映画『あの歌を憶えている』が2月21日(金)に公開。記憶を失っていく男性と、消し去りたい記憶を抱える女性—。奇しくも“記憶”という重荷を背負った男女の出会いを通じて、現代社会に潜む孤独と、それを癒やす人との絆を描き出す珠玉のヒューマンドラマが誕生した。
『あの歌を憶えている』予告編
『あの歌を憶えている』あらすじ
世間を恐れていたふたりの心の殻は、ゆっくりと溶けていくー
ソーシャルワーカーとして働き、13歳の娘とNYで暮らすシルヴィア。若年性認知症による記憶障害を抱えるソール。それまで接点もなかったそんなふたりが、高校の同窓会で出会う。家族に頼まれ、ソールの面倒を見るようになるシルヴィアだったが、穏やかで優しい人柄と、抗えない運命を与えられた哀しみに触れる中で、彼に惹かれていく。だが、彼女もまた過去の傷を秘めていた─。
溶けゆく記憶と消せぬ記憶の交差
原題『Memory』が示す通り、本作は“記憶”という目に見えない重荷を背負った男女の出会いから始まる。少女時代のトラウマに今なお苛まれるシルヴィア(ジェシカ・チャステイン)と、若年性認知症により日々の記憶が失われていくソール(ピーター・サースガード)—。残された記憶と消えていく記憶という正反対の苦しみを抱えた二人が、互いの孤独に触れることで、凍てついた心が少しずつ溶けていく様を描く。

『あの歌を憶えている』©DONDE QUEMA EL SOL S.A.P.I. DE C.V. 2023
揺らぐ家族の信頼関係
本作が鋭く切り込むもう一つのテーマが、崩れた家族の信頼関係だ。シルヴィアが抱える深い傷は、幼い日の悲痛な叫びを「作り話」と一蹴した親の無理解に由来する。トラウマとなった記憶は、時を経た今もなお彼女の日常に暗い影を落とし続け、家族という存在そのものへの根深い不信感となって染みついている。一方のソールは、進行する認知症によって家族からの信頼を失い、一人の人間としての尊厳さえ危うくなっていく。その姿からは、自立を阻まれることへの静かな不安と行き場のない怒りが透けて見える。

『あの歌を憶えている』©DONDE QUEMA EL SOL S.A.P.I. DE C.V. 2023
魂の共鳴を捉えた演技陣と円熟の演出
安易な解決を許さない重いテーマでありながら、本作の真骨頂は、傷を抱えた魂の触れ合いを繊細に描き出す手つきにある。誰にも理解されない孤独を生きる者だからこそ、互いの痛みに共鳴し、そっと寄り添うことができる—。日常に漂う諦念の眼差しが、相手の前でだけ見せる僅かな温もりへと溶けていく瞬間を、ジェシカ・チャステインとピーター・サースガードは圧倒的な説得力で体現する。特にチャステインは、トラウマを抱えながらも他者への共感を失わない繊細な内面を、静謐な演技で表現し切った。さらに、シルヴィアの母親役で印象的な存在感を示すジェシカ・ハーパーは、自己正当化に凝り固まった”理解のない親”の姿を、痛々しいまでにリアルに描き出している。
メキシコの鬼才ミシェル・フランコは、死に向き合う人々の静謐なドラマを描いた『ある終焉』から、母性という社会の神話を打ち砕きにかかった『母という女』、そして格差社会の闇と暴走を容赦なく暴いた『ニューオーダー』まで、揺らぐ現代社会の深層を独自の視点で抉り出してきた作家だ。本作でもその冷徹な観察眼は健在でありながら、記憶と家族という普遍的なテーマに、かつてない温かな光を投げかけることに成功している。それは、傷ついた魂の行方を見つめ続けてきた監督が到達した、新たな円熟の境地と言えるだろう。

『あの歌を憶えている』©DONDE QUEMA EL SOL S.A.P.I. DE C.V. 2023
『あの歌を憶えている』は2月21日(金)より全国公開。誰もが抱える”記憶”という名の重荷。それは時に私たちを苦しめ、時に支えとなる。本作は、その両義性を見つめながら、傷ついた心が癒やされていく過程を、驚くほど繊細に描き出すことに成功している。観る者の心に、長く余韻を残す1作となるだろう。



作品情報
タイトル:『あの歌を憶えている』
原題:Memory
監督・脚本:ミシェル・フランコ
出演:ジェシカ・チャステイン、ピーター・サースガード、メリット・ウェヴァー、ブルック・ティンバー、エルシー・フィッシャー、ジェシカ・ハーパー
公開:2025年2月21日(金)より新宿ピカデリー、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国公開
©DONDE QUEMA EL SOL S.A.P.I. DE C.V. 2023
配給:セテラ・インターナショナル
公式サイト:https://www.memory-movie-jp.com
