『アイリーンはもういない』とはどんな映画?あらすじ・キャスト・魅力・ネタバレ解説まとめ

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映画『アイリーンはもういない』(2023)を紹介&解説。


映画『アイリーンはもういない』概要

映画『アイリーンはもういない』は、ウィリアム・オルドロイド監督(『レディ・マクベス 17歳の欲望』)が、オテッサ・モシュフェグの同名小説を映画化した心理サスペンス。1964年のマサチューセッツを舞台に、少年矯正施設で働く孤独な女性が、華やかな新任カウンセラーとの出会いをきっかけに、危険な事件へ引き込まれていく。主演はトーマシン・マッケンジーアン・ハサウェイ。共演にシェー・ウィガムマリン・アイルランドオーウェン・ティーグら。

作品情報

日本版タイトル 『アイリーンはもういない』
原題 Eileen
製作年 2023年
本国公開日 2023年12月1日
日本公開日 劇場未公開/Netflixで配信
ジャンル サスペンススリラードラマ
製作国 アメリカ/イギリス
原作 オテッサ・モシュフェグ『アイリーンはもういない』(小説)
上映時間 98分
監督 ウィリアム・オルドロイド
脚本 ルーク・ゴーベル/オテッサ・モシュフェグ
製作 アンソニー・ブレグマン/ステファニー・アスピアズ/ピーター・クロン/ルーク・ゴーベル/オテッサ・モシュフェグ/ウィリアム・オルドロイド/バヴァンド・カリム
製作総指揮 ファルハナ・ブーラ/オリー・マッデン/ジャミン・オブライエン/ジュリア・オー/グレゴリー・ズーク
撮影 アリ・ウェグナー
編集 ニック・エマーソン
作曲 リチャード・リード・パリー
出演 トーマシン・マッケンジーアン・ハサウェイ/シェー・ウィガム/マリン・アイルランド/オーウェン・ティーグ/サム・ニヴォラ/シオバン・ファロン・ホーガン
製作 フィフス・シーズン/フィルム4/ライクリー・ストーリー/オムニシエント・フィルムズ
配給 NEON(北米)/フォーカス・フィーチャーズ(海外)/Netflix(日本配信)

あらすじ

1964年、冬のマサチューセッツ。24歳のアイリーン・ダンロップは、少年矯正施設で事務員として働きながら、酒に溺れる父親ジムと暮らしていた。職場にも家庭にも居場所を見いだせず、鬱屈した日々から逃げ出すことを夢見ている。

そんなある日、施設に美しく知的なカウンセラー、レベッカ・セント・ジョンが着任する。自信に満ち、周囲の男性にも臆することのないレベッカに、アイリーンはたちまち魅了されていく。ふたりの距離が縮まるにつれ、アイリーンの内側に抑え込まれていた欲望と衝動も目覚め始めるが、レベッカが打ち明けた秘密によって、その関係は予想もしなかった危険な方向へ進んでいく。

主な登場人物(キャスト)

アイリーン・ダンロップ(トーマシン・マッケンジー):少年矯正施設で事務員として働く24歳の女性。アルコール依存症の父親と暮らし、閉塞した環境から逃げ出したいという思いを抱えている。華やかなレベッカとの出会いをきっかけに、自分の内側に眠っていた欲望と大胆さを解放していく。

レベッカ・セント・ジョン(アン・ハサウェイ):少年矯正施設に新たに着任したカウンセラー。知的で洗練され、自信に満ちた振る舞いによってアイリーンを魅了する。ある収容者の事件を調査する中で、アイリーンを予想外の状況へ巻き込んでいく。

ジム・ダンロップ(シェー・ウィガム):アイリーンの父親で、元警察署長。妻を亡くした後は酒に溺れ、偏執的で攻撃的な言動を繰り返している。娘のアイリーンに精神的な負担を与えながら、彼女を閉塞した生活へ縛りつけている。

