映画『君たちはどう生きるか』(2023)を紹介&解説。
映画『君たちはどう生きるか』概要
映画『君たちはどう生きるか』は、宮崎 駿監督(『千と千尋の神隠し』『もののけ姫』)が『風立ちぬ』以来約10年ぶりに手がけた長編アニメーション映画。戦時中の日本を舞台に、母を亡くした少年・牧眞人が父とともに移り住んだ屋敷で謎めいたアオサギと出会い、生と死が交錯する異世界へ足を踏み入れていくファンタジー/アドベンチャー。
タイトルは吉野源三郎が1937年に発表した小説『君たちはどう生きるか』から借用され、同書も劇中に登場するが、物語そのものは宮崎 駿によるオリジナル。宮崎作品を長年支えてきた久石譲が音楽を担当し、主題歌には米津玄師の「地球儀」が使用された。声の出演は山時聡真、菅田将暉、柴咲コウ、あいみょん、木村佳乃、木村拓哉ら。第96回アカデミー賞では長編アニメーション映画賞を受賞した。
作品情報
| 日本版タイトル | 『君たちはどう生きるか』 |
|---|---|
| 英題 | The Boy and the Heron |
| 製作年 | 2023年 |
| 日本公開日 | 2023年7月14日 |
| ジャンル | アニメーション/ファンタジー/アドベンチャー |
| 製作国 | 日本 |
| 原作 | 宮崎 駿(オリジナル) |
| 上映時間 | 約124分 |
| 監督・脚本 | 宮崎 駿 |
|---|---|
| 製作 | 鈴木敏夫 |
| 製作総指揮 | 星野康二/宮崎吾朗/中島清文 |
| 撮影 | 奥井敦(撮影監督)/藪田順二(撮影) |
| 編集 | 瀬山武司/松原理恵/白石あかね |
| 作曲 | 久石 譲 |
| 出演 | 山時聡真/菅田将暉/柴咲コウ/あいみょん/木村佳乃/木村拓哉/大竹しのぶ/竹下景子/風吹ジュン/阿川佐和子/滝沢カレン/國村 隼/小林 薫/火野正平 |
| 製作 | スタジオジブリ |
| 配給 | 東宝(日本) |
あらすじ
戦時中の日本。火事で母を亡くした少年・牧眞人は、父・勝一とともに東京を離れ、母の妹であり新たに父の妻となった夏子が暮らす屋敷へ引っ越す。母の死、新しい家族との複雑な関係、慣れない土地での生活から心を閉ざしがちな眞人の前に、奇妙なアオサギが姿を現す。
人間の言葉を話し、不可解な言動を繰り返すアオサギに導かれるように、眞人は屋敷に残された謎の塔へ接近。やがて姿を消した夏子を追い、生者と死者、不思議な生き物たちが入り乱れる異世界へ足を踏み入れていく。
主な登場人物(キャスト)
牧 眞人(山時聡真):母を火事で失い、父の再婚と引っ越しによって大きく環境を変えることになった少年。新しい生活になじめず孤独を抱える中、謎のアオサギとの遭遇をきっかけに異世界へ入り込んでいく。
青サギ/サギ男(菅田将暉):眞人の前に現れる謎めいたアオサギ。人間の言葉を話し、時には嘘や挑発を交えながら眞人を塔へと誘う。奇妙な関係から始まりながら、冒険を通して眞人と行動をともにする。
キリコ(柴咲コウ):異世界で眞人と出会うたくましい女性。海で魚を捕り、ワラワラたちの生活を支えながら、異世界を進む眞人を助ける。
ヒミ(あいみょん):炎を操る不思議な少女。眞人の冒険を助ける重要な存在で、その正体と眞人との関係は物語の核心につながっていく。
夏子(木村佳乃):眞人の亡き母の妹で、父・勝一の新しい妻。眞人にとっては叔母であると同時に新たな母となる人物。ある日突然姿を消し、眞人が異世界へ向かう大きなきっかけとなる。
勝一(木村拓哉):眞人の父。妻を亡くした後、その妹である夏子と再婚し、眞人とともに地方へ移り住む。航空機関連の工場を経営している。
インコ大王(國村 隼):異世界に暮らすインコたちを率いる王。強大な権力と行動力を持ち、大伯父が維持してきた世界の行方にも大きく関わる。
大伯父(火野正平):塔の世界を維持している謎の老人。崩壊の危機にある世界を未来へ残すため、眞人にある選択を迫る。
作品の魅力解説・レビュー
美しさと不気味さが同居する、濃密な「宮崎駿・ジブリ」の世界
『君たちはどう生きるか』は、ひと目でスタジオジブリ作品と分かる美しい自然や躍動感のあるアニメーションだけでなく、気味の悪い生き物、理解しきれない異世界、不穏な変形や群集表現まで、宮崎駿作品らしい美と醜、不思議さと恐ろしさが一つの映画に詰め込まれている。
久石譲の静かで美しい音楽、豪華な声優陣、戦争や死、生まれること、家族についてのモチーフも含め、宮崎作品で繰り返し描かれてきた要素が濃密に重なっている。一方で、世界の仕組みや出来事の意味がすべて明快に説明されるわけではない。夢のように場面が移り変わる物語は、一度の鑑賞だけでは簡単に整理できない部分も多く、観客自身に意味を考えさせる作品でもある。
