【インタビュー|ミヒャ・レビンスキー監督】『役者になったスパイ』で実際に起きたスイス一大スキャンダルを描いた理由、現代にも通じる監視社会に思うこと

『役者になったスパイ』ミヒャ・レビンスキー監督 INTERVIEWS
『役者になったスパイ』ミヒャ・レビンスキー監督

『役者になったスパイ』ミヒャ・レビンスキー監督にインタビュー。


冷戦終結間際のスイスで実際に起きた大規模監視事件を、ロマンティック・コメディという意外な語り口で描いた映画『役者になったスパイ』が1月23日(金)に日本公開。俳優志望の警察官が“演じること”を通して国家の嘘と個人の真実に向き合っていく本作は、政治映画でありながら、同時にきわめて人間的な物語でもある。

culaは本作を手がけたミヒャ・レビンスキー監督に独占インタビューを行い、実体験と深く結びついた題材への思い、演劇と映画、嘘と真実の関係性、そして現代にも通じる“監視社会”への眼差しについて話を聞いた。(取材・文:ヨダセア)

【動画】『役者になったスパイ』予告編

『役者になったスパイ』ミヒャ・レビンスキー監督 インタビュー

本作『役者になったスパイ』を制作するうえで、なぜ今「この題材を描く必要がある」と感じたのか、何かきっかけはあったのでしょうか。

ミヒャ・レビンスキー(以下、レビンスキー):私にとって、(フィシュ・スキャンダルは)個人的にも政治的にも非常に重要な出来事でした。この事件が明るみに出た時、私はまだ10代後半でした。それは冷戦終期でもあって、システム全体が崩壊していく様子を目の当たりにしたんです。私にとって、政治的な意識を持つようになった最初の瞬間でした。

レビンスキー:この出来事はずっと心の中に残っていて、何年も経った後も考え続けていました。そして同時に、この話には面白い側面もあると思ったんです。なぜなら、この任務を遂行しなければならなかった警察官たちにとって、それは非常に困難な仕事であると同時に、ある意味で滑稽な側面も持っていたからです。

実際にスイスであった「フィシュ・スキャンダル」という監視事件を扱うにあたり、最も問題意識を持ったポイントは何でしたか。

レビンスキー:いい質問ですね。考えてみると、私の映画や物語のほとんどに、“嘘”や“真実が語られない”という要素が含まれています。それは私の作品すべてにおいて非常に強い原動力になっているんです。

レビンスキー:なぜなら、もし自分が周りの世界と完全に調和していて、望む人生を生き、なりたい自分でいられるなら、そこに物語は生まれません。でも実際には、誰もが世界との間に葛藤を抱えています。それが私にとって常に強いモチベーションなんです。そういう状況を目にすると、これは語る価値があると感じ、心を動かされ、同時に興味をそそられるんです。この物語には、政治的なものを超えた、ただ深くて人間的な何かがあると感じました。

『役者になったスパイ』より © Langfilm / Bernard Lang AG 2020

『役者になったスパイ』より © Langfilm / Bernard Lang AG 2020

本作は“ロマンティック・コメディ”の要素と政治的テーマが同居しています。このトーンのバランスはどのように設計しましたか?

レビンスキー:私はロマンティック・コメディが好きで、以前にもロマコメを作ったことがあります。

レビンスキー:私はこの映画が“みんなのための映画”であるべきだと思いました。アート系の知的な観客だけのためのニッチな映画にはしたくなかったんです。これは誰にとっても関係のあるテーマですから。だから、誰もが共感できるような方法で語りたくて、こういったトーンを楽しんで作りました。日本でも、多くの方々にこのトーンを楽しんでいただけると嬉しいですね。

この物語の舞台は1989年ですが、本作が描く“監視社会”について、現代の観客に最も伝えたいメッセージは何でしょう。

レビンスキー:そうですね、実際に現代の監視についての物語を作ることも可能だと思います。なぜなら、私たちは今、常にお互いを監視していますから。例えば、誰かとデートする時、事前にソーシャルメディアでその人のことを調べることができますよね。