アン・ポルク(マリン・アイルランド):少年矯正施設に収容されているリー・ポルクの母親。息子が起こした事件をめぐってレベッカから話を聞かれる。

リー・ポルク(サム・ニヴォラ):父親を刺殺した罪で少年矯正施設に収容されている少年。事件の動機を語ろうとせず、レベッカは彼が沈黙する理由と家庭内で起きていた出来事を探り始める。

作品の魅力解説

本作の大きな魅力は、孤独な女性の変化を描く人間ドラマから、犯罪をめぐる心理スリラーへと大胆に姿を変えていく構成にある。物語の前半では、アイリーンの抑圧された生活やレベッカへの憧れが静かに積み重ねられ、やがて日常の空気そのものが不穏な緊張へと変わっていく。

トーマシン・マッケンジーは、他人の視線を避けるように生きてきたアイリーンの弱さと、その内側に潜む危うい衝動を繊細に表現。アン・ハサウェイは、古典的なフィルムノワールのファム・ファタールを思わせる華やかさと、自分の目的のために他人を動かす危険性を併せ持つレベッカを演じている。対照的なふたりの演技が、憧れ、友情、欲望、支配の境界を曖昧にしていく。

アリ・ウェグナーによる撮影も見どころ。雪に閉ざされたマサチューセッツの町を、くすんだ色調とクラシカルな画面設計で切り取り、1960年代の社会に漂う閉塞感を映像化している。リチャード・リード・パリーによるジャズを基調とした音楽も、ロマンスのような高揚と犯罪映画の不安を行き来し、物語の予測不能な変化を際立たせる。

同時に本作は、自分らしい人生を選ぶことを許されなかった女性が、危険な形で過去の自分を捨て去ろうとする物語でもある。原作と邦題の『アイリーンはもういない』という言葉が示すように、ひとりの女性が別人へ変貌していく瞬間を、ブラックユーモアと不穏な余韻を交えながら描いた異色作となっている。

ストーリー解説(ネタバレ)

雪の駐車場で他人の情事をのぞくアイリーン

1964年、冬のマサチューセッツ。24歳のアイリーン・ダンロップは、雪に覆われた人気のない場所に車を停め、近くの車内で身体を重ねる男女をじっと観察していた。自分にはない親密さを盗み見るうちに興奮したアイリーンは、車外の雪を手に取り、スカートの中へ押し込む。冒頭から映し出されるのは、欲望を健全な形で表現する術を持たず、ひとりきりの空想によって衝動を処理している彼女の姿だ。

アイリーンの車は古く、排気ガスが車内へ入り込む危険な状態にある。窓を閉めたままエンジンをかけていれば死に至る可能性もあるが、彼女はその危険をどこか無頓着に受け入れている。映画は、アイリーンが日常的に死や暴力を想像していることを示しながら、それが本気の計画なのか、鬱屈した生活から逃れるための空想なのかを曖昧に描いていく。

少年矯正施設で送る孤立した日々

アイリーンは、非行や犯罪によって収容された少年たちが暮らす矯正施設で事務員として働いている。職場では書類整理や面会の管理などを担当しているが、同僚たちとの関係は希薄で、親しい友人もいない。周囲から積極的に仲間外れにされるというより、存在を意識されていないかのように扱われている。

そんなアイリーンが密かに目を向けているのが、施設の若い看守ランディだ。彼女はランディと親密になる光景を繰り返し空想するものの、現実にはまともに会話を交わすことさえできない。空想の中のアイリーンは大胆で、相手から欲望を向けられる存在だが、現実の彼女は人目を避け、何事も起こらない毎日をやり過ごしている。

施設ではクリスマスを前に、収容中の少年たちによる催しが行われる。しかし、表面的な祝祭の雰囲気とは裏腹に、会場では少年同士の争いが発生する。職員たちは力ずくで騒ぎを抑え込み、少年たちは再び管理の対象として連れ去られていく。こうした荒々しい環境にも、アイリーンは驚く様子を見せない。彼女にとって施設の暴力も、家庭の荒廃と同じく、日常の一部になっていた。

