新作映画『インコンプリート・チェアーズ』 を紹介&解説するレビュー。
1月23日(金)公開の『インコンプリート・チェアーズ』は、『悪魔がはらわたでいけにえで私』などで知られる宇賀那健一監督が、残虐描写と風刺を織り交ぜて放つR18指定のスラッシャーだ。洗練された椅子をSNSに投稿する椅子職人が、作品に魅了された来訪者を工房へ招き入れ、人体を“素材”として理想の椅子を追求する。主演は一ノ瀬竜。共演に大島涼花、海津雪乃、藤井アキト、二ノ宮隆太郎、大谷主水、YUら。
『インコンプリート・チェアーズ』あらすじ
舞台は東京。注目を集める若き椅子職人・九条新介は、SNSで作品を発信しながら静かな日々を送っている。しかしその裏で、工房を訪れた客を次々と殺害し、人体を素材にした”人間椅子”を密かに制作しているという秘密を抱えていた。失踪者が続出する中、九条の執念はさらに加速し、周囲を巻き込む惨劇へと転がり落ちていく。

『インコンプリート・チェアーズ』より © RIGHTS CUBE
粗さを補う、猟奇への徹底した覚悟
予算的制約からか、人体損壊や出血の描写にリアリティが欠けるように思える箇所があり、その粗さが没入を妨げる瞬間があることは否定できない。この点で評価は分かれるだろう。
だが、猟奇的なバイオレンスへ徹底的に振り切り、無差別な暴力と滑稽なアート制作のシーンだけで一本の作品として成立させてみせる潔さと覚悟には、ホラー・スリラーを愛する者として素直に敬意を抱かされる。

『インコンプリート・チェアーズ』より © RIGHTS CUBE
リアリティの問題を抱えてはいるものの、実際に繰り広げられるバイオレンスが観る者に与える痛覚は尋常ではない。バリエーション豊かな道具と手法を駆使し、同じようなシーンを二度と繰り返さない工夫が凝らされている点も、本作の大きな魅力だろう。
「新世界の神」になれない男の、痛々しい魅力
猟奇殺人鬼・九条を演じた一ノ瀬竜は端正な顔立ちの持ち主で、脚本次第では「悪なのに惹かれてしまう魅力的なサイコキラー」として成立させられるだけのポテンシャルを持っているように思える。たとえば『デスノート』の夜神月のような、傲慢で神を気取りながらも、その才色兼備ぶりが説得力を与えてしまうタイプのキャラクター……に一見感じられる。
ところが、九条という男は蓋を開けてみるとまるで違う。本人の自己認識は確かに夜神月的なのだが、それを裏打ちしているのは容姿の良さと、余裕を装えるときの立ち振る舞いだけ。実際には無計画で不器用、衝動的で幼稚、おまけに特筆すべき才能もない――そんな実態が次第に露呈していく。この巧みなキャラクター造形によって、九条は「卓越したサイコパス」ではなく「掘れば掘るほど残念な“新世界の神”くずれ」として立ち上がる。

『インコンプリート・チェアーズ』より © RIGHTS CUBE
その人間臭さこそが、良い意味でインディペンデント・スリラーらしい味わいとユーモアを作品に与えているのだ。
何者かになりたい、怒りを抱えた男が、やり場のない衝動と承認欲求を暴走させる……一見クレイジーな1作に見える本作だが、誰もがアイデンティティの確立に苦悩するSNS時代には、ある意味普遍的なテーマを備えた作品といえるかもしれない。

『インコンプリート・チェアーズ』より © RIGHTS CUBE
『インコンプリート・チェアーズ』は、制作規模の制約を逆手に取り、インディペンデント映画ならではの狂気と人間臭さを武器にした、尖ったスラッシャー作品だ。完璧なサイコパスではなく、どこまでも不完全な殺人鬼が織りなす惨劇を、1月23日(金)の日本公開で体感してほしい。
ライター/エディター/映画インスタグラマー。2019年に早稲田大学法学部を卒業。東京都職員として国際業務等を経験後、ライター業に転身。各種SNS(Instagram・X)やYouTubeチャンネル「cula 見て聞く映画マガジン(旧:アルテミシネマ)」においても映画や海外ドラマ、音楽といったカルチャーに関する情報レビューを発信している。