レビンスキー:相手が何に興味があるのか、誰と友達なのか……ある意味、それはクレイジーだと思いますし、危険にもつながり得ます。一般個人がやる分には大きな問題は少ないかもしれませんが、国家や企業、健康保険会社などがそれをやるとなると、たいへんな問題になる可能性がありますよね。だから“監視”というテーマは、今日でもやはり重要だと思います。

『役者になったスパイ』より © Langfilm / Bernard Lang AG 2020

『役者になったスパイ』より © Langfilm / Bernard Lang AG 2020

1989年当時の空気感を映像で再現する上で、特にこだわった点は何でしょうか。

レビンスキー:まず問題は、この映画を2020年代に撮影したということ。つまり当時から30年も経ってしまったんです。車も服も家も、世界はすべてが変わってしまいましたよ。歴史的な映画を作る上で最も難しいのは、“新しいものを映さない”ということです。何を映すかに集中しなければなりません。

レビンスキー:しかも、問題はそれだけではありませんでした。もうひとつの問題は、私たちが夏に撮影したということです。「フィシュ・スキャンダル」や“ベルリンの壁の崩壊”が起きたのは、ご存知の通り冬、11月のことでした。だから本来は初冬に撮影したかったんです。

レビンスキー:よって、現代的すぎる一般住居を映すわけにはいきませんでしたし、木々が夏らしく茂っていて自然も映せませんでした。結果的に、室内や夜のシーンが多くなったんです。しかし、そもそも夏の夜は非常に短く、撮影時間がほとんど取れないという問題もありました。撮影は夜遅くにしなければならず、そうこうするうちに朝がすぐ来てしまうんです。大変でしたよ。

本作には「演じること」そのものがテーマとして流れています。演劇や映画における“嘘と真実”についての監督の考えを聞かせてください。

レビンスキー:そうですね、私たち映画人も演劇人も、自分たちをとてもシリアスに捉え、何か重要なことをしていると思っています。でももちろん、私たちもただのひとりの人間で、ただ愛されたいだけで、他の誰かより優れているわけではありません。それが真理だと思います。俳優たちは興味深い仕事をしていますが、他の人と比べて優れた人間というわけではないんです。

『役者になったスパイ』より © Langfilm / Bernard Lang AG 2020

『役者になったスパイ』より © Langfilm / Bernard Lang AG 2020

主人公ヴィクトールのキャラクター像はどのような意識で作り、演出していきましたか。また、フィリップ・グラバーさんとの仕事はいかがでしたか。

レビンスキー:フィリップとは長い付き合いです。以前にも3本の映画で一緒に仕事をしてきました。俳優としても、コメディアンとしても、彼が大好きなんです。彼はコメディとドラマの微妙な境界線を理解しています。改めてオーディションを行いましたが、彼は本当にすばらしくて、「この役は彼だ、彼でなければならない」と感じました。それがフィリップです。彼と仕事をするのが大好きです。

レビンスキー:キャラクターをどう作り上げたかというご質問ですが、きっかけは“警察官の視点を通して物語を語る”というアイデアでした。そのアイデアが浮かんですぐ、私にとって典型的なキャラクターになっていきました。もしかしたら「もし私があの状況で警察官だったらどうするだろう?」という感じで考えたかもしれません。おそらく私でもヴィクトールのようになるでしょう。物語を語る時やキャラクターを設計する時、私は決して強いヒーローを作りません。なぜなら、自分がパワフルなヒーローになれるとは思わないからです。

そうですね、ヴィクトールは非常に複雑で困難な状況に陥りますが、彼自身はいたって普通の男性なので、観ていて共感しやすかったです。

レビンスキー:その通り。彼はごく普通の人間なんです。悲しみもあれば、ユーモアもある。でも私にとっては、ジェームズ・ボンドのようなヒーローよりも、そういう人物の方がずっと興味深いんです。
レビンスキー:ヒーローたちがどう過ごしているのか、私には理解できません。走って、戦って、力強い。でも私が知っている現実の人々がヒーローであることはほとんどありません。私が知っている現実の人々は、ヴィクトールみたいな感じで、もがき苦しんでいるんです。