アルコールに溺れる父ジムとの生活

仕事を終えたアイリーンが帰るのは、元警察署長の父ジムと暮らす荒れた家だ。妻を亡くしたジムは酒に溺れ、ほとんど一日中酔った状態で過ごしている。かつて地域の権力者だったという自尊心だけは失っておらず、他人を疑い、近隣住民への敵意を募らせていた。

アイリーンは父親の食事や酒の世話をしながら暮らしているが、ジムから感謝されることはない。ジムは娘の容姿や性格を侮辱し、自信を奪うような言葉を浴びせる。アイリーンが反論せずにいると、彼はさらに一方的な説教を続ける。家は彼女にとって休息の場所ではなく、職場以上に息苦しい空間だった。

アイリーンの脳裏には、父親を殺害する光景や、自分が命を絶つ場面が突発的に浮かぶ。もっとも、そうした映像の多くは彼女の想像であり、現実には何も起こらない。怒りを行動へ移せない彼女は、頭の中でだけ父親を排除し、その直後には再び酒を用意してやる。暴力的な空想と従順な現実との落差が、彼女の抑圧の深さを示している。

華やかな心理カウンセラー、レベッカの着任

アイリーンの停滞した生活に変化をもたらすのが、矯正施設へ新たに着任した心理カウンセラー、レベッカ・セント・ジョンだ。洗練された服装に身を包み、自信に満ちた態度で歩くレベッカは、閉鎖的な施設の中で明らかに異質な存在だった。周囲の男性職員の視線にもひるまず、知性と魅力を意識的に使いこなしているように見える。

アイリーンは、車から降りて施設へ入ってくるレベッカの姿を目にした瞬間から強く引きつけられる。レベッカはアイリーンを透明人間のように扱う同僚たちとは違い、目を見て話し、ひとりの人間として関心を向ける。アイリーンにとって、それだけでも特別な出来事だった。

レベッカが施設内の案内を求めると、アイリーンは緊張しながら応じる。都会的で堂々としたレベッカを前にすると、自分の服装や話し方、姿勢のすべてがみすぼらしく感じられる。それでもレベッカは彼女を拒まず、軽やかに会話を交わす。その交流をきっかけに、アイリーンはレベッカの言動を観察し、服装や化粧、たばこの吸い方まで意識し始める。

父親を刺殺した少年リー・ポルク

レベッカがとりわけ強い関心を示すのが、父親を刺し殺した罪で収容されている少年リー・ポルクだった。リーは施設内でもほとんど言葉を発さず、他人との接触を拒絶している。事件の重大さに比べて、彼の態度からは単純な凶暴性が感じられず、レベッカは殺人に至った背景に何かが隠されていると考える。

リーの母親アン・ポルクが面会に訪れると、アイリーンはその手続きを担当する。アンは息子に話しかけようとするが、リーは母親を見ようともせず、沈黙を貫く。アンは自分にも責任があるという趣旨の言葉を残し、動揺した様子で面会室を去っていく。

その様子を観察していたレベッカは、リーに静かに語りかける。アイリーンには内容が聞こえないほど小さな声だったが、リーはレベッカを完全には拒絶していないように見える。レベッカはリーを自分の部屋へ連れていき、ふたりだけで面談を続ける。

アイリーンは、レベッカが置き忘れた物を届けるという口実で部屋へ向かい、面談の様子をうかがう。リーの事件に興味を抱く一方で、彼に深く接近するレベッカに対し、嫉妬にも似た感情が芽生えていた。アイリーンにとって重要なのは事件の真相だけではなく、レベッカの注意が誰に向けられているかだった。

レベッカから届いた思いがけない誘い

面談を終えたレベッカは、アイリーンに一緒に酒を飲まないかと声をかける。自分が個人的に誘われるとは思っていなかったアイリーンは驚きながらも、その申し出を受け入れる。彼女にとっては、同僚と仕事帰りに出かけるというだけでも、これまでの生活にはなかった特別な出来事だった。

