映画『インデペンデンス・デイ』(1996)を紹介&解説。
映画『インデペンデンス・デイ』概要
映画『インデペンデンス・デイ』は、『スターゲイト』のローランド・エメリッヒ監督とディーン・デヴリンが手がけたSFパニック大作。7月4日の米独立記念日を目前に巨大宇宙船が地球へ飛来し、世界各地で大規模攻撃が始まるなか、戦闘機パイロット、大統領、科学者、元軍人らが人類存亡をかけた反撃に挑む。主演はウィル・スミス、共演にビル・プルマン、ジェフ・ゴールドブラム、メアリー・マクドネル、ジャド・ハーシュ、ランディ・クエイドら。第69回アカデミー賞では視覚効果賞を受賞した。
作品情報
日本版タイトル:『インデペンデンス・デイ』
原題:Independence Day
製作年:1996年
本国公開日:1996年7月3日
日本公開日:1996年12月7日
ジャンル:SF/アクション/アドベンチャー/パニック
製作国:アメリカ
原作:無
上映時間:145分
監督:ローランド・エメリッヒ
脚本:ディーン・デヴリン/ローランド・エメリッヒ
製作:ディーン・デヴリン
製作総指揮:ローランド・エメリッヒ/ウテ・エメリッヒ/ウィリアム・フェイ
撮影:カール・ウォルター・リンデンローブ
編集:デヴィッド・ブレナー
作曲:デヴィッド・アーノルド
出演:ウィル・スミス/ビル・プルマン/ジェフ・ゴールドブラム/メアリー・マクドネル/ジャド・ハーシュ/ランディ・クエイド/ロバート・ロジア/マーガレット・コリン/ジェームズ・レブホーン/ハーヴェイ・ファイアスタイン/ヴィヴィカ・A・フォックス/ブレント・スパイナー
製作:20世紀フォックス/セントロポリス・エンターテインメント
配給:20世紀フォックス
あらすじ
1996年7月2日、世界各地の通信システムに原因不明の異常が発生する。やがて、月の4分の1ほどもある巨大な物体が地球に接近していることが判明し、その正体が異星人の宇宙空母であることが明らかになる。ニューヨーク、ロサンゼルス、ワシントンD.C.などの主要都市上空には巨大円盤が出現し、一斉攻撃によって人類は壊滅的な被害を受ける。
生き残った戦闘機パイロットのスティーブン・ヒラー、大統領トーマス・J・ホイットモア、科学者デイヴィッド・レヴィンソンらは、それぞれの立場から異星人に対抗する方法を探っていく。人類に残された時間が少なくなるなか、彼らは7月4日の独立記念日に、地球の未来をかけた反撃作戦へと臨む。
主な登場人物(キャスト)
スティーブン・ヒラー大尉(ウィル・スミス):アメリカ海兵隊の戦闘機パイロット。恋人ジャスミンとの未来を考えながら、異星人の攻撃を受けて人類側の反撃に加わる。
トーマス・J・ホイットモア大統領(ビル・プルマン):アメリカ合衆国大統領。未曽有の危機に直面し、国家の指導者としての責任と家族への思いの間で葛藤する。
デイヴィッド・レヴィンソン(ジェフ・ゴールドブラム):衛星技術に詳しい科学者。通信異常に隠されたカウントダウンを読み解き、異星人の攻撃計画を察知する。
ジュリアス・レヴィンソン(ジャド・ハーシュ):デイヴィッドの父。皮肉屋で世話焼きな性格ながら、息子を支え続ける人物。
ラッセル・ケース(ランディ・クエイド):かつて異星人に誘拐されたと主張する元軍人の農薬散布機パイロット。周囲から変わり者と見られているが、家族への愛情と過去への執念を胸に、最後の戦いへ向かう。
コンスタンス・スパーノ(マーガレット・コリン):ホワイトハウスで働く大統領補佐官で、デイヴィッドの元妻。
ジャスミン・ダブロウ(ヴィヴィカ・A・フォックス):スティーブンの恋人で、息子ディランを育てる母。
ブラキッシュ・オークン博士(ブレント・スパイナー):エリア51で異星人研究に携わってきた科学者。長年秘匿されてきた情報を知る人物として、物語のSF要素を大きく広げる。
作品の魅力解説
本作の魅力は、異星人襲来というシンプルな題材を、圧倒的なスケールの映像と群像劇で押し切る“イベント映画”としての完成度にある。巨大円盤が都市上空を覆い、ホワイトハウスや高層ビルが破壊される場面は、1990年代ハリウッド大作を象徴するスペクタクルとして強いインパクトを残した。
一方で、物語は単なる破壊描写だけに寄っていない。戦闘機パイロット、若き大統領、科学者、家族を守ろうとする母親、過去を抱えた元軍人など、立場の異なる人々を並行して描くことで、世界規模の危機を“個人の物語”としても見せている。とくにウィル・スミスの軽妙な存在感、ビル・プルマンの演説、ジェフ・ゴールドブラムの知的でクセのある演技は、本作を語るうえで欠かせない要素である。
また、ミニチュアや実写合成を活用した視覚効果、デヴィッド・アーノルドによる高揚感のある音楽、7月4日の独立記念日と人類の反撃を重ねる明快な構成も、娯楽映画としての力強さを支えている。細部のリアリティよりも、観客を大きな興奮へ導くことを優先した作品であり、1990年代のSFパニック大作を代表する一本といえる。