『役者になったスパイ』より © Langfilm / Bernard Lang AG 2020

『役者になったスパイ』より © Langfilm / Bernard Lang AG 2020

オディールの人物像についてはいかがでしょうか。演じたミリアム・シュタインさんとはどのようにキャラクターを作っていきましたか。

レビンスキー:ミリアムは、スイスよりもドイツで有名な映画スターです。彼女の仕事ぶりは高く評価されていて、彼女と仕事ができたのは光栄でした。オディールというキャラクターはミリアムがプロジェクトに参加する前から完成していたので、彼女のために書かれたわけではありません。
レビンスキー:オディールはある意味純粋で、善良な魂を持つキャラクターである点もお気に入りのポイントですが、同時に彼女は父親との関係というバックグラウンドも持っていて複雑なキャラクターです。

シェイクスピア『十二夜』を劇中劇として採用した理由を詳しく聞かせてください。どんな“鏡像効果”を狙いましたか?

レビンスキー:これは脚本チームの演劇関係者、プリニオ・バッハマンとバルバラ・ゾマーのアイデアでしたが、完璧に理にかなっていますよ。なぜなら『十二夜』では、すべてが演技であり、見せかけであり、鏡のようなものだから。誰かが男性のふりをしているけれど実は女性だったり、その逆だったり。とてもクールな劇です。それは本作で私たちが扱っているテーマと似たところがあります。だから、すべてが常に(目に見えるものとは)少し違うというこのアイデアが気に入りました。
レビンスキー:映画の中でも鏡をたくさん使っています。すべてが仮面で、その下にまた別の仮面があり、そのまた下にも別の仮面がある。そういったアイデアを気に入りました。

劇場空間や舞台劇を映画で撮るにあたって、どのような意識で映像に落とし込みましたか?

レビンスキー:私にとってとても興味深い挑戦でした。演劇の演出をしたことがない私が、映画の中で演劇シーンを演出できましたから。映画内に舞台の劇場全体が出てくるので、映画の俳優たちを演出すると同時に、俳優を演出する俳優も演出しました。面白い経験でしたね。
レビンスキー:ただ最も重要なのは、共同で脚本を書いたバルバラとプリニオが演劇界で活躍してきたということです。彼らは長年大きな劇場で働いてきて、多くのことを目撃してきました。彼らのユーモアと、彼らがよく知っているこの世界について語りたかったこと、それも作品に反映されているんです。

「フィシュ・スキャンダル」を描くにあたり、どのようなリサーチを行いましたか。また、制作にあたって関係者、当事者の協力などはありましたか。

レビンスキー:たくさんではありませんが、少し協力を得られましたし、リサーチはしっかり行いましたよ。
レビンスキー:当時スパイとして働いていた警察官からサポートを受けられたんです。彼は私たちに、当時どのように仕事をしていたかを教えてくれました。それは非常に役立ち、彼に会えたことはとても興味深い経験でしたよ。彼は今でも地下室にファイルを持っていました。彼は今はただの退職した年配の警察官で、スパイと聞いて想像するような人物ではありません。特別なものを感じさせるような雰囲気が何もなかったのは面白かったです。

本作はスイスだけでなく海外でも上映されました。国や文化によって受け取られ方に違いはありましたか?

レビンスキー:スイスではもちろん、人々がこの事件についてよく知っています。映画の中には、スイス以外では理解できない、いわば内輪のジョークや引用がいくつかあります。でも非常に興味深かったのは、スイス以外の人々もこの物語に共感できるということでした。本作にはスイス特有のものではなく、普遍的で人間的なドラマがあるようです。結局のところ、どこに生きる人にもそんなに違いはないのです。

監督として、この映画の中でお気に入りのシーンはどれですか?

レビンスキー:舞台上のシーンはすべて好きです。リハーサルのシーンも好きですし、冒頭の長いテーブルでの大きなリハーサルシーンも気に入っています。
レビンスキー:でも、男性社会を前にオディールが行う長いスピーチのシーンも大好きです!

どれも印象的でした!私のお気に入りのシーンは、ヴィクターがほぼ裸の状態で舞台に上がり、即興で演技をするシーンです。

レビンスキー:ああ、あのシーンもいいですね!(笑)

レビンスキー:面白いことに、ドイツの演劇では、この20〜30年の間、舞台上で裸になる人や下着姿の人が非常に多いんです。インパクトを与えようとしているんでしょうが、しばらくすると、いつも誰かが舞台で裸になっていることに慣れ、退屈になってしまうんです。だからこのシーンでは、観客席にいる年配の女性の反応も好きなんです。

レビンスキー:……日本の演劇でも、人々はいつも下着姿ですか?