約束の夜、アイリーンは普段の地味な服ではなく、亡き母が残した上品な服やコートを身につける。化粧を施し、鏡の中の自分を何度も確かめながら、レベッカにふさわしい人物に見えるよう努める。そこには単なる憧れだけでなく、レベッカのような女性になりたいという願望も表れていた。

一方、ジムは着飾った娘を素直に送り出そうとはしない。アイリーンの外見をからかい、自分が傷つかないうちに諦めろとでも言うような態度を取る。それでもアイリーンは、この夜ばかりは父親の言葉に従わず、家を出てレベッカの待つ酒場へ向かう。

酒場で縮まっていくふたりの距離

地元の酒場で待っていたレベッカは、普段とは違うアイリーンの装いを受け入れ、彼女を対等な相手として扱う。ふたりは酒を飲みながら、自分たちの生活や町について話す。レベッカはアイリーンの故郷を退屈な田舎として切り捨てるのではなく、人間の感情がむき出しになった興味深い場所として語る。自分が恥じてきた環境を肯定的に見られたアイリーンは、ますますレベッカへ心を許していく。

やがてレベッカはアイリーンをダンスへ誘う。人前で自由に身体を動かすことに慣れていないアイリーンも、レベッカに導かれるうちに緊張を解いていく。周囲の男性客がふたりの間へ入り込もうとするが、レベッカは相手の顔を殴り、アイリーンを抱き寄せる。男性の機嫌を損ねないよう生きてきたアイリーンにとって、その振る舞いは衝撃的だった。

店を出たレベッカは、雪の中でアイリーンに短いキスをする。その意味を説明することも、今後の約束を交わすこともなく、彼女はその場を去っていく。残されたアイリーンは、自分たちの間に恋愛的な関係が始まったのだと期待する。閉じ込められていた欲望と希望が、一夜のうちに一気に解放された瞬間だった。

一夜の高揚から父親の現実へ

レベッカと別れた後も酒場に残ったアイリーンは、翌朝、自宅近くに停めた車の中で目を覚ます。車は雪にはまり、そばには嘔吐した跡が残っていた。家へ入ろうとしても、ジムによって締め出されており、アイリーンは窓から中へ入らなければならない。

前夜の幸福感に浸る間もなく、父親はいつものように彼女を侮辱し、酒を買ってくるよう要求する。アイリーンが外へ出ると、地元の警察官からジムの行動について話を聞かされる。ジムは近所の子どもたちに向けて拳銃を振り回し、住民から苦情を受けていた。

元警察署長であるジムに対し、警察は強硬な処分を取ろうとはしない。その代わり、拳銃をアイリーンが預かって管理することで事態を収めようとする。ジムは不満をあらわにするが、最終的には銃を娘へ渡す。こうしてアイリーンは、これまで空想の中にしか存在しなかった暴力を現実に実行できる道具を手にすることになる。

姿を消したレベッカとクリスマス・イブの電話

拳銃を持って出勤したアイリーンは、前夜のキスを思い返しながらレベッカとの再会を待つ。しかし施設へ着くと、レベッカはすでにクリスマス休暇に入っており、当分出勤しないと知らされる。昨夜の出来事を特別な関係の始まりだと受け取っていたアイリーンは、連絡もなく姿を消したレベッカに落胆する。

仕事に集中できないアイリーンは、誰もいないレベッカの部屋へ入り、彼女の椅子や机に触れながら時間を過ごす。レベッカの空間に身を置くことで、わずかに残されたつながりを確かめようとしているかのようだった。やがて彼女は、その部屋で眠り込んでしまう。

クリスマス・イブを迎えても、アイリーンの日常は変わらない。父親の酒を用意し、陰気な家で時間をやり過ごしていると、突然レベッカから電話がかかってくる。レベッカは何事もなかったようにアイリーンへ語りかけ、今夜、自宅へ酒を飲みに来ないかと誘う。

