映画『アラビアのロレンス』(1962)を紹介&解説。
映画『アラビアのロレンス』概要
映画『アラビアのロレンス』は、第一次世界大戦下のアラブ反乱に身を投じた実在のイギリス軍人トマス・エドワード・ロレンスの姿を描く歴史大作。デヴィッド・リーン監督(『戦場にかける橋』)が、アラビアの広大な砂漠を舞台に、ひとりの男が英雄として祭り上げられ、やがて自らの内面と政治の現実に翻弄されていく過程を映し出す。主演はピーター・オトゥール。第35回アカデミー賞では作品賞、監督賞、撮影賞、作曲賞など7部門を受賞した。
作品情報
| 日本版タイトル | 『アラビアのロレンス』 |
|---|---|
| 原題 | Lawrence of Arabia |
| 製作年 | 1962年 |
| 本国公開日 | 1962年12月10日 |
| 日本公開日 | 1963年2月14日 |
| ジャンル | 歴史/戦争/伝記/アドベンチャー |
| 製作国 | イギリス/アメリカ |
| 原作 | トマス・エドワード・ロレンス『知恵の七柱』 |
| 上映時間 | 約227分(完全版) |
| 監督 | デヴィッド・リーン |
|---|---|
| 脚本 | ロバート・ボルト/マイケル・ウィルソン |
| 製作 | サム・スピーゲル |
| 撮影 | フレディ・ヤング |
| 編集 | アン・V・コーツ |
| 作曲 | モーリス・ジャール |
| 出演 | ピーター・オトゥール/オマー・シャリフ/アレック・ギネス/アンソニー・クイン/ジャック・ホーキンス/クロード・レインズ/アーサー・ケネディ |
| 製作 | ホライゾン・ピクチャーズ |
| 配給 | コロンビア・ピクチャーズ |
あらすじ
第一次世界大戦下の1916年。イギリス陸軍カイロ司令部に勤務するロレンス少尉は、オスマン帝国に対するアラブ反乱の実情を調査し、反乱軍を率いるファイサル王子と接触する任務を与えられる。
アラブの独立に強い共感を抱いたロレンスは、上官の意向を超えて大胆な作戦を立案。シャリーフ・アリたちと過酷な砂漠を横断し、背後から港湾都市アカバを攻撃しようとする。困難を乗り越えて勝利を重ねたロレンスは、やがてアラブ人たちから英雄として崇拝されるようになる。
しかし、名声が膨らむほど、ロレンスはイギリスの政治的思惑、アラブ部族間の対立、自身の内側に潜む暴力性の間で引き裂かれていく。英雄として作り上げられたイメージは、次第にひとりの人間としての彼を飲み込み始める。
主な登場人物(キャスト)
トマス・エドワード・ロレンス(ピーター・オトゥール):アラブ文化と地理に精通するイギリス陸軍少尉。常識にとらわれない発想と行動力によって反乱軍を勝利へ導き、英雄として祭り上げられていく。一方で、自らの特別性に対する陶酔、暴力への恐怖と高揚、イギリス人とアラブ人の間で揺れる帰属意識を抱えている。
シャリーフ・アリ(オマー・シャリフ):アラブ反乱軍を率いる人物のひとり。当初はロレンスを警戒していたが、その覚悟と行動力を認め、最も重要な同志となっていく。英雄化によって変貌するロレンスを間近で見つめ続ける存在でもある。
ファイサル王子(アレック・ギネス):オスマン帝国からの独立を目指してアラブ反乱を指揮する王子。ロレンスの才能を評価する一方、イギリスとの協力関係や戦後を見据え、冷静な政治判断を下していく。
アウダ・アブ・タイ(アンソニー・クイン):強大な部族を率いる豪放な族長。誇り高い戦士である一方、利益にも敏感な現実主義者。ロレンスの説得を受け、アカバ攻略に加わる。
アレンビー将軍(ジャック・ホーキンス):中東戦線を指揮するイギリス軍の将軍。ロレンスの軍事的才能を高く評価し、アラブ反乱を利用してオスマン帝国を追い詰めようとする。温厚に見える態度の裏で、イギリスの国益を優先している。
ジャクソン・ベントリー(アーサー・ケネディ):アラブ反乱を取材するアメリカ人記者。ロレンスの戦いをセンセーショナルに報道し、彼を世界的な英雄へと押し上げていく。
作品の魅力解説
70ミリフィルムが捉えた圧倒的な砂漠
本作を象徴する最大の魅力は、どこまでも広がる砂漠を捉えた映像にある。フレディ・ヤングによる70ミリ撮影は、地平線の彼方まで続く空間の奥行きと、そこに置かれた人間の小ささを同時に映し出す。
マッチの火から朝日に切り替わる場面や、蜃気楼の向こうから人物が少しずつ姿を現す場面など、一つひとつのショットが独立した絵画のような完成度を備えている。4Kデジタル修復によって砂丘の陰影や空の色彩、衣装の質感まで鮮明になり、個々の場面をいつまでも眺めていたくなるほどの壮観がよみがえった。
