【映画レビュー『ライフ・イズ・ビューティフル・オッケー』】不完全な日常に乾杯を-泥臭くても“生きている”ことの美しさ

『ライフ・イズ・ビューティフル・オッケー』© Life is Beautiful Okay REVIEWS
『ライフ・イズ・ビューティフル・オッケー』© Life is Beautiful Okay

新作映画『ライフ・イズ・ビューティフル・オッケー』をレビュー。


10月4日(土)から日本公開となった『ライフ・イズ・ビューティフル・オッケー』は、木下家の中華料理屋を舞台に、居候の牧原と働かない長女・美和を中心とした人々の日常を描いた作品だ。思い通りにいかない人生、現実逃避しがちな人間の姿を徒然なるままに映し出しながら、そんな不完全な日常こそが愛おしいのだと語りかけてくる。

『ライフ・イズ・ビューティフル・オッケー』あらすじ

木下家が営む中華料理屋に居候しながら働く牧原和章。長女の美和は仕事もせず、未完の物語を書き続ける毎日だ。牧原が美和のために賄いのオムライスを作り、美和がそれを食べる。この何気ない日常は、このまま変わらず続いていくかに見えた。

ところがある日、店を訪れた客の聡美が、美和の食べていた賄いのオムライスを「自分も食べたい」と牧原に頼む。その些細な出会いをきっかけに、牧原の日常には小さな変化が生まれ始める。一方、父の命日を迎え、次女の優実と三男の竜矢が久しぶりに店に集まる。仕事もせずパソコンに向かうばかりの美和を助けようと、家族はあれこれ策を巡らせるが――。

牧原と木下家の人々は、それぞれの形で「今」という時間に向き合おうとする。

思い通りにいかない日常の手触り

『ライフ・イズ・ビューティフル・オッケー』より © Life is Beautiful Okay

『ライフ・イズ・ビューティフル・オッケー』より © Life is Beautiful Okay

徒然なるままに流れていく日常が、ある時は唐突に変化し、ある時は終わりへと向かっていく、かと思えばまったく変わらないことだって――人生とはそういうものだ。

何かをしたいと思っても気力が湧いてこない日もあれば、何もしたくないはずの時に限って妙に元気が出たりもする。自分のエネルギーに世界が応えてくれることは少なく、思うようにバランスは取れない。理想通りにいかないどころか、そもそも理想とは何なのかさえ見失ってしまう。それが人生の現実というものだろう。それでも、そんな捉えどころのない日常は淡々と続いていく。

肯定も否定もせず、泥臭い現実に寄り添う眼差し

『ライフ・イズ・ビューティフル・オッケー』より © Life is Beautiful Okay

『ライフ・イズ・ビューティフル・オッケー』より © Life is Beautiful Okay

現実逃避は簡単で、誰にでもできることだ。ちょっとした出会いや変化に過剰な期待を寄せたり、実現不可能な計画を立てたり、やる気だけは口にしてみたり、身の程知らずな見栄を張ったり、他人にだけは偉そうに説教してみたり。現実の自分と向き合うことから目を背け、うだつの上がらない日常を送る。”イタいやつ”と化しながら、逃避思考を繰り返す日々。

わかっている。誰に言われるまでもなく、自分でもわかっている。それでもどうにもならないからグダグダと生きているのに、指摘されれば腹が立つ――本作はそんな人間の泥臭い現実を、ありのままに、淡々と描き切っている。

『ライフ・イズ・ビューティフル・オッケー』より © Life is Beautiful Okay

『ライフ・イズ・ビューティフル・オッケー』より © Life is Beautiful Okay

この映画は「だからどうしろ」という説教をするわけでもなければ、明快な答えを示すわけでもない。ただ「みんなこんなものだよね」と、カラッと笑いながら語りかけてくるようだ。


立派にできた人間なんてそうそういない。みんなこんなものなのだから、別にいいじゃないか。そんな不完全な日常こそが愛おしい。ダメでもいいのだ。続いていく人生に向けて、泥臭くて取るに足らない乾杯を――10月4日(土)から日本公開となった『ライフ・イズ・ビューティフル・オッケー』は、そんなふうに思わせてくれる一本である。

『ライフ・イズ・ビューティフル・オッケー』© Life is Beautiful Okay

『ライフ・イズ・ビューティフル・オッケー』© Life is Beautiful Okay

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