最新映画『愛がきこえる』を紹介&レビュー。
2026年1月9日(金)に日本公開となる中国映画『愛がきこえる』は、耳の聞こえない父と健聴者の娘の心の交流を描くヒューマンドラマだ。静かな日常の中で深まる親子の絆が、生活の苦しさやすれ違いを通して繊細に浮かび上がってくる。やがて父は予期せぬ事件に巻き込まれ、娘を守るために厳しい選択を迫られることになる。主演を務めるのは、中国の話題作で注目を集めるEXOのレイことチャン・イーシン。共演にリー・ルオアン、ホアン・ヤオらを迎えている。
『愛がきこえる』あらすじ
耳の聞こえない父シャオマーと、ろう者のコミュニティで暮らす7歳の娘ムームー。「私がいないとパパはお金を稼げない」と信じるムームーは小学校には通わず、日々CODA(コーダ)

『愛がきこえる』より © CKF PICTURES (Ningbo) Co., Ltd. / iQIYI Pictures (Beijing) Co., Ltd. / Shanghai Tao Piao Movie & TV Culture Co.,Ltd.
として父の生活を支えてきた。そんな折、5年前に離婚して家を出た母親シャオジンが「ムームーに“普通”の生活をさせたい」と引き取りに戻ってくる。彼女なりに娘の将来を考えての提案だったが、シャオマーは激高し、まったく取り合おうとしない。やがて親権をめぐって裁判で争う事態へと発展してしまう。
娘との生活を守るため、シャオマーは新たにホテルで住み込みの仕事を始め、ムームーを小学校に通わせ始める。しかし耳が聞こえないことから職場でトラブルが相次ぎ、立ち退きを命じられてしまう。追い詰められた彼は、意図的に事故を起こして自動車保険をかすめ取る闇ビジネスに加担してしまうのだった。ただ一緒にいたいだけなのに、非情な運命に引き裂かれていく父と娘。分かちがたい絆で結ばれた2人の愛は、この逆境を乗り越えられるのか――。
“特殊”と“普遍”が交差する人間ドラマ
本作は「静かな世界」と「騒がしい社会」のあいだの断絶とその橋渡しを、父娘ドラマと社会派要素を組み合わせながら描き出していく。耳の聞こえない父と健聴者の娘という一見特殊に思える関係性を扱いながらも、物語が掘り下げるのは決して特殊な事情だけではない。むしろその奥にあるのは、親子愛や、誰かに気持ちを伝えたいという切実な思い――つまり、誰もが持つ普遍的な感情だ。この固有性と普遍性のバランスが絶妙で、マイノリティの感情や境遇に真摯に寄り添いながら、同時にマジョリティの観客にも深く共感できる感動作として成立させている。
主人公シャオマーもまた、耳が聞こえないというハンディキャップや、それがもたらす境遇の厳しさを抱えていることを加味したとしても、決して模範的で完璧な善人とはいえない。むしろそこにこそ、この人物のリアリティがある。現実離れした“可哀想な善人”では、どこか寓話めいて、感動はしても深い共感には至らないだろう。不器用で、プライドが高く、人間臭い弱さを持つ――そんな普遍的な“普通”の人間として、シャオマーは立ち現れる。その普通の父親が、普通に娘を愛し、娘の幸せを願う。ただそこに、聴覚という問題が重なってくる。こうして紡がれる普遍的かつ固有の人間ドラマが、観る者の心を深く打つのだ。