演劇でいつも下着姿ということはないと思いますが、日本にも裸ネタを行うコメディアンは多いですし、裸や下着姿は定番コメディのひとつですよ(笑)

 

撮影で困難だったことはありますか。

レビンスキー:歴史的な物語設定のために難しかったこともたくさんありますが、もう一つ難しかったことがありまして……脚本はすべてチューリッヒの劇場を想定して書かれていて、劇中の舞台はチューリッヒの劇場で上演されるという設定だったんです。でも実際に撮影する段階になって、想定していた劇場が使用できないことがわかりました。演劇シーズンではない夏季に劇場全体の改修工事をしていて、客席をすべて撤去している状態だったんです。残念ながらそこで撮影することは不可能でした。
レビンスキー:そこで別の劇場を探すことになったのですが、幸運なことにスイスの別の地域で、チューリッヒの劇場と同じ舞台を持つ劇場を見つけたんです。100年前に、その小さな町がチューリッヒと同じ劇場を持ちたいと思って、同じ舞台を作ったんだそうです。だから撮影するためにその町に向かわなければなりませんでした。映画にはいつもこういう問題がつきものですよ。

あのシアター、大好きでした!

 

この映画は音楽の使い方も印象的でした。音楽で映画の雰囲気を作る上で、特に注力された点は何でしょうか。

レビンスキー:以前やったことがなくて私にとって新鮮だったのですが、今回は音楽で本物のオーケストラを使ったんです。難しい作業でしたよ。なぜなら音楽は作品が描く時代とジャンルの面で映画をサポートしなければならないと同時に、映画のムードも表現しなければならないから。本作のようなミックスジャンルにおいて、そこの絶妙なバランスが取れるポイントを見つけるのは簡単ではありませんでした。最終的に私も気に入っていますが、長い道のりでしたよ。

これまで監督はロマンティック・コメディ映画、サスペンス映画、そしてそれらを組みわせた今回のポリティック・ロマンスコメディなどを手がけてきましたね。今後はどのような映画を撮りたいと思っていますか。

レビンスキー:うーん、どうでしょう。もしうまくいくなら、もっと自分自身の声に向き合い、自分らしさを見つけていきたいですね。それがどんなジャンルになるかは、後から人々が教えてくれるでしょう。

レビンスキー:ジャンル映画を作る際は、どんなジャンルであれ、前提として一定のルールがあります。しかし、最も私が興味を惹かれるのは、“ルールを持たないこと”です。難しいことだからこそ、勇敢なことでしょう。何かに囚われずにただ物語を語り、後からその物語のジャンルがどう呼ばれるべきかを見つけ出すような作品に挑戦してみたいですね。

今後の監督作品も楽しみにしています!では最後に、日本の観客へメッセージをいただけますか。本作を通して、どのようなメッセージを受け取って欲しいですか。

レビンスキー:メッセージを伝えるとすれば結局のところ、“分断は乗り越えることができる”ということです。たとえ悪いことが起こっても、社会が政治的にであれ何であれ分断されていても……日本にもそういうことがあるのではないですか?政党の違いなど、色々と違いはあるでしょう。争いが起きることだってあるでしょう。でも私が言いたいのは、どこかの時点で、前に進み、再び団結し、お互いに友好的になることは可能なんだということです。

(インタビュー以上/取材・文:ヨダセア)

「強いヒーローには興味がない」と語るレビンスキー監督の言葉どおり、『役者になったスパイ』の主人公ヴィクトールは、ごく普通で、不器用で、迷い続ける人物だ。しかしだからこそ、彼が“演じること”を通して辿り着く場所は、国家や時代を超えて、私たち自身の姿と重なっていく。

監視、分断、嘘、そして愛——1989年という過去を舞台にしながら、本作が静かに投げかける問いは、むしろ現代を生きる私たちにこそ向けられている。笑いと切なさが同居するそのトーンの先で、観客一人ひとりが何を受け取るのか。映画『役者になったスパイ』は、1月23日(金)より日本公開される。

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