。

『センチメンタル・バリュー』あらすじ

オスロの舞台女優ノーラは、母の死を機に妹アグネスと再び日常を重ねる。そこへ家族を捨てた映画監督の父グスタフが帰り、ノーラに復帰作の主演を依頼。拒絶されると役は若いハリウッド女優レイチェルに渡り、撮影が思い出の実家で始まろうとする。姉妹は父と来訪者の間で心が揺れる。

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“感傷としての価値”

タイトルの『Sentimental Value』は、直訳すると“感傷的な価値”といった意味になるが、英語圏では“市場価値(market value)はないが、思い出などとしての感情的な価値(sentimental value)としては重要”といった言い方をよくするようだ。本作は、「家」という”記憶の器”を舞台に、ヒビの入った家族の人間関係・人生と、その贖罪手段であるかのように選ばれた芸術表現との間で、金銭や社会からの評価では測れない「感傷としての価値」が、癒しにも自己欺瞞にもなりうる様子を丹念に描き出している。

芸術表現は贖罪になり得るのか?

姉妹の母の死をきっかけに、長年音信不通だった父親、映画監督のグスタフが突如家族の元に戻ってくる。彼は外から見れば魅力的でカリスマ性を備えた芸術家だが、家族に対しては無自覚な支配性や自己中心性がにじみ出るタイプの男性だ。かつて名声を得た彼の新作への創作衝動は、単なる復帰作づくりではない。自伝的な脚本として家族史を再演しようとする試みなのだが、あまりに都合の良すぎるその企ては娘ノーラに拒絶される。芸術表現でしか家族や他者と繋がれない不器用な父にとって、創作活動は一種の“贖罪”なのかもしれない。だが、家族を疎かにしてきた事実を、芸術表現によって贖うことなど果たして可能だろうか。ここに本作の核心的なテーマが横たわっている。

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オスロの家は、彼にとって”帰る場所”であると同時に、過去の傷が深く染みついた場所でもある。家族に対する罪の意識と赦されたいエゴ、そして家に根付いた悲しみ——諸々の複雑な感情が彼の内側で交錯していることは確かに見てとれる。しかし終始不器用なグスタフは、自身の感情との向き合い方すらも極めて寡黙に、静かに行うしかない。その繊細で不器用な人物像を見事に体現したステラン・スカルスガルドの演技はまさに名演と呼ぶにふさわしい。ゴールデングローブ助演男優賞の受賞も、大いに納得のいくものであった。

演じられるのに、自分の気持ちに向き合えない主人公

そんな父親のエゴと感傷に最も振り回されるのが、主人公ノーラである。彼女は俳優として成功を収めており、舞台上で感情を表現することには長けている。だがステージを降りた途端、私生活において自分自身の感情と向き合おうとすると、途端に不器用になってしまうという矛盾を抱えた人物だ。

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感情的に父のオファーを断ったはずなのに、家族のパーソナルな物語に本来無関係なハリウッド俳優が入り込んでくると、それはそれでまた複雑な気持ちが湧き上がってしまう……。支配的で問題のある父に迎合しなければ、家族としての体面を保てないという立場に置かれた、実に複雑な娘ノーラを演じたのは、『わたしは最悪。』(2021年)でもトリアー監督とタッグを組んだレナーテ・レインスヴェ。強さと脆さを同居させたレインスヴェの演技は、本作を支える力強い支柱となった。

アグネスとレイチェル、静かな潤滑油たち

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父と姉の軋轢に目を向けながらも、思うところは抱えつつ、緩衝材のように二人の歩みを静かに見守る妹、アグネスの存在は控えめながらも非常に重要だ。感情論で父を裁くのではなく、家族に残された傷のルーツへ単身で到達しようとする彼女の行動は、彼女自身はもちろん家族全体に深い影響を与えていく。彼女を演じたインガ・イブスドッテル・リッレオースは、目立たないが確かな家族の手触りを与える等身大の演技によって、この物語を静かに、そして力強く支えている。

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また、ハリウッド俳優のレイチェルも見逃せない重要なキャラクターだ。ノーラが拒絶した役柄を当初は意気揚々と引き受けるものの、次第に、極めて個人的な”家族の映画ドラマ”に意図せず巻き込まれていることに気づいた彼女の表情は徐々に曇っていく。極めて個人的な脚本で書かれた役に、見た目や表現の工夫でどれほど適応しようとしても真にコネクトできない——彼女の苦労と葛藤が、ノーラでなければ成立しない感情の回路を浮き彫りにする装置として機能している。

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エル・ファニングはこれまで、その演技力・知名度の高さに対して、作品選びの点では必ずしも恵まれてこなかった印象がある。そんな彼女が『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』(2024年)及び本作によって、賞レースが注目するドラマ映画の良作に参加し、20代のうちにその存在感を改めて発揮し始めているのは非常に喜ばしいことと言えるだろう。


レインスヴェ、スカルスガルド、リッレオース、ファニング……実力派4名の名演によって、複雑ながらも共感しやすい人間関係と、芸術表現による贖罪の不確かさを描き上げたヨアキム・トリアー監督。ひとつの登場人物であるかのように親しみ深く切り取られたオスロの街並みも含め、静謐ながら深く没入できる映画体験として、2月20日(金)日本公開の『センチメンタル・バリュー』は、この賞レースシーズンを確かに盛り上げてくれるはずだ

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