映画『マードレス 闇に潜む声』(2021)を紹介&解説。
映画『マードレス 闇に潜む声』概要
映画『マードレス 闇に潜む声』は、1970年代のカリフォルニアを舞台に、出産を控えたメキシコ系アメリカ人夫婦を襲う怪現象と、地域社会に隠された秘密を描くホラー映画。農場の管理人となった夫とともに田舎町へ移り住んだ妊婦が、言葉の壁による孤立、謎めいた呪い、相次ぐ妊娠トラブルの真相を追っていく。ブラムハウス・テレビジョンとAmazonスタジオによるアンソロジー企画「ウェルカム・トゥ・ザ・ブラムハウス」の一作で、主演はアリアナ・ゲラ、共演にテノッチ・ウエルタ・メヒア、エルピディア・カリーロら。
作品情報
| 日本版タイトル | 『マードレス 闇に潜む声』 |
|---|---|
| 原題 | Madres |
| 製作年 | 2021年 |
| 本国公開日 | 2021年10月8日(Prime Video配信) |
| 日本公開日 | 2021年10月8日(Prime Video配信) |
| ジャンル | ホラー/ミステリー/社会派スリラー |
| 製作国 | アメリカ |
| 原作 | 無(実在した強制不妊手術問題に着想) |
| 上映時間 | 83分 |
| 監督 | ライアン・ザラゴザ |
|---|---|
| 脚本 | マルチェラ・オチョア/マリオ・ミシオーネ |
| 製作 | ジョン・H・ブリスター |
| 製作総指揮 | ジェイソン・ブラム/ジェレミー・ゴールド/マーシー・ワイズマン/リサ・ブルース/サンジャイ・シャルマ/マシュー・マイヤーズ |
| 撮影 | フェリペ・バラ・デ・レイ |
| 編集 | クリスティナ・ハミルトン=グロブラー |
| 作曲 | イザベル・エングマン=ブレドヴィク/ジェラルド・ガルシア・Jr. |
| 出演 | アリアナ・ゲラ/テノッチ・ウエルタ・メヒア/エルピディア・カリーロ/エヴリン・ゴンザレス/ケリー・ケイヒル/ジョセフ・ガルシア/ロバート・ラリヴィエール |
| 製作 | Amazonスタジオ/ブラムハウス・テレビジョン/マージナル・メディアワークス |
| 配給 | Amazonスタジオ(Prime Video) |
あらすじ
1977年、カリフォルニア。第一子の誕生を控えたメキシコ系アメリカ人のダイアナは、農場の管理人に昇進した夫ベトとともに、ロサンゼルスから田舎町ゴールデン・バレーへ移り住む。
しかし、スペイン語を話せないダイアナは、メキシコ出身者の多い地域社会に溶け込めず、次第に孤立していく。さらに、新居では不気味な幻影や悪夢に悩まされ、体にも原因不明の異変が現れ始める。
地元では、妊娠した女性たちを襲う“呪い”が噂されていた。家の前住人が残した荷物や奇妙な護符を発見したダイアナは、相次ぐ妊娠トラブルの原因を探り始める。やがて彼女は、迷信や怪異だけでは説明できない、町と病院に隠された恐ろしい秘密へと近づいていく。
主な登場人物(キャスト)
ダイアナ(アリアナ・ゲラ):第一子の出産を控えたメキシコ系アメリカ人の女性。ロサンゼルスで作家として活動していたが、夫の昇進に伴って田舎町へ移住する。スペイン語を話せないことから地域社会で疎外感を覚える中、怪現象と妊婦たちを襲う異変の真相を追う。
ベト(テノッチ・ウエルタ・メヒア):ダイアナの夫で、メキシコ出身の農場労働者。農場の管理人に昇進したことをきっかけに、妻とともにゴールデン・バレーへ引っ越す。当初はダイアナの疑念を深刻に受け止めないものの、やがて町で起きている異常に気づいていく。
アニタ(エルピディア・カリーロ):農場労働者たちから頼られている、霊的な知識を持つ女性。祈りや護符によってダイアナと胎児を守ろうとする。近代医療から切り離されがちな移民コミュニティにおいて、治療者や相談相手の役割も担っている。
マリソル(エヴリン・ゴンザレス):ダイアナが病院で出会う妊婦。激しい痛みや体調不良に苦しみ、妊娠した女性を襲う“呪い”についてダイアナに語る。その存在が、町で繰り返されてきた異変を調べるきっかけとなる。
