【映画レビュー『愛はステロイド』】身体と暴力に浸食される共依存ロマンス―現代のクィア映画が切り開く新たなスリラー世界

『愛はステロイド』© 2023 CRACK IN THE EARTH LLC; CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION ALL RIGHTS RESERVED Film Review
『愛はステロイド』© 2023 CRACK IN THE EARTH LLC; CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION ALL RIGHTS RESERVED

A24らしいスタイリッシュなクライム映画の体裁を取りながら、独自の詩的な雰囲気を湛えた革新的クィア・ノワール『恋はアステロイド』が8月29日(金)に日本公開される。

映像美と緊張感で描くジャンル再定義のスリラー

ロマンスとして幕を開けながら、やがて暗黒の淵へと転落していくこの物語では、恋愛と暴力が境界線を曖昧にして交錯する。確かにショッキングな要素は存在するものの、物語の骨格がしっかりと構築されているため観客を最後まで引き込む力がある1作だ。

何より、寂寥感に満ちた夜の道路、毒々しいネオンサイン、張り詰めた空気を孕んだ構図といった映像表現の繊細さとビビッドな美しさが強烈な印象を残す。現代スリラーとしてジャンルそのものを再定義する野心的な試みとして高く評価したい作品だ。

身体と欲望をめぐるメタファーと共依存の物語

作品の核心には共依存、自己変容、そしてアメリカン・ドリームに対するシニカルな眼差しが一貫して流れている。監督自身が語るように、「野心とエゴ、そして”変容したい”衝動」こそがこの物語を駆動させる原動力なのだ。身体(筋肉/ステロイド)と欲望を“過剰な依存・欲望”のメタファーとして機能させる演出意図は実に明快である。

『愛はステロイド』© 2023 CRACK IN THE EARTH LLC; CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION ALL RIGHTS RESERVED

『愛はステロイド』© 2023 CRACK IN THE EARTH LLC; CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION ALL RIGHTS RESERVED

特に注目すべきは、ステロイド注射のシーン、不穏な膨張音も含む“身体”にまつわるモチーフが執拗に反復される。これらの視覚的仕掛けは単なる装飾ではなく、後半の超現実的なクライマックスへの巧妙な布石として機能している。そして最終的には”自己実現”と”愛の怪物性”という相反する概念を、観客の目に焼き付けるような強烈な映像として昇華させることに成功している。

クリステン・スチュワートが体現する複雑なヒロイン像

クリステン・スチュワートが演じるルーは、他者から依存される“支え”の役割を担いながらも、内面に深い脆弱性を秘め、自身も他人に依存する、そんな複雑な人物だ。家族の問題に悩み、自らの脆さと向き合いながらも、それでもなお人とのつながりを渇望せずにはいられない。そんな矛盾を抱えた存在なのである。

『愛はステロイド』© 2023 CRACK IN THE EARTH LLC; CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION ALL RIGHTS RESERVED

『愛はステロイド』© 2023 CRACK IN THE EARTH LLC; CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION ALL RIGHTS RESERVED

ルーという人物が持つ激情と繊細さ、そして病的なまでの共依存関係を、スチュワートは実に説得力のある存在感と演技力で体現してみせた。彼女の地に足の着いた深みのある佇まいがあればこそ、この役柄に真実味が宿る。極端なスポーツ、禁断の恋愛、そして殺人という暴力に満ちた物語の数々を、スチュワートが見せる微細な表情の変化や、どこか険を含んだ演技が格段に高い次元へと押し上げている。彼女なくしてこの作品の成功はあり得なかっただろう。


破壊と再生、欲望と依存を鋭く描き出す本作は、観客に「愛」とは何かを問いかける濃密なクライム・ロマンスだ。『愛はステロイド』は8月29日(金)日本公開。スクリーンでぜひ体験してほしい。

cula をもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む