マーティン・スコセッシがロブ・ライナー夫妻を追悼、友情と印象的なエピソードを語る「胸が張り裂ける思い」

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マーティン・スコセッシが寄稿文で、友人ロブ・ライナー夫妻の死を悼み、深い喪失感を綴った。


映画監督のマーティン・スコセッシが、友人であり同僚でもあった映画監督ロブ・ライナーと、その妻ミシェルの死を悼んでいる。スコセッシはクリスマス当日に『ニューヨーク・タイムズ』紙に寄稿した追悼文の中で、長年にわたり築いてきた友情と、その喪失がもたらした深い悲しみについて率直な言葉で綴った。

「過去形を使わなければならない」―寄稿文で明かした喪失の実感

スコセッシは寄稿文の冒頭で、ロブ・ライナーとミシェルを失った現実に向き合う自身の心境を記している。

ロブ・ライナーは私の友人だった。ミシェルもだった。今後は過去形を使わなければならない。そのことが私を深い悲しみで満たしている」と書き、「だが、そうするほかないんだ」と続けた。

ロブ・ライナーは78歳、ミシェルは70歳だった。現地時間2025年12月14日、ふたりはロサンゼルスのブレントウッドにある自宅で死亡しているのが発見された。TMZによると、遺体には「ナイフによるものと一致する裂傷」があったとされている。

夫妻の息子である32歳のニック・ライナーは、両親殺害の容疑で逮捕され、起訴されている。

東海岸出身同士として出会い、育まれた友情

ともに東海岸出身だったロブ・ライナーとスコセッシは、1970年代初頭にロサンゼルスで出会った。スコセッシによれば、ふたりはジョージ・メモリの自宅で開かれていた集まりに参加するようになったことをきっかけに、親交を深めていったという。

スコセッシは、ライナーの出自とユーモアの感性についても詳しく触れている。ロブはニューヨークのショービジネス界を代表する一家の出身で、母エステルは歌手で女優、父カールはシド・シーザーの「Your Show of Shows(原題)」からキャリアを築き、ニール・サイモンやメル・ブルックスと並び立つ存在だった。

スコセッシはその系譜を振り返りながら、「それは100パーセント、ニューヨーク的なユーモアであり、それは私が呼吸していた空気の中にあったものだ」と綴っている。

そうした感性の近さは、ふたりの距離を自然に縮めた。スコセッシは「すぐに、私はロブと一緒に過ごすのが大好きになった」と振り返っている。

ここで描かれるのは、映画界の成功者同士という関係性以上に、同じ文化圏で育ち、同じ空気を共有してきた“友人”としての結びつきである。

場を包み込んだ笑い声―人柄を物語る記憶の断片

スコセッシは、ロブ・ライナーの人柄を象徴するものとして、その笑い声と佇まいを何度も言葉にしている。

彼は陽気で、時に辛辣な面白さを持っていたが、決して場を支配するようなタイプではなかった。彼には美しい無邪気な自由さがあり、その瞬間の人生を心から楽しんでいた。そしてすばらしい豪快な笑い声を持っていた」と綴った。

その笑い声を象徴するエピソードとして、スコセッシはリンカーンセンターで行われた式典を振り返っている。ロブを称える場で、マイケル・マッキーンがパフォーマンスを披露したという。

それは「厳粛な公式スピーチの見事なパロディだった」としながら、「彼がオチに辿り着く前に、ロブがあまりに激しく笑うもんだから、会場中に笑い声が響き渡ったよ」と当時の光景を描写している。

厳粛な場でさえも、形式に縛られず、心から反応し、周囲を巻き込んでしまう。その姿は、スコセッシにとってロブ・ライナーという人物を最も雄弁に物語る記憶のひとつだった。ここで描かれるのは、映画監督や俳優としての評価以前に、人として周囲に喜びをもたらしていたライナーの姿である。

『ウルフ・オブ・ウォールストリート』で刻まれた父親像

長年にわたり互いの仕事を敬意をもって見つめ合ってきたスコセッシとロブ・ライナーは、2013年の映画『ウルフ・オブ・ウォールストリート』で初めて本格的にタッグを組むことになった。

スコセッシはキャスティングを振り返り、「すぐにロブをレオナルド・ディカプリオの父親役に思い浮かべた」と回想している。

その理由について、スコセッシはライナーの資質を具体的に挙げている。彼は「最高のアドリブができ、コメディの達人」であり、レオナルド・ディカプリオや共演者たちとの掛け合いを自然に成立させる存在だったという。さらに、その役柄について、「息子を愛し、その成功を喜んでいるが、息子が転落する運命にあることを悟っている男だ」と表現している。

スコセッシは、特に印象に残っている場面として、ロブが見守る中でジョン・ファヴロー演じる人物が、主人公に対して証券取引委員会(SEC)の告発を前に身を引けば被害を最小限に抑えられると説明するシーンを挙げた。主人公が躊躇し、最終的に止まらないと悟った瞬間のロブの表情について、スコセッシは「実に雄弁だった」と記している。

その場面でライナーが口にする「『世界中の金を持ってるじゃないか』」「『他人の金まで求めるのか?』」という言葉は、息子への愛情と当惑が入り混じった父親の感情を端的に示すものだった。
スコセッシは「私たちが撮影した時、彼の演技の繊細さと率直さに心を動かされ、編集で場面をまとめる時に再び心を動かされ、完成した映画を観る時にも心を動かされた」と述べている。

そして現在、その演技を思い返すたびに感じる思いとして、「今、この場面や他の場面でのロブの演技の優しさを思うだけで、胸が張り裂ける思いだ」と締めくくった。

想像の中で生き続ける友人―追悼文の結び

スコセッシは追悼文の終盤で、ロブ・ライナーとミシェルの死を、強い言葉で表現している。
「ロブとミシェルに起きたことは冒涜であり、現実に開いた深淵だ」と記し、その出来事を受け入れるには「時の経過だけ」が必要だと率直に語った。

それでもスコセッシは、喪失をただ受け入れるのではなく、記憶の中で彼らと共に生き続ける道を選ぶ。

「だから、彼らの愛する人たち全員や彼らが持つ本当に多くの友人たちと同じように、私は彼らが生きて元気でいることを想像することを許されなければならない……」と綴り、続けて未来のある瞬間を思い描いている。

「そしていつか、夕食会やパーティーで自分がロブの隣に座っていることに気づき、彼の笑い声を聞き、至福の表情を見て、彼の物語で笑い、彼が生まれ持ったコメディアンとしての才能を堪能し、彼を友人に持てたことを改めて幸運に思うだろう

追悼文は、死を乗り越える結論を示すのではなく、失われた存在と共に生き続けるための想像力を読者に委ねる形で締めくくられている。

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