落胆していたアイリーンの表情はたちまち明るくなる。レベッカが自分を必要としていると感じた彼女は、誘いの裏にある事情を疑うことなく、指定された住所へ向かう決意をする。しかしこの招待こそが、ふたりの関係を憧れや恋愛の領域から、後戻りのできない犯罪へと変える入口となる。

レベッカの“自宅”を訪れるアイリーン

クリスマス・イブの夜、アイリーンはレベッカから教えられた住所を訪ねる。前夜のキスを特別な関係の始まりと受け取っていたアイリーンは、レベッカとふたりきりで過ごせることに期待を膨らませていた。

ところが、たどり着いた家は、洗練されたレベッカの雰囲気から想像していた住まいとは大きく異なっている。室内には生活感があるものの、レベッカ自身は台所の勝手さえ把握していないように見える。レベッカはシャンパンを開け、何事もないかのようにアイリーンを迎えるが、その振る舞いには落ち着きがなく、どこか異様な緊張が漂っていた。

しばらくするとレベッカは、ここが自分の家ではないことを告白する。ふたりがいるのは、父親を刺殺したリー・ポルクの実家だった。そしてリーの母親であるポルク夫人が、家の地下室に拘束されていると明かす。

リーが父親を殺した本当の理由

レベッカは、矯正施設でリーと話すうちに、彼が長年にわたって父親から性的虐待を受けていたことを突き止めていた。リーが父親を刺したのは、衝動的な凶行ではなく、虐待から自分を守るためだったのだ。

さらにレベッカは、母親であるポルク夫人が事情を知っていた可能性を疑っていた。面会時にポルク夫人が漏らした、自分を責めるような言葉も、その疑念を強める材料になっていた。

そこでレベッカはポルク家を訪れ、リーから聞いた事実を母親へ突きつけた。しかしポルク夫人は認めようとせず、話し合いは激しい口論へ発展。争ううちにふたりは地下室へ転落し、レベッカはポルク夫人を押さえつけて拘束したという。

すでにレベッカの行為は、不法侵入や監禁に当たる危険なものになっていた。それでも彼女は、ポルク夫人に虐待への関与を認めさせ、それを警察へ提出できる証言にしようとしていた。

共犯者として呼び出されていたアイリーン

レベッカがアイリーンを招いたのは、親密なクリスマスを過ごすためではなかった。ポルク夫人の告白を聞く証人として、そして自分を手伝う協力者として利用するためだった。

期待を裏切られたアイリーンは動揺する。レベッカに愛され、必要とされていると信じていたが、実際には犯罪に近い行動へ巻き込むために呼び出されていたのである。

レベッカも、自分ひとりでは事態を収拾できないところまで追い詰められていた。ポルク夫人を解放すれば、自分が監禁したことを警察へ通報される。一方、このまま拘束を続けることもできない。彼女はポルク夫人から正式な告白を引き出し、自分の行為を正当化する材料にしようとしていた。

レベッカは、ふたりの証言があればポルク夫人を告発できるとアイリーンを説得する。アイリーンは困惑しながらも、その場から立ち去らない。レベッカに認められたいという思いと、危険な出来事へ加わる高揚感が、警戒心を上回っていく。

父ジムの拳銃を手に地下室へ

ポルク夫人を脅して真実を話させるため、アイリーンは車に置いていた父ジムの拳銃を取りに戻る。近隣住民へ銃を向けたジムから警察が取り上げ、アイリーンに預けていたものだった。

これまでのアイリーンは、父親や自分を殺す光景を頭の中で想像するだけだった。しかし今、彼女は実弾の入った拳銃を持ち、自分の意思で他人を脅せる立場に立っている。

アイリーンは顔を隠すようにスカーフを巻き、拳銃を手にレベッカと地下室へ下りていく。そこには、椅子に縛りつけられたポルク夫人がいた。

ポルク夫人は解放するよう要求し、レベッカの行為を激しく非難する。レベッカはリーへの虐待について認めるよう迫るが、ポルク夫人は簡単には口を割らない。そこでアイリーンが銃口を向け、告白しなければ撃つと威圧する。