看護師キャロル(ケリー・ケイヒル):地元の病院で働く看護師。患者に親切そうな態度を見せる一方、妊婦たちに書類への署名を迫るなど、不審な行動を取る。
トーマス(ジョセフ・ガルシア):ベトを管理人として雇い、夫婦に社宅を提供する農場主。表向きは親切にふるまうが、農場と地域社会を支配する立場にある。
作品の魅力解説
言葉と文化の壁が生み出すフォークホラー的な孤立感
序盤の魅力は、1970年代のカリフォルニア郊外に漂う閉鎖的な空気と、よそ者となった妊婦の孤立を結びつけた点にある。古びた社宅、土の中から発見される不気味な護符、妊婦に迫る“呪い”といった要素は、土地に根づいた迷信を扱うフォークホラーのように機能している。
ダイアナはメキシコ系アメリカ人でありながらスペイン語を話せず、英語の通じにくい農場コミュニティから距離を置かれてしまう。一方、夫のベトはメキシコ出身であり、地域の人々と自然に会話できる。同じルーツを持つ夫婦の間にも文化的な距離があるという設定が、単純な“田舎に来た都会人”以上の疎外感を生み出している。
怪異の背後に隠された現実の恐怖
本作は超自然的な呪いの物語に見せかけながら、物語後半で、メキシコ系女性に対する強制不妊手術という現実の歴史へ接続する。
直接の背景にあるのは、1960年代末から1970年代にかけて、ロサンゼル郡・南カリフォルニア大学医療センターでメキシコ系女性たちが、十分な説明や自由な同意のないまま不妊手術を受けたと訴えた問題である。被害を訴えた女性たちは1975年に訴訟を起こし、後に「マドリガル対クイリガン事件」として知られることになった。
ただし、ダイアナやベト、ゴールデン・バレーで起きる事件は実在の人物や特定事件をそのまま映像化したものではない。実際の強制不妊手術や優生思想の歴史をもとに、怪奇映画として再構成したフィクションである。
社会的題材とB級ホラーの作風が噛み合わない
問題は、強制不妊手術という極めて深刻な題材が、物語の終盤まで意外性を生むための“真相”として伏せられていることだ。それまでの展開は、幻影、怪しい護符、突然鳴る物音、定型的なジャンプスケアを中心とする、比較的ライトなB級ホラーとして進んでいく。
そのため、真相が明かされた瞬間に「この重大な問題を伝えるための映画だったのか」という驚きは生まれるものの、前半の作風との温度差も大きい。現実に行われた人権侵害を告発するのであれば、被害者の恐怖や医療機関による支配を、より暗く重いトーンで掘り下げる必要があったのではないかという疑問が残る。
とりわけ、現実の被害が最後のどんでん返しを成立させる材料のように見えてしまう点は慎重に評価したい。題材そのものは怪談よりはるかに恐ろしいにもかかわらず、映画としてはその恐怖を十分な重さで描き切れていない。
意義は明確だが、映画としては惜しい仕上がり
Rotten Tomatoesでは批評家スコア72%を記録している一方、MetacriticのMetascoreは43にとどまっており、評価は大きく割れている。移民農場労働者やメキシコ系女性の歴史をホラー映画の中心に据えた着眼点は評価できるが、恐怖演出、物語のリズム、社会問題の掘り下げが不十分だという批判も少なくない。
脚本家のマルチェラ・オチョアは、農場労働者だった自身の祖父母らの経験を背景に、映画で見過ごされがちな移民コミュニティを描こうとした。その問題意識は明確であり、本作を通して強制不妊手術の歴史を初めて知る観客もいるだろう。
しかし、社会的意義と作品としての完成度は別に考える必要がある。フォークホラー風の導入と意外な歴史的背景には見るべきものがある一方、その題材にふさわしい暗さと切迫感まで到達できなかった、志の大きさに演出が追いついていない一作である。
ライター/エディター/映画インスタグラマー。2019年に早稲田大学法学部を卒業。東京都職員として国際業務等を経験後、ライター業に転身。各種SNS(Instagram・X)やYouTubeチャンネル「cula 見て聞く映画マガジン(旧:アルテミシネマ)」においても映画や海外ドラマ、音楽といったカルチャーに関する情報レビューを発信している。
