『ある男』解説|どんな映画?あらすじ・キャスト・魅力・レビューまとめ

映画『ある男』(2022)を紹介&解説。


映画『ある男』概要

映画『ある男』は、平野啓一郎による第70回読売文学賞受賞の同名小説を、石川慶監督(『愚行録』『蜜蜂と遠雷』)が映画化したヒューマンミステリー。亡くなった夫が名前も経歴も異なる別人だったことを知った女性と、その正体を調べる弁護士を通して、人間のアイデンティティ、名前や過去が持つ力、社会に存在する差別や偏見を問いかける。主演は妻夫木聡。共演に安藤サクラ窪田正孝清野菜名眞島秀和柄本明ら。

作品情報

日本版タイトル 『ある男』
英題 A Man
製作年 2022年
日本公開日 2022年11月18日
ジャンル ドラマミステリー
製作国 日本
原作 平野啓一郎『ある男』(小説)
上映時間 121分
監督・編集 石川慶
脚本 向井康介
製作 高橋敏弘/木下直哉/田中祐介/中部嘉人/浅田靖浩/佐渡島庸平/井田寛
製作総指揮 吉田繁暁
プロデューサー 田渕みのり/秋田周平
撮影 近藤龍人
音楽 Cicada
出演 妻夫木聡/安藤サクラ/窪田正孝/清野菜名/眞島秀和/小籔千豊/坂元愛登/仲野太賀/真木よう子/柄本明
制作 松竹撮影所
製作 「ある男」製作委員会
企画・配給 松竹

あらすじ

離婚後、息子の悠人とともに故郷の宮崎へ戻った里枝は、そこで出会った青年・谷口大祐と恋に落ち、再婚する。新たに娘も誕生し、家族は穏やかな日々を送っていたが、大祐は仕事中の事故で突然命を落としてしまう。

一周忌の法要に出席した大祐の兄・恭一は、遺影を見て、そこに写っている人物は弟の大祐ではないと告げる。愛し、ともに暮らしていた夫が、名前も経歴も異なる別人だったことを知った里枝は、かつて離婚を担当した弁護士・城戸章良に身元調査を依頼する。

城戸は、便宜上その人物を“X”と呼び、彼が本当は誰だったのか、なぜ谷口大祐として生きることを選んだのかを追い始める。

主な登場人物(キャスト)

城戸章良(妻夫木聡):里枝から亡き夫の身元調査を依頼される弁護士。在日コリアン三世として生まれ、高校時代に帰化している。“X”の人生を調べるうちに、自身の名前や出自、社会から向けられる偏見とも向き合うことになる。

谷口里枝(安藤サクラ):離婚後、息子を連れて故郷へ戻り、大祐と再婚した女性。夫の死後、彼がまったくの別人だったと知らされる。名前や過去が偽りだったとしても、家族として過ごした時間まで偽物だったのかという苦悩を抱える。

谷口大祐/X(窪田正孝):里枝と出会い、結婚した寡黙な青年。林業に従事し、里枝や子どもたちと穏やかな家庭を築くが、事故で死亡する。その後、本物の谷口大祐とは異なる人物だったことが判明する。

後藤美涼(清野菜名):本物の谷口大祐と過去に交際していた女性。城戸の調査に協力し、本物の大祐が抱えていた事情や、名前を捨てるに至った人々のつながりを明らかにする。

谷口恭一(眞島秀和):本物の谷口大祐の兄。里枝の夫の法要で遺影を目にし、写っている男は弟ではないと指摘する。老舗旅館の跡取りとして生きている。

谷口大祐(仲野太賀):“X”が名前と身分を借りていた、本物の谷口大祐。実家や兄から離れ、行方が分からなくなっている。

小見浦憲男(柄本明):戸籍交換の事情に通じ、刑務所に収監されている男。“X”の正体を追う城戸に手掛かりを与える一方、城戸の出自を見抜き、差別的な言葉を浴びせる。

作品の魅力解説

“先の読めないミステリー”の先にある重い人間ドラマ

「亡くなった夫が別人だった」という導入から、意外な真相やどんでん返しを楽しむミステリーサスペンスを想像する観客もいるかもしれないが、本作の中心にあるのは謎解きの興奮ではなく、過去や出自から逃れようとした人間の痛みと、残された家族の感情である。

物語そのものは分かりやすく構成されているものの、感情移入するほど辛さや息苦しさが増していく、かなりシリアスで重たい作品だ。気軽に“観やすい映画”として薦めるのは難しい一方、その重さは欠点とは限らない。社会が人間に押しつける属性や過去について、簡単な答えを出さずに問題を提起する、強く心に残るドラマとなっている。

名前は人を認めるものか、それとも縛るものか

“名前”には、その人の存在を社会の中に位置づける強い力がある。誰かに名前を覚えられ、呼んでもらうことは、自分の存在を認められたという喜びにつながることもある。

一方、本作が描くのは、自分の名前を自分のものだと思えなくなったとき、その人の存在そのものまで不明瞭になってしまう恐ろしさだ。名前に結びついた家族、出自、社会的評価、過去の出来事は、本人の意思とは関係なく、その人を特定の存在として固定してしまう。

周囲から一定の悪い印象やステレオタイプを貼りつけられ、自分の名前が一種の“呪い”になってしまう人々もいる。“X”がなぜ別人の名前を必要としたのかを追う物語は、名前を捨てることが自由なのか、それとも自分の存在を失うことなのかという根源的な問いへ発展していく。

在日コリアンと帰化した人々に向けられる差別

城戸は在日コリアン三世として生まれ、高校時代に帰化して日本国籍を取得した人物である。社会的には弁護士として成功しているが、日常に紛れ込んだ偏見や無遠慮な言葉、露骨な差別によって、自分が何者として見られているのかを繰り返し意識させられる。

本作には、在日コリアンや帰化した人々に対する差別的発言、ヘイトスピーチを想起させる言動が登場する。当事者や類似する差別を経験した観客にとっては、精神的な負担の大きい場面になる可能性があるため、鑑賞前に心構えをしておきたい。

しかし、そうした描写は単なる刺激ではなく、人間を国籍、血筋、家族、職業、犯罪歴といった一つの属性だけで判断する社会の暴力性を示すものだ。“X”を調べる城戸自身もまた、別の名前で生きようとした男と無関係ではいられなくなっていく。

実力派俳優陣が表現する、言葉にできない痛み

妻夫木聡は、冷静に調査を進める弁護士としての顔と、自身の出自や家庭に揺さぶられる一人の人間としての顔を抑制の効いた演技で表現。安藤サクラは、夫の過去が偽りだったと知った衝撃だけでなく、それでも家族として過ごした時間を否定できない里枝の複雑な感情を体現している。

窪田正孝も、多くを語らない“X”の優しさ、孤独、過去から逃れきれない苦痛を身体全体で表現する。さらに、戸籍交換の事情を知る小見浦を演じた柄本明の不穏な存在感が、城戸の内側にある不安と社会の悪意を浮き彫りにしている。

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