『スパイダー・ノワール』場面写真公開! 5名のキャラクターを紹介-白黒とカラーで再構築するマーベル神話

『スパイダー・ノワール』より - Aaron Epstein NEWS
『スパイダー・ノワール』より - Aaron Epstein

『スパイダー・ノワール』は、マーベル神話を1930年代ノワールへ再構築する。


ニコラス・ケイジ主演の新シリーズ『スパイダー・ノワール』が、スーパーヒーロー神話を大胆に塗り替えようとしている。本作は、マーベル・ユニバースの並行世界を舞台にしながら、1930年代のフィルム・ノワールへと再設計された異色作だ。しかも本作は、白黒とフルカラーというふたつのフォーマットで提供される。これは単なる映像処理の違いではなく、作品そのものの質感と解釈を揺さぶる実験でもある。

本作の場面写真が『エスクァイア』誌で公開され、シリーズの世界観に注目が集まっている。

白黒とカラー-2つのフォーマットが示す実験性

本作は、1940年代の犯罪映画を模倣した白黒版と、マーベル・コミックスのコマを思わせる高彩度のカラー版という、2種類のフォーマットで視聴可能となる。視聴者は自ら体験の質感を選択できるのだ。

『スパイダー・ノワール』より - Aaron Epstein

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ケイジはこの試みについて、「正直なところ、どちらも機能するし、それぞれ違った理由で美しいんだよ」と語る。さらに彼は「カラー版は超彩度が高くてゴージャスだ」と説明しつつ、「もし彼らが白黒でコンセプトを体験したいなら、それが彼らに初期の映画を見る興味を抱かせて、それを芸術形式として楽しむきっかけになるかもしれないよね」とも述べている。

共同ショーランナーのオーレン・ウジエルもまた、単なるレトロ趣味ではないことを強調する。「白黒映画がカラー化されたような感じなんだ」と彼は語る。本作はモノクロ映像を後から着色する従来のカラー化とは異なり、デジタル撮影した映像を分割し、ふたつの異なる質感へと再構築している。つまり、現代技術を用いながら、過去の映画的記憶を呼び起こす試みなのである。

結果として、カラー版はコミックストリップ的な軽快さを帯び、白黒版はより陰影の濃い道徳的世界を浮かび上がらせる。同じ物語でありながら、体験は微妙に異なる。その差異こそが、本作の実験性の核心である。

ピーターではない理由-ベン・ライリーという選択

『スパイダー・ノワール』は、2018年のアニメーション映画『スパイダーマン:スパイダーバース』で初めて提示された並行世界の延長線上にある。その際、ケイジは1930年代の探偵風スパイダーマンの声を担当していた。しかし今回のシリーズでは、主人公はピーター・パーカーではない。

新たに選ばれたのは、マーベル・コミックスに1970年代半ばに登場したクローンキャラクター、ベン・ライリーである。彼はスカーレット・スパイダーとして知られてきた存在だが、本作では単に「ザ・スパイダー」と呼ばれる。

『スパイダー・ノワール』より - Aaron Epstein

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この変更には明確な理由がある。ウジエルはこう語る。「ピーター・パーカーは高校生という言葉と非常に同義的に感じられるんだ。少年らしく、上昇志向でね」。つまりピーターは本質的に“成長の物語”を背負った存在である。

しかしフィルム・ノワールは違う。このジャンルは、若き理想主義者の覚醒ではなく、すでに幻滅を経験した男の物語だ。クリス・ミラーは本作の主人公について、「このキャラクターは映画のピーター・パーカーとは大きく違うんだ。年上で冷笑的で、酔っ払って男の顔を殴ることも厭わないよ」と説明する。さらにフィル・ロードは、「彼は何年も何年も前に起こった『チャイナタウン』的な幻滅の瞬間をすでに経験しているんだよね」と付け加える。

ノワールとは何か。それは単に白黒であることではない。広義に言えば、皮肉屋のヒーローが、世界は予想以上に暗いことを発見する物語である。楽観主義と青春は、このジャンルとは本質的に相容れない。

だからこそ、ピーターではなくベン・ライリーだったのだ。ウジエルはこう語る。「ベン・ライリーはすでに全ての物語の山場を経験し、すべてを見てきたんだ。彼はそれにうんざりしていて、過去から前に進もうとしているんだよ。でも彼の過去が彼につきまとい続けるんだ」。

成長する少年ではなく、過去に取り憑かれた男。ヒーロー・コンプレックスが中年の危機へと崩れかけた存在。それが『スパイダー・ノワール』の中心にいる人物である。

「私は誰なのか」-ノワールとしてのスパイダーマン

主人公の再設計は、単なるキャラクター変更にとどまらない。ノワールというジャンルに適合させるための思想的転換でもある。

ケイジは、自身の演技アプローチについて「70パーセントがハンフリー・ボガート、30パーセントがバッグス・バニー」と説明している。だがプロデューサー陣によれば、彼はさらに踏み込んだ解釈を提示したという。ロードはこう明かす。「彼の解釈はこうだったんだ。『僕は人間のコスプレをしようとしているクモなんだ』ってね」。ミラーも「彼はコードスイッチングをしているんだ。体の内側では、自分を動物のように感じているんだよ」と語る。

