映画『NOPE/ノープ』(2022)を紹介&解説。
映画『NOPE/ノープ』概要
映画『NOPE/ノープ』は、ジョーダン・ピール(『ゲット・アウト』『アス』)が監督・脚本・製作を務め、カリフォルニアの牧場上空に現れた謎の存在をめぐる恐怖を描いたSFホラー。UFO映画、怪獣映画、西部劇、家族ドラマを掛け合わせながら、未知のものを撮影して利益や名声に変えようとする人間の欲望、見世物を消費する社会、ハリウッドから取り残された人々の歴史を浮かび上がらせる。主演は『ゲット・アウト』でもピール監督と組んだダニエル・カルーヤ。共演にキキ・パーマー、スティーヴン・ユァン、ブランドン・ペレア、マイケル・ウィンコットら。
作品情報
| 日本版タイトル | 『NOPE/ノープ』 |
|---|---|
| 原題 | Nope |
| 製作年 | 2022年 |
| 本国公開日 | 2022年7月22日 |
| 日本公開日 | 2022年8月26日 |
| ジャンル | SF/ホラー/スリラー/西部劇 |
| 製作国 | アメリカ |
| 原作 | 無 |
| 上映時間 | 131分 |
| 監督・脚本 | ジョーダン・ピール |
|---|---|
| 製作 | イアン・クーパー/ジョーダン・ピール |
| 製作総指揮 | ロバート・グラフ/ウィン・ローゼンフェルド |
| 撮影 | ホイテ・ヴァン・ホイテマ |
| 編集 | ニコラス・モンスール |
| 作曲 | マイケル・エイブルズ |
| 出演 | ダニエル・カルーヤ/キキ・パーマー/スティーヴン・ユァン/ブランドン・ペレア/マイケル・ウィンコット/キース・デヴィッド |
| 製作 | ユニバーサル・ピクチャーズ/モンキーポウ・プロダクションズ |
| 配給 | ユニバーサル・ピクチャーズ(アメリカ)/東宝東和(日本) |
あらすじ
カリフォルニア州アグア・ドゥルセで、映画やテレビの撮影に使われる馬を育ててきたヘイウッド家。牧場主のオーティス・ヘイウッド・シニアは、空から降ってきた異物を受けて突然命を落とす。当局は航空機から落下したものと推測するが、息子のOJは父の不可解な死に疑問を抱いていた。
父の死後、牧場を引き継いだOJは、明るく社交的な妹エメラルドと共に苦しい経営を立て直そうとする。やがて牧場の馬が異常な反応を示し、周辺では停電や奇妙な音が相次ぐようになる。上空に謎の飛行物体が潜んでいると考えた兄妹は、その姿を鮮明な映像に収めれば世界的な注目を集められると計画。家電量販店の店員エンジェルらを巻き込み、決定的な一枚を撮影しようとするが、空にいる“何か”は人間の想像をはるかに超えた脅威だった。
主な登場人物(キャスト)
オーティス・“OJ”・ヘイウッド・ジュニア(ダニエル・カルーヤ):父から牧場と、映画撮影用の馬を調教する家業を受け継いだ青年。口数が少なく、人間とのコミュニケーションは得意ではないが、動物の習性や危険を察知する能力に優れている。牧場上空で起きる異変を調べ始める。
エメラルド・“エム”・ヘイウッド(キキ・パーマー):OJの妹。俳優、歌手、スタント、バイクなど多くの仕事に関心を持つ、明るく野心的な人物。謎の飛行物体を撮影して一獲千金と名声を得ようと提案し、消極的な兄を計画に巻き込んでいく。
リッキー・“ジュープ”・パーク(スティーヴン・ユァン):ヘイウッド牧場の近隣にある西部劇テーマパーク“ジュピターズ・クレーム”の経営者。元人気子役で、幼少期に出演していたシットコム「ゴーディーズ・ホーム」の撮影現場で凄惨な事件を経験している。過去の悲劇すら見世物として扱い、上空の異変を利用したショーを企てる。
エンジェル・トーレス(ブランドン・ペレア):家電量販店で働く技術スタッフ。監視カメラを設置するためヘイウッド牧場を訪れ、兄妹の計画に気づく。UFOへの強い関心から調査に加わり、撮影作戦を技術面から支える。
アントラーズ・ホルスト(マイケル・ウィンコット):高い評価を得ているベテラン撮影監督。名声や金銭よりも、誰も見たことのない“不可能な映像”を撮ることに執着している。OJたちは上空の存在を撮影するため、彼に協力を求める。
オーティス・ヘイウッド・シニア(キース・デヴィッド):OJとエメラルドの父で、映画撮影用の馬を扱うヘイウッド・ハリウッド・ホースの牧場主。空から降ってきた異物によって命を落とし、その死が物語の発端となる。
作品の魅力解説
空を見上げる行為を恐怖へ変えるSFホラー
本作は、長年にわたって人々の好奇心を刺激してきた“未確認飛行物体”を、畏怖と恐怖が入り混じる「最悪の奇跡」として描いている。広大な青空、動かない雲、突然途絶える電力、どこからともなく響く音など、日常的な風景の中に小さな異変を積み重ね、空を見上げるだけで身構えてしまう緊張感を生み出した。
謎の存在は、古典的な空飛ぶ円盤を思わせるシルエットと、生物のように有機的な動きを併せ持つ。正体が見えない段階の不気味さから、その全貌が露わになる場面の壮大さまで、得体の知れなさ、格好よさ、恐ろしさが共存する独創的なデザインとなっている。SFホラーにおける新たな象徴的存在を作り出した点は、本作最大の見どころのひとつだ。
