スティーヴン・スピルバーグが『ジョーズ』50周年で当時の“悪夢”を告白「最後の監督作品になると思った」[動画あり]

スティーヴン・スピルバーグ(National Geographic / YouTube) NEWS
スティーヴン・スピルバーグ(National Geographic / YouTube)

『ジョーズ』50周年記念ドキュメンタリーに寄せたスピルバーグのコメントが公開された。

若き日のスピルバーグが語る“悪夢の夏”

1975年に公開され、サマー・ブロックバスターの先駆けとなった映画『ジョーズ』が、2025年に公開50周年を迎える。これを記念し、ナショナルジオグラフィックが制作したメイキング・ドキュメンタリー『Jaws @ 50: The Definitive Inside Story』のプレミアがアメリカのマーサズ・ヴィニヤード(※)で開催され、監督のスティーヴン・スピルバーグがビデオメッセージを寄せた。

※マーサズ・ヴィニヤード:避暑地・リゾートとして知られる『ジョーズ』のロケ地。

スピルバーグは当時27歳の新進監督だったが、撮影の舞台裏は想像以上に過酷だったという。「74年の夏は、私にとって“人生最悪の夢”でした」と語ったスピルバーグは、予算の超過、スケジュールの遅延、そしてロボットのサメがうまく動かないというトラブルに見舞われていたことを明かしている。

普通なら、マーサズ・ヴィニヤードの夏は夢のような時間です。でも、私にとっては完全にその逆でした」とスピルバーグは振り返る。原作小説の映画化にあたり、リアルな恐怖を追求したスピルバーグは、本物の海でサメを泳がせることにこだわったが、それがさまざまな困難を招いたという。

“これが最後の監督作になる”と覚悟していた

スピルバーグは今回の映像メッセージの中で、当時いかに現場の混乱が深刻だったかを改めて明かしている。「私たちは全員若く、何も準備ができていなかった」と語るように、撮影は想定を大きく超えて難航した。

なかでも最大の難関となったのが、機械仕掛けのサメだった。海水に弱く、制御も難しいこの“出演者”について、スピルバーグは「これまで一緒に仕事をしたどの俳優よりも気難しかった」と冗談めかして語っている。悪天候や機材トラブルも重なり、当初55日だった撮影スケジュールは159日に延び、予算は約3倍に膨れ上がった。

撮影中は本気で思っていた。『ジョーズ』は、自分が監督を任される最後の映画になるだろう、と」と、スピルバーグは当時の不安を率直に打ち明けている。それでも撮影は続けられ、数々の困難を乗り越えて完成に至った。

世界中の観客が“浮き輪”を投げてくれた

度重なるトラブルに見舞われながらも完成した『ジョーズ』は、1975年の公開とともに爆発的な成功を収めた。全米で空前の観客動員を記録し、やがて世界中に“サメ映画ブーム”を巻き起こす。スピルバーグは「1975年、観客が私に“浮き輪”を投げてくれた」と表現し、自身のキャリアがあの夏で終わらなかったことへの感謝をにじませた。

成功の要因のひとつには、ジョン・ウィリアムズが手がけた音楽の力もある。わずか2音で恐怖をあおる印象的なテーマは、“見えない恐怖”という映画の本質と結びつき、観客の原始的な恐れを刺激した。

スピルバーグは「50年経った今でも、『ジョーズ』を作ったあの夏は、自分のキャリアの中でも最も圧倒的で、恐ろしく、そして報われた経験のひとつであることに変わりはない」と強調している。

【動画】スピルバーグが語る『ジョーズ』50周年の舞台裏(英語)

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