【映画レビュー『クィア/QUEER』『バロウズ』】今週末セットで楽しめる2本- ダニエル・クレイグ主演作と、元となった作家の物語に共通する“フィクションな現実”

『クィア/QUEER』© Yannis Drakoulidis REVIEWS
『クィア/QUEER』© Yannis Drakoulidis

異色の天才作家の世界へと誘う2作品が、本日5月9日(金)、示し合わされたようなタイミングで日本公開を迎えた。『クィア/QUEER』は、文学界の異端児ウィリアム・S・バロウズの自伝的小説を原作に、『君の名前で僕を呼んで』のルカ・グァダニーノ監督が放つ渾身の最新作だ。『007』シリーズでも知られるダニエル・クレイグが、1950年代のメキシコシティを彷徨う中年男性リーを体現。若い青年への執着と欲望、そしてドラッグによる救いを求め続ける姿を鮮烈に描き出す。

一方の『バロウズ』は、その原作者自身の生涯に迫った貴重なドキュメンタリー。1983年に制作されたこの作品が、デジタルリマスター版として新たな輝きを放っている。このタイミングでの同時公開は、まるで双子の鏡のように互いを照らし出す。単体でも十分に魅力的な2作だが、セットで鑑賞することで、より深いバロウズ・ワールドへの没入体験が約束されるだろう。

狂気と創造性の源泉を紐解くドキュメンタリー

ウィリアム・S・バロウズの名を聞けば、デヴィッド・クローネンバーグ監督が映像化した狂気と幻想に満ちた「裸のランチ」を思い浮かべる映画ファンも多いだろう。不気味な昆虫のイメージや、ドラッグによって歪められた現実認識が織りなす独特の世界観は、他の追随を許さない唯一無二の作風として文学史に刻まれている。

【動画】『バロウズ』予告編

ドキュメンタリー『バロウズ』では、そのような奇想天外な創作の源泉や執筆プロセスが、本人の家族や、フランシス・ベーコン、パティ・スミスといった著名人含む、作家本人と親交のあった人々の生々しい証言によって明らかにされる。驚くべきは、一見すると荒唐無稽に思える彼の作品群が、実は徹底して自身の体験に根ざしているという事実だ。常習的なドラッグ依存、最愛の息子との死別、そして酩酊状態での悲劇的な「ウィリアム・テル・ゲーム」で内縁の妻を誤って射殺してしまうという痛ましい事件—バロウズの破天荒な人生は、小説よりも奇なる展開の連続だった。

現実とフィクションの境界が曖昧になるほどの激動の生涯を送った彼だからこそ、文学と人生が不可分に結びついた独自の表現世界を構築できたのだろう。本作は過剰なセンセーショナリズムに傾くことなく、バロウズの真の人間性と不屈の創造精神に焦点を当て、その本質に迫っていく。作家としてだけでなく、一人の複雑な人間としてのバロウズの全体像を捉えようとする姿勢が、観る者に新たな理解と共感をもたらしてくれる。(音響を『コーヒー&シガレッツ』『パターソン』のジム・ジャームッシュが務めている点も注目だ)

グァダニーノ監督とダニエル・クレイグが描く欲望と孤独の風景

さて、そんなバロウズが自分の人生をもとに書いた「クィア」は、1950年代初頭に書かれたものの、同性愛に強く踏み込む内容のため当時の社会的な風潮から出版が見送られ、1985年に初めて出版された名著。そんな今作を映画化したのが今回の『クィア/QUEER』だ。グァダニーノ監督は『君の名前で僕を呼んで』以来久々に同性愛をテーマに夏を描くが、今回は少年ではなく中年男性の内面に光を当てる。『君の名前で〜』の繊細さは残しつつも、その後の『サスペリア』『ボーンズ アンド オール』で培った過激さや狂気、そして『チャレンジャーズ』での実験的な映像語法も活かされた、まさにグァダニーノ監督の集大成ともいえるのが本作である。

『クィア/QUEER』© Yannis Drakoulidis

『クィア/QUEER』© Yannis Drakoulidis

監督はただ物語を語るのではなく、主人公リーの孤独や欲望に満ち、理想と現実がかけ離れた日々をどこかフィクション的な浮遊感をもって観客に体験させる。たとえばメキシコシティのセットをイタリア・ローマのセットで撮影し、あえてどこか“セット撮影”を感じさせる世界観。また、1950年代を舞台にしながらあえて1990年代に世界を熱狂させたニルヴァーナの音楽を流すちぐはぐ感。そんな細かい違和感で今作を「リアルで繊細ながら、浮世離れしたフィクション」に仕上げている。

『クィア/QUEER』© Yannis Drakoulidis

『クィア/QUEER』© Yannis Drakoulidis

作品を底から支えているのは、『チャレンジャーズ』でもグァダニーノ監督と組んだトレント・レズナー&アッティカス・ロス。ふたりの卓越した音楽は、前半と後半で作風すらガラッと変わる大胆な本作の構成に見事な一本の芯を通している。

そして今作をさらに一段階上に押し上げたのがダニエル・クレイグの演技だ。中年クィア男性の孤独と欲望を宿した複雑な内面を、表情をあまり変えずに描き切る表現力は、これまでも「真剣ながらどこか滑稽」なキャラクターを自分のものとしてきたダニエル・クレイグならではの表現力。彼が体現するリーの眼差しには、言葉にならない痛みと憧憬が同居し、心に長く残る余韻を生んだ。

ふたつの作品が照らし出す、ひとつの魂

物語と現実が不思議に交錯する『クィア/QUEER』と、その原点となる魂に迫る『バロウズ』——この2作品は、単なる映画としての鑑賞体験を超え、20世紀文学の異端児が残した創造の軌跡を多角的に映し出す貴重な機会となるだろう。グァダニーノ監督の繊細かつ大胆な演出とダニエル・クレイグの圧巻の演技が光る『クィア』、そして作家の素顔に迫るドキュメンタリー『バロウズ』。互いに響き合い、深め合うこの二作品が、5月9日(金)より日本公開。文学と映画の境界を越えた特異な体験に、ぜひ身を委ねてみてほしい。

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