“バズらせたい”という欲望とスペクタクルへの依存
OJとエメラルドが目指すのは、謎の存在から逃げることではなく、それを誰にも否定できない映像に収めることだ。人間誰しも好奇心や“怖いもの見たさ”はある。しかし、それが行き過ぎた野次馬精神や、注目を集めることを最優先する価値観と結びつけば、重大な危険を前にしてもカメラを止められなくなる。
ジョーダン・ピール監督は本作について、人間の“スペクタクルへの依存”と、その収益化を題材にしたと説明している。未知の現象、事故、暴力、動物、トラウマまでも見世物に変えてしまう登場人物たちの姿は、刺激的な映像が瞬時に拡散される現代社会と重なる。タイトルの「NOPE」は、恐ろしいものを見た観客が思わず漏らす拒絶の言葉であると同時に、危険を前にして「これは踏み込んではいけない」と判断できるかを問いかける言葉にも聞こえる。
人間は自然を完全に支配できるのか
劇中で繰り返されるのが、動物や未知の存在を人間の都合に合わせて制御しようとする行為だ。OJは馬を支配するのではなく、視線、音、縄張りといった習性を理解したうえで接する。一方、撮影現場やショービジネスでは、動物が人間の期待どおりに動くことを当然のように求められる。
そのテーマを象徴するのが、元子役ジュープの記憶に刻まれたチンパンジー“ゴーディ”の事件である。「ゴーディーズ・ホーム」の撮影中、風船の破裂音に驚いたゴーディは暴走し、出演者たちに襲いかかる。これは特定の実話をそのまま再現したエピソードではないが、2009年にアメリカで起きたチンパンジーによる襲撃事件など、現実に人間が野生動物を娯楽や愛玩の対象として扱った末に起きた惨事を想起させる。
ジュープは事件の生存者でありながら、自分だけは危険な存在と特別な関係を築けると信じてしまう。過去の偶然を“選ばれた証拠”と解釈する彼の姿は、自然を理解したことと、自然を支配できることを混同する人間の傲慢さを示している。
映画史から消された人々の存在を取り戻す物語
エメラルドは、エドワード・マイブリッジが19世紀に撮影した馬の連続写真に写る黒人騎手を、ヘイウッド家の祖先だと語る。これは映画のために作られた設定だが、マイブリッジの連続写真が映画史の出発点のひとつとして知られる一方、そこに写った騎手の存在がほとんど語られてこなかったという歴史を踏まえている。
発明家や撮影者の名前は残っても、カメラの前にいた黒人の名前は残らない。本作はそんな映画史の空白に架空の家族史を与え、ヘイウッド兄妹を“最初の映像に写った人物”の末裔として物語の中心に据える。「誰にも撮れなかったものを撮る」という兄妹の挑戦は、金銭やバズだけでなく、映画史から見落とされてきた一族が「自分たちはここにいる」と証明する行為にもなっている。
風船、衣装、聖書――多角的に読み解けるモチーフ
物語の冒頭には、旧約聖書「ナホム書」3章6節の一文が掲げられる。そこでは、汚れを投げつけられた者が辱められ、“見世物”にされることが語られている。人間が未知の存在を見世物にしようとする一方、人間自身もまた無残な見世物へ変えられていくという、本作全体の構造を示す引用だ。
さらに、ゴーディを刺激する風船、テーマパークを彩る派手な装飾、ジュープの赤いカウボーイスーツ、撮影現場で求められる動物の従順さなど、一見すると独立している要素が“見られること”と“見せること”のテーマでつながっていく。偶然起きた異常な出来事を奇跡や運命として解釈する心理も描かれており、細部を拾うほど多角的な考察が広がる作品である。
IMAX撮影と音響が生み出す圧倒的な空の質感
撮影監督は、『インターステラー』『ダンケルク』『TENET テネット』などを手がけたホイテ・ヴァン・ホイテマ。65ミリフィルムとIMAXカメラを活用し、西部劇を思わせる牧場の風景と、その上に広がる巨大な空を映像の主役として捉えている。一部の夜間場面では、暗闇の中でも地形や雲を視認できる独自の撮影技術が開発された。
VFXチームは空そのものをデジタルで再構築し、実際の高度や風速を踏まえて雲の動きを設計した。大規模なVFXでありながら加工された映像に見えにくく、現実の空の中に異常な存在が潜んでいる感覚を生み出している。
音響面では、風や馬の声、機械が停止する音、遠くから届く悲鳴、そして突然訪れる静寂を利用し、姿が見えない脅威の位置と動きを伝える。マイケル・エイブルズの音楽も、未知のものを前にした畏怖と恐怖を行き来し、SF映画らしい壮大さとホラーの不穏さを両立させている。
ライター/エディター/映画インスタグラマー。2019年に早稲田大学法学部を卒業。東京都職員として国際業務等を経験後、ライター業に転身。各種SNS(Instagram・X)やYouTubeチャンネル「cula 見て聞く映画マガジン(旧:アルテミシネマ)」においても映画や海外ドラマ、音楽といったカルチャーに関する情報レビューを発信している。