『愛がきこえる』より © CKF PICTURES (Ningbo) Co., Ltd. / iQIYI Pictures (Beijing) Co., Ltd. / Shanghai Tao Piao Movie & TV Culture Co.,Ltd.
互いに支え合う、美しい共依存
この親子の関係は、ただ親が子どもを守るという単純な図式には収まらない。父シャオマーが娘ムームーの幸せを願うと同時に、娘もまた幼いながらに父を思い、その生活を支えることを自然なこととして行動している。どちらか一方だけでは成立しない、互いに依存し合う関係――いわば共依存と呼べるような結びつきがそこにはある。しかし共依存という言葉が持つネガティブな響きを超えて、その根底に流れる深い愛こそが、この関係を美しいものにしている。互いを思い合い、守り合おうとする父娘の姿には、心を動かさずにはいられないシーンが随所にある。
そしてシャオマーが不器用ながらもその愛を確かに娘に伝えられていることは、ムームーの行動や、オープニングとエンディングで描かれる彼女の未来の姿にはっきりと表れている。“言葉を交わさない、沈黙の愛”を意味する原題が示すとおり、音で通じ合えなくても、愛情は確かに届く。その愛と思いやりは、言葉を超えて伝わっていくのだ。
“伝えたい”という思いが貫く演出
監督は聴覚障がい者コミュニティに触れて、彼らの“伝えたい”という気持ちに心を動かされたという。その思いは映画の演出にも色濃く反映されており、主人公だけでなく、周囲の人々が抱える伝えたい思い、表現したい願いにも丁寧に寄り添っていることが伝わってくる。捉え方によっては本筋から逸れた要素として、ドラマの集中力を削ぐと感じる向きもあるかもしれない。しかし、この“伝えたい”という気持ちを起点に作られた作品だと理解すれば、こうした要素もまた感動を構成する一部として納得がいく。
苦悩を描きながらも、悲劇一辺倒にはせず、ときに都合の良さを感じさせる“優しい”展開を織り交ぜたのも、この先の希望や人々の“良心”を信じる作品としてのトーンを保つための選択だろう。元妻のシャオジンが一方的な悪女として描かれていないのも、その表れだ。誰か特定の人物が悪いわけではない。どこかみんな少しずつ身勝手で、互いへの理解が足りないだけ――そんな世の中の現実を、わかりやすく誠実に描いた一作だった。
チャン・イーシン(レイ)とリー・ルオアンの好演

『愛がきこえる』より © CKF PICTURES (Ningbo) Co., Ltd. / iQIYI Pictures (Beijing) Co., Ltd. / Shanghai Tao Piao Movie & TV Culture Co.,Ltd.
本作を大きく支えたのは、まずEXOのレイことチャン・イーシン(張藝興)の演技だ。健聴者でありながら、娘を思い苦闘する耳の聞こえない父シャオマーを説得力を持って演じきった。そして何と言っても、娘ムームー役のリー・ルオアン(李珞桉)の演技が圧巻だ。健聴者でありながら父を守るために子ども時代を差し出す、健気で愛情深い少女を体現した彼女の演技は、決してわざとらしくも大袈裟でもない。楽しげなシーンから切ないシーンへと移り変わる中で自然に流れる涙は、美しく、切なく、そして深くエモーショナルだった。
『愛がきこえる』は、言葉を超えた親子の絆をエモーショナルに描き、心揺さぶる一作だ。音のない世界で生きながら娘を愛する父と、愛する父を支える幼い娘。互いを思い合うふたりの姿は、時に切なく、時に美しく、観る者の胸に響く。誰もが持つ“伝えたい”という普遍的な願いを、真摯にすくい上げた本作は、2026年1月9日(金)日本公開。
作品情報

『愛がきこえる』© CKF PICTURES (Ningbo) Co., Ltd. / iQIYI Pictures (Beijing) Co., Ltd. / Shanghai Tao Piao Movie & TV Culture Co.,Ltd.
タイトル:『愛がきこえる』
原題:不说话的爱
監督:沙漠(シャー・モー)
出演:张艺兴(チャン・イーシン)、李珞桉(リー・ルオアン)
英題:MuMu|2025年|中国|中国語|111分|ビスタ|カラー|5.1ch|日本語字幕:本多由枝
© CKF PICTURES (Ningbo) Co., Ltd. / iQIYI Pictures (Beijing) Co., Ltd. / Shanghai Tao Piao Movie & TV Culture Co.,Ltd.
配給:マーチ
公式サイト
公式X
2026年1月9日(金)全国ロードショー
ライター/エディター/映画インスタグラマー。2019年に早稲田大学法学部を卒業。東京都職員として国際業務等を経験後、ライター業に転身。各種SNS(Instagram・X)やYouTubeチャンネル「cula 見て聞く映画マガジン(旧:アルテミシネマ)」においても映画や海外ドラマ、音楽といったカルチャーに関する情報レビューを発信している。