ポルク夫人が明かす虐待への加担

拳銃を突きつけられたポルク夫人は、やがて夫がリーへ行っていた虐待について語り始める。

当初、彼女は家庭内で何が起きているのかを知らなかったという。しかしある夜、夫がリーの部屋で息子を虐待しているところを目撃し、真実を知った。それでも夫を止めることも、警察や周囲の人間へ助けを求めることもなかった。

ポルク夫人の夫は、それ以前には妻への関心を失い、夫婦関係も冷え切っていた。ところが、リーを虐待した後には妻の寝室へ戻り、再び彼女へ親密な態度を示すようになった。夫から愛情を向けられることを望んでいたポルク夫人は、その変化を失いたくないと考えた。

その結果、彼女は虐待を黙認するだけでなく、夫がリーを虐待しやすいよう、息子の身体を洗ったり、浣腸を施したりするようになった。自分のしていることが間違っていると理解しながらも、夫へ逆らうことも家庭を壊すこともできないという理由で、虐待への加担を続けていたのである。

リーは、虐待を続ける父親だけでなく、それを知りながら守ってくれなかった母親にも裏切られていた。彼が父親を刺殺した背景には、長期間にわたる虐待と、逃げ道を完全に奪われた絶望があった。

アイリーンがポルク夫人を撃つ

ポルク夫人の告白を聞いたアイリーンは、強い衝撃を受ける。彼女の家庭でも父ジムによる暴言や支配が続いており、姉ジョーニーが家を離れた事情にも、父親との間で起きた何らかの深刻な問題が示唆されていた。

ポルク夫人が、息子の苦しみを知りながら夫との関係を優先したと語ったことで、アイリーンの中に蓄積していた怒りが刺激される。彼女は拳銃の引き金を引き、ポルク夫人の肩付近を撃つ。

銃撃は事故ではない。突然の発砲にレベッカもポルク夫人も悲鳴を上げるが、撃ったアイリーン自身は、ふたりほど取り乱さない。レベッカが理由を尋ねると、アイリーンは自分が動揺した、あるいは腹を立てたという程度の言葉で答える。

しかし、その短い返答の背後には、父親への憎悪、自分や姉が救われなかったことへの怒り、そして子どもを見捨てた母親への嫌悪が重なっている。空想の中でしか暴力を実行できなかったアイリーンは、この瞬間、初めて現実に人を撃った。

大量の薬を飲ませて口封じを図る

撃たれたポルク夫人は激痛に苦しみ、大声で助けを求める。このままでは近隣に気づかれ、警察を呼ばれる可能性がある。

パニックに陥ったレベッカは、ポルク夫人を静かにさせるため、手元にある薬を無理やり飲ませる。アイリーンも手を貸し、ふたりは大量の錠剤をポルク夫人の口へ押し込む。やがてポルク夫人は意識を失い、抵抗しなくなる。

ポルク夫人が銃創と薬によってすでに死亡したのか、それとも昏睡状態にあるだけなのかは、その場では明確に確認されない。いずれにしても、レベッカが当初考えていた「告白を引き出して警察へ渡す」という計画は、完全に崩壊していた。

レベッカは、自分たちが取り返しのつかない犯罪を犯したことにおびえる。一方のアイリーンは、意外なほど冷静に次の計画を考え始める。

父親へ罪を着せてニューヨークへ逃げる計画

アイリーンは、意識を失ったポルク夫人を自宅へ運び、父ジムに殺人の罪を着せることを提案する。

使用した拳銃はもともとジムの所有物であり、彼は酒に溺れ、近隣住民へ銃を向けるほど危険な状態にある。ポルク夫人をダンロップ家へ連れていき、必要ならもう一度撃ち、酔っていたジムが犯行に及んだように見せかければ、警察も疑うだろうとアイリーンは考える。