それは、ヒーローという仮面を被る男の物語であると同時に、人間を演じようとする“異物”の物語でもある。

『スパイダー・ノワール』より - Aaron Epstein

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闇と光の対照-シルバーメインとロビー・ロバートソン

物語の中心で対峙するのは、ブレンダン・グリーソンが演じるギャング界のボス、シルバーメインである。彼は繰り返し暗殺未遂の標的となってきた人物だが、それが単なる裏社会の力学なのか、より大きな計画の一部なのかは判然としない。ライリーは、放火犯が「手から火を発することができる」と明かしたことで、背後に異様な力が働いている可能性を疑い始める。

ウジエルは本作の構造について、「すべての偉大な探偵物語では、ふたつの事件が一緒になってきて、実は同じことに取り組んでいたんだと気づくんだよ」と語る。シルバーメインを巡る事件は、やがてベン自身の過去へと接続し、「彼は本当に関わりたくないもっと大きな戦いに引きずり込まれる男なんだ」という展開へと至る。犯罪王は単なる悪役ではなく、主人公の内面を暴き出す装置でもある。

一方で、ベンのもうひとつの対照軸となるのがロビー・ロバートソンだ。本作ではデイリー・ビューグル紙の編集室ではなく、街を駆け回るフリーランス記者として登場する。彼はベンの友人であり協力者であり、ときに現場を共有する調査者でもある。

『スパイダー・ノワール』より - Aaron Epstein

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ウジエルはふたりの関係について、「彼らは両方とも調査員なんだ」「彼らの友情には本当に深い絆があるよ」と語る。そのうえで最大の違いをこう説明する。「ロビーがほとんどラビットフット(幸運のアイテム)を持ち歩いているような男だってことだね。彼は自分が幸運だと思っていて、すべてがうまくいくと思っているんだ。ベンは決してうまくいかないと思っているキャラクターなんだよ。すべてがめちゃくちゃになる。人生は大きな災難だってね」。

冷笑と楽観。闇と光。同じ街を歩きながら、世界の見え方は正反対である。その緊張関係が、『スパイダー・ノワール』のドラマにもう一層の奥行きを与えている。

秘書とファム・ファタール-物語を動かすふたりの女性

ベン・ライリーの探偵事務所を支えるのが、秘書ジャネットである。電話応対やアポイントメント管理といった業務にとどまらず、彼女は優れた調査能力を備えた実質的なパートナーでもある。特定のマーベル原作キャラクターに基づく存在ではないが、フィルム・ノワールの伝統から直接引き出された人物像だ。

『スパイダー・ノワール』より - Aaron Epstein

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ウジエルはその立ち位置についてこう語る。「『マルタの鷹』では、彼女の名前はエフィーだ。私立探偵が頼ることができて、助けになって、彼に厳しくできるけど愛しているっていう、こういうキャラクターがいつもいるんだよ」。そしてジャネットについて、「ジャネットは決してベンを許さないけど、彼のことをとても気にかけているんだ」と説明する。

彼女はベンの冷笑を受け止めながらも、現実的で実務的な視点を失わない存在である。ロビーとともに、ベンを地面へ引き戻す重力の役割を果たしている。

一方、物語を危険な方向へと導くのがナイトクラブ歌手キャット・ハーディだ。彼女はベンを裏社会の陰謀へと誘い込む存在であり、コミックファンにとってはブラックキャットことフェリシア・ハーディとの関連を想起させる人物でもある。

『スパイダー・ノワール』より - Aaron Epstein

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ウジエルはキャットの造形について、「彼女はまさにリタ・ヘイワースなんだ。彼女は『ギルダ』や『上海から来た女』ですばらしかったし、それからローレン・バコールも少し入っているよ」と語る。さらに「キム・ベイシンガーの『L.A.コンフィデンシャル』の要素もあるよ」と付け加え、複数の時代のファム・ファタール像が融合していることを示唆する。

秘書は理性を象徴し、歌姫は誘惑を体現する。支える存在と、揺さぶる存在。

このふたりの女性像は、ベン・ライリーという不安定な主人公を中心に、ノワール的緊張を形成する両極である。ヒーローを称揚するのではなく、彼の弱さや葛藤を浮かび上がらせる存在として配置されている点に、本作の再構築の思想が見える。


スパイダーマンの物語に一貫して流れる問いがある。「私は誰なのか?」それは成長期の少年であっても、中折れ帽を被った世間擦れした男であっても変わらない。本作が提示するのは、力の獲得ではなく、すでにすべてを知ってしまった男の自己確認である。

白黒でも、カラーでも。青春でも、幻滅でも。ヒーローの形は変わる。しかし問いは残り続ける。それこそが、『スパイダー・ノワール』が1930年代の闇に託した、マーベル神話の再解釈なのである。

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