過ちを認め、他者に優しくできる眞人の成長
物語の中心にいる眞人は、最初から完全な「正しい少年」として描かれているわけではない。新しい環境に苦しみ、自分自身を傷つけ、その理由について嘘をつく。しかし冒険の中では、自分を襲った老ペリカンの死を弔い、信用できるのかも分からなかったサギ男とも協力し、大切な人を助けるため危険へ飛び込んでいく。
終盤には、自分自身にも悪意があることを認める。ここには、劇中にも登場する吉野源三郎の小説『君たちはどう生きるか』と通じるものも感じられる。小説でも主人公コペル君は自らの過ちと向き合い、そこから何を学び、どう生き直すかを考えていく。
人は過ちを犯さないから善いのではなく、過ちを認め、そこからより良い人間になろうとできる。眞人の旅は、そんな「どう生きるか」という問いへの一つの答えとして見ることができる。
積み木の世界に見る「より良い未来」を作ることの難しさ
大伯父が維持してきた異世界と、それを支える積み木は、本作最大の謎の一つ。ここに単一の答えが示されているわけではないが、壊れやすい世界をどう維持し、次の世代へ渡していくのかという問題を象徴する存在として読むこともできる。
大伯父は眞人に世界の継承を求めるが、その仕組みはインコ大王の介入によって破壊される。善意から始まったとしても、力によって支配しようとしたり、自分には理解できないものを信じず壊したりすれば、残されていた可能性そのものが失われる。
これは現実社会にも重なる。世界を少し良くできるかもしれない考えや行動があったとしても、それを疑い、諦め、あるいは権力によって押し潰せば、その可能性はゼロになってしまう。
ただし、本作はそこで希望まで消してはいない。古い世界は崩壊しても、そこで起きたことを知り、自分の世界へ戻っていく眞人がいる。失敗した過去を知る次の世代こそ、新しい世界を作る可能性なのではないか。そんな希望を残す結末にも見える。
「嘘」と「信じること」が問いかける、他者への向き合い方
本作では「嘘」も重要なモチーフになっている。サギ男は信用できない言動を繰り返しながら、ときには本当のことも話す。眞人も嘘をついた経験を持ちながら、誰かを助けようとする善意や勇気まで失っているわけではない。
一度嘘をついた人間が永遠に「嘘つき」であるわけではない。過ちを犯した人間にも正しさはあり、敵に見える存在にも事情がある。
老ペリカンもその象徴的な存在だ。眞人たちから見れば恐ろしい行動をしていても、彼自身の語りによって、それが置かれた世界で生き延びるための行為だったことが分かる。善悪を単純に二分するのではなく、相手がなぜそうなったのかまで想像することが重要なのだろう。
批判された側がさらに攻撃的になり、その結果また攻撃される。そんな循環は現実の争いにも存在する。誰かに一方的なレッテルを貼り続けるのではなく、人間の中に善意と悪意の両方があることを認めた上で、それでも善意を信じられるか。本作はそんな問いも投げかけているように思う。
戦争と命を描き続けた宮崎駿が、それでも捨てない希望
宮崎駿はこれまでも戦争の愚かさ、自然と人間、命、家族、母性などを繰り返し作品へ刻み込んできた。『君たちはどう生きるか』にも、戦火による母の死から始まる眞人の人生、異世界で繰り返される生と死、そして壊れていく世界が描かれている。
人間の歴史は、正しさと間違い、創造と破壊を繰り返してきた。それでも本作から感じられるのは、人間そのものへの完全な絶望ではない。
米津玄師による主題歌「地球儀」にも、光と影を抱えながら記憶を受け継ぎ、その先へ進んでいくようなイメージが重なる。過去を忘れず、それでも次へ向かうこと。それは、異世界から石を持ち帰って現実世界へ戻った眞人の姿にも通じる。
世界は何度壊れても、過去を知った人間が次の未来を作ることはできるかもしれない。
戦争や人間の愚かさを長年描き続けてきた宮崎駿が、それでも未来への希望そのものまでは諦めていない。『君たちはどう生きるか』は、そのタイトル通り、これから世界を受け継いでいく観客一人ひとりへ「それでは、あなたはどう生きるのか」と問いを手渡す作品なのかもしれない。
ライター/エディター/映画インスタグラマー。2019年に早稲田大学法学部を卒業。東京都職員として国際業務等を経験後、ライター業に転身。各種SNS(Instagram・X)やYouTubeチャンネル「cula 見て聞く映画マガジン(旧:アルテミシネマ)」においても映画や海外ドラマ、音楽といったカルチャーに関する情報レビューを発信している。