この計画によって、ポルク夫人を処分できるだけでなく、アイリーン自身も父親の支配から解放される。彼女はレベッカと一緒に町を離れ、ニューヨークで新しい生活を始めようと誘う。

アイリーンはレベッカへの愛情を口にし、ふたりがこれからも一緒に生きていけると信じている。しかしレベッカにとって、アイリーンは想像以上に危険な人物へ変貌していた。レベッカが求めていたのはリーを救うための告白であって、殺人や父親への罪の転嫁ではなかった。

それでもレベッカはその場でアイリーンを拒絶せず、計画に同意するような態度を見せる。ふたりは意識のないポルク夫人を地下室から運び出し、アイリーンの車の後部座席へ乗せる。

約束の場所に現れないレベッカ

レベッカは、家の中を片づけて証拠を消した後、アイリーンの家へ向かうと約束する。そこからふたりで町を離れるという段取りだった。

アイリーンはポルク夫人を乗せたまま自宅へ戻り、レベッカの到着を待つ。彼女は、レベッカが自分を選び、ふたりで新しい人生を始めると信じようとする。

しかし、どれだけ待ってもレベッカは現れない。夜が明け始めても車の音は聞こえず、連絡もない。アイリーンはやがて、レベッカが来るつもりなどないことを悟る。

レベッカはアイリーンを残し、自分ひとりで逃げたと考えられる。ポルク夫人の処理も、拳銃も、すべてアイリーンへ押しつけたのである。アイリーンが思い描いていた恋愛も、ニューヨークでの共同生活も、この時点で消滅する。

ポルク夫人を車内に残すアイリーン

レベッカに見捨てられたアイリーンは、それでも元の生活へ戻ろうとはしない。父親に罪を着せる計画も実行せず、ポルク夫人を乗せた車で町の外へ向かう。

アイリーンの古い車は排気管が故障しており、走行中の排気ガスが車内へ入り込む。そのため彼女は、真冬でも窓を開けて運転しなければならなかった。物語の冒頭から示されていたこの故障が、最後に別の目的で利用される。

人けのない森まで来ると、アイリーンは車を停める。後部座席には、薬で意識を失ったポルク夫人が横たわっている。アイリーンはエンジンを動かしたまま窓を閉め、ひとりで車外へ出る。

故障した排気管から漏れた一酸化炭素が、閉め切られた車内へ充満していく。ポルク夫人の死そのものは画面上で確認されないものの、アイリーンが銃撃と監禁の証拠を消すため、彼女を排気ガスによって死なせようとしていることが示される。

“アイリーン”を捨てて町を去る

車を森に残したアイリーンは、ひとりで大通りまで歩く。父親の家にも、矯正施設にも、レベッカのもとにも戻らない。彼女は通りかかった車に向けて手を上げ、ヒッチハイクを試みる。

やがて大型トラックが停まり、アイリーンは助手席へ乗り込む。運転手がどこへ向かう人物なのか、アイリーンがどの土地を目指しているのかは明かされない。

走り出した車内で、アイリーンの表情には徐々に笑みが浮かぶ。それはレベッカとの逃避行が実現した喜びではない。父親、職場、故郷、そしてそれまでの自分自身を、すべて背後へ置いてきたことによる解放の表情である。

もっとも、彼女の自由はポルク夫人への銃撃と殺害を伴う可能性のある逃亡によって得られたものだ。アイリーンが新しい人生を築けたのか、やがて罪を問われたのか、レベッカと再会したのかは描かれない。

映画は、アイリーンを乗せたトラックが町から遠ざかっていくところで幕を閉じる。邦題『アイリーンはもういない』が示す通り、閉塞した家と町で生きていたかつてのアイリーンは消え、正体も行き先も定まらない別の人間として旅立ったのである。

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