映画が生み出す巨大な風景は、単なる美しさのためだけに存在するものではない。砂漠はロレンスを解放し、英雄へと変える場所であると同時に、その自我と人間性を容赦なく試す空間としても機能している。
人馬とラクダが画面を埋め尽くす物理的スケール
ラクダや馬に乗った戦士たちが大地を疾走し、都市や列車へ攻撃を仕掛ける場面には、現代のデジタル映像とは異なる物理的な迫力がある。無数の人間と動物が実際の風景の中を進むことで、画面全体に重量と熱気が生まれている。
特にアカバ攻略をはじめとする突撃場面では、砂煙、騎馬の速度、戦士たちの雄叫びが一体となり、観客まで隊列の中へ巻き込まれる。思わず彼らとともに声を上げたくなるような高揚感は、大画面でこそ真価を発揮するだろう。
壮大さと孤独を伝えるモーリス・ジャールの音楽
アカデミー作曲賞を受賞したモーリス・ジャールの音楽も、本作のスケールを決定づけた重要な要素である。雄大な主題曲は砂漠の広がりと冒険の高揚を印象づける一方、その旋律にはロレンスの孤独や、避けられない悲劇を予感させる響きも含まれている。
主題曲は映画音楽史を代表する楽曲として広く知られており、本作を観たことがなくても、別の機会に耳にしたことがある人は少なくないだろう。壮大な映像と音楽が結びつくことで、砂漠そのものが神話的な場所として立ち上がってくる。
英雄視され、同時に軽蔑されるロレンス
本作は華々しい英雄譚であると同時に、英雄という存在が作られ、消費され、やがて崩壊していく過程を描いた映画でもある。
冒頭の葬儀では、ロレンスについて尋ねられた人々が、偉大な英雄だったと称賛する一方、自己顕示欲の強い人物だったとも語る。相反する評価を最初に提示してから過去へ戻る構成によって、観客は彼が何を成し遂げたのかだけでなく、なぜ同じ人物が尊敬と軽蔑の双方を集めたのかを見届けることになる。
ロレンスは勝利を重ねるほど、自らが特別な存在であるという感覚に魅了されていく。しかし、その理想はイギリスの政治的思惑や部族間の対立によって裏切られ、自身の暴力性も露わになっていく。ある決定的な経験を境に、それまで徐々に示されていた別の顔が前面へ現れ、彼を見る周囲の視線も変化する。その変貌を演じるピーター・オトゥールの危うい表情には、戦争によって人間の人格が侵食されていく恐ろしさが刻まれている。
4時間弱を支える周到な構成
完全版の上映時間は約227分に及ぶが、物語は終盤だけに大きな変化を集中させてはいない。ロレンスの自己陶酔、暴力への複雑な感情、アラブ部族間の亀裂、イギリスの政治的な計算といった要素は、序盤から繰り返し示されている。
終盤では、それまで水面下に置かれていた要素が一気に強まり、冒険映画のようだった物語が、英雄の精神的崩壊と政治的挫折を描く悲劇へと姿を変える。大規模な戦闘、砂漠でのサバイバル、人物の内面劇、国家間の駆け引きが絶えず入れ替わるため、長大な上映時間にもかかわらず停滞を感じさせにくい。
英雄神話を称賛しながら疑う歴史大作
本作は実在したロレンスと、その著書『知恵の七柱』を基礎としているが、史実を忠実に再現したドキュメンタリーではない。シャリーフ・アリのように複数の人物を統合して作られたキャラクターも存在し、出来事の順序や人物像にも映画的な脚色が加えられている。
また、現在の視点からは、アラブ社会をイギリス人主人公の物語を通して描く植民地主義的な構図や、アラブ人役に欧米の俳優を起用した点など、慎重に捉えるべき部分もある。
それでも本作が単純な「白人の英雄が人々を救う物語」に終わらないのは、ロレンスの功績を壮大に描きながら、その英雄像を作り上げた軍、政治、報道、そして本人の欲望まで批判的に見つめているためだろう。英雄を誕生させる高揚と、その神話が崩れていく不穏さを同じ画面の中に共存させた点に、本作の enduring な価値がある。
記事作成時点で、Rotten Tomatoesの批評家スコアは93%、MetacriticのMetascoreは100点(再公開版)。第35回アカデミー賞でも10部門にノミネートされ、作品賞、監督賞、撮影賞、編集賞、作曲賞、美術賞、録音賞の7部門を受賞している。映像、音楽、演技、脚本のすべてを巨大なスケールで融合させながら、ひとりの英雄が抱えた矛盾まで掘り下げた、映画史を代表する歴史大作である。
ライター/エディター/映画インスタグラマー。2019年に早稲田大学法学部を卒業。東京都職員として国際業務等を経験後、ライター業に転身。各種SNS(Instagram・X)やYouTubeチャンネル「cula 見て聞く映画マガジン(旧:アルテミシネマ)」においても映画や海外ドラマ、音楽といったカルチャーに関する情報レビューを発信している。
