新作映画『MERCY/マーシー AI裁判』 を紹介&解説するレビュー。
1月23日(金)公開の『MERCY/マーシー AI裁判』は、『ウォンテッド』のティムール・ベクマンベトフ監督が手がける、AIが司法を担う近未来ロサンゼルスを舞台にしたSFアクションスリラーだ。妻殺しの容疑をかけられた刑事が、90分以内に無実を証明できなければ処刑されるという極限状況に追い込まれ、時間との戦いを強いられる。主演はクリス・プラット、共演にレベッカ・ファーガソン、カリ・レイス、アナベル・ウォーリスら。
『MERCY/マーシー AI裁判』あらすじ
2029年のロサンゼルス。AI主導の”マーシー裁判”を推進してきた刑事が、ある夜、自身が妻殺しの被告として法廷に立たされる。証拠は監視映像や通信ログといったデジタル記録のみ。審理はわずか90分で結論が下され、有罪なら即座に処刑される。限られた時間の中で手掛かりを追い、彼は真相と陰謀へと迫っていく。

『MERCY/マーシー AI裁判』
暴走でも友情でもない、等身大のAI像
これまでありそうでなかった形の、新たなAI映画がここに誕生した。
これまでのAIやロボットを描く映画といえば、AIが勝手に学習する中で人間を敵とみなして暴走したり、逆に「こんなことできたらいいな」のロマンが詰まった優しくて可愛らしいロボットが人間と友達になるような作品が多かったように思う。しかし『MERCY/マーシー AI裁判』で描かれたAI像は、過去のどの作品とも異なる手触りを持っている。
いまや我々の生活に浸透しつつあるAIの、あのリアルな質感がそこにあるのだ。たとえばChatGPTなどを使ったことのある人なら誰もが経験しているはずだ——人間のように会話ができる親しみやすさと、それでいて「結局AIなんだよな」と感じさせるちょっとした至らなさ。本作でレベッカ・ファーガソンが演じるAI裁判長は、まさにその両面性を体現している。
人の言葉に対する理解力の高さと卓越した情報処理能力を持ちながら、同じことを何度も繰り返したり「できないことはできない」という融通の利かなさを見せたりと、やはり人間ではないことを思い知らせてくる。
C-3PO(スター・ウォーズ)のようなフレンドリーさも、ウルトロン(マーベル)のような傲慢さもない。そこにいるのは、プログラミングの範囲内で人をサポートしながら冷徹に判断を下す、想像の範囲内に収まるAI裁判長だ。
数年後、こうしたシステムが本当に誕生していても驚かない——そう思わせるだけの説得力を持ったキャラクター造形である。

『MERCY/マーシー AI裁判』より
冷徹な効率と人間的感情——裁判システムの両面性
本作では、AIにジャッジされ、容赦なく判決をくだされることの恐怖を描く……というイメージで観たし、実際にそういった面は色濃く描かれている。だが、それだけで終わらないところに本作の真価がある。
AIが裁判を執り行うことで手続きは驚くほどスムーズに進み、良くも悪くも状況証拠のみに基づく確率論的な判断が下される。ただし、共感力や想像力といった、裁判において人間味を生み出す“気持ち”の要素がゼロであることが、主人公と観客を絶えず不安にさせる。
一方で、人間による手続きには時間がかかるだけでなく、人間には“良くも悪くも”感情がある。共感と想像力が誰かを救うこともあれば、エゴや偏見がヒューマンエラーを引き起こすこともある——それが現実だ。
本作は一元的にどちらかが優れていると断じることなく、人間には人間の、AIにはAIの長所と弱点がそれぞれ存在するという現実を、見事な脚本によってエンターテインメントの中で提示してみせる。

『MERCY/マーシー AI裁判』より
AI捜査の快感——瞬時のアクセスが生む新しいサスペンス
何よりも痛快なのは、AIによってシームレスにさまざまな情報へアクセスでき、手続きや承認もスキップできる、スムーズなテンポの事件捜査だ。
目当ての連絡先を即座に見つけて電話をかけたり、証拠に関連するメールや監視カメラのデータに一瞬でアクセスして捜査を進める様子は、人間だけで捜査するサスペンス作品と比べて圧倒的にテンポがいい。こうした描写を見ていると、AIの真の強みはまさにここにあるのだと改めて実感させられる。

『MERCY/マーシー AI裁判』より
AIが仕事に直接結びつくことも増えてきた今、妄想やロマンではない、想像可能なAIとのサクサクとしたやりとりや、時にもどかしいやりとりをリアルに描いた本作は、まさに現代だからこそ成立するAI映画だ。『MERCY/マーシー AI裁判』は1月23日(金)より日本公開。
