【映画レビュー『箱の中の羊』】亡き息子との“再会”は救いかエゴか-ヒューマノイドが映す喪失と家族のかたち

【映画レビュー『箱の中の羊』】亡き息子との“再会”は救いかエゴか-ヒューマノイドが映す喪失と家族のかたち Film Review
© 2026「箱の中の羊」製作委員会

新作映画『箱の中の羊』を紹介&解説するレビュー。


是枝裕和監督が手がける映画『箱の中の羊』が、5月29日(金)劇場公開を迎える。ヒューマノイドによって亡き息子と“再会”する夫婦の姿を通して、本作が描き出すのは、テクノロジーの進化そのものではない。そこに浮かび上がるのは、大切な人を失ったあともなお、その存在をどう抱え続けるのかという、きわめて人間的な問いである。再び会えることは救いなのか、それとも悲しみを先延ばしにする行為なのか。『箱の中の羊』は、答えの出ない感情の揺らぎを、静かに、そして深く見つめていく。

映画『箱の中の羊』レビュー

喪失を埋めることは救いか、それともエゴか

本作の魅力は、ヒューマノイドというSF的な設定を用いながら、そこに描かれる感情が極めて現実的で切実である点にある。亡くした人にもう一度会いたい。失われた時間を少しでも取り戻したい。けれど、その再会は本当に救いと呼べるものなのか。物語はそうした問いを、喪失を抱えた夫婦の関係の中からじわりと立ち上がらせていく。

亡くなった息子の代わりとして現れるヒューマノイドの翔は、たしかに翔の姿をしている。しかし同時に、彼は翔本人ではない。その存在を“息子”として受け入れることは、死者と向き合い、今は亡き本人の存在を尊重する行為なのだろうか。それとも、残された者が自分の悲しみを埋めるために作り出した、身勝手なエゴにすぎないのだろうか。

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© 2026「箱の中の羊」製作委員会

だが仮にそれがエゴだとしても、そこで救われようとすること、あるいは一時の気休めを求めることは、本当に罪なのか。大切な人を失った者に、そのくらいの逃げ場があってもいいのではないか。そして、その選択を外側にいる人間が簡単に裁くことなどできるのだろうか。

本作は、こうした答えの出ない葛藤を単純な善悪に落とし込まず、夫婦それぞれの揺れを通して丁寧に描き出す。ヒューマノイドの存在をめぐる物語でありながら、観る者に突きつけられるのは、喪失と記憶、そして残された人間がどのように生き延びようとするのかという、きわめて人間的な問いである。

“箱の中の羊”に託される、見えないものを信じる想像力

タイトルの『箱の中の羊』は、サン=テグジュペリの『星の王子さま』に登場する一節に着想を得ている。“箱の中の羊”とは、姿が見えないからこそ、見る者が自分の信じたい姿をそこに託すことのできる存在である。

何を信じ、何を尊重するのか。そして、誰かが信じたいもの、そこに救いを見いだそうとする気持ちを、他者はどこまで受け止めるべきなのか。本作は、その問いをヒューマノイドの翔という存在に重ねながら、目に見えるものだけでは捉えきれない感情や記憶、想像力のあり方を描いていく。

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その意味で本作は、是枝裕和監督がこれまでも見つめてきた“家族”というテーマを、テクノロジーの時代に改めて問い直す作品でもある。家族を形づくるものは、血縁なのか、共有された記憶なのか、ともに過ごした時間なのか。あるいは、失われた存在を思い続ける気持ちそのものが、家族のかたちを保ち続けることもあるのか。

血のつながりや日々の生活だけでは定義しきれない関係性を見つめながら、本作はテクノロジーによって生まれる“新しい家族”の可能性と危うさを描き出す。そしてその先に、夫婦とは何か、親子とは何かという、普遍的でありながら簡単には答えの出ない問いを差し出している。

綾瀬はるかと大悟が浮かび上がらせる、夫婦それぞれの喪失

また、綾瀬はるかと大悟(千鳥)が夫婦役を演じている点も、本作の大きな見どころである。息子の姿をしたヒューマノイドを前向きに受け入れようとする音々と、どうしても簡単には受け入れられない健介。同じ喪失を経験していながらも、その悲しみとの向き合い方には明確な違いがある。ふたりの間に生まれる温度差は、喪失を抱えた夫婦の距離感を繊細に浮かび上がらせると同時に、人は同じ出来事を共有していても、同じ速度で立ち直れるわけではないという現実を示している。

【映画レビュー『箱の中の羊』】亡き息子との“再会”は救いかエゴか-ヒューマノイドが映す喪失と家族のかたち

© 2026「箱の中の羊」製作委員会

なかでも印象的なのが、大悟の配役である。健介という人物には、どこか私たちが普段から知っている“大悟らしさ”を思わせる部分がある。まっすぐで、不器用で、情に厚く、愛情深い。一方で、弱さやだらしなさも抱えており、決して理想化された父親として描かれているわけではない。その人間くささが健介というキャラクターに説得力を与えており、大悟の持つ素朴な存在感とよく響き合っている。結果として、この役は大悟だからこそ成立したのだと思わせる、納得感のある配役だった。


『箱の中の羊』は、ヒューマノイドというSF的な題材を扱いながら、その中心にあるのはあくまでも人間の感情である。失った存在を思い続けること、残された者が救いを求めること、そして他者の悲しみにどこまで寄り添えるのか。作品はその問いに明確な答えを与えるのではなく、観る者自身にそっと委ねている。

テクノロジーが人の記憶や喪失に触れる時代に、家族とは何か、愛する人を忘れずに生きるとはどういうことなのか。5月29日(金)劇場公開の『箱の中の羊』は、その静かな問いを胸に残す作品である。

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