【映画レビュー『バックルームズ』】ネットの片隅から生まれた黄色い迷宮、答えがないからこそどこまでも考え続けられる新時代のホラー

『バックルームズ』日本公開初日から16分の劇場限定スペシャル映像を追加上映 世界44か国初登場1位の話題作にA24コメント到着 Film Review
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新作映画『バックルームズ』 を紹介&解説するレビュー。


見慣れたはずの日常の、すぐ裏側。そこに出口の見えない黄色い迷宮が口を開けていたとしたら——。インターネットの片隅で生まれ、無数の断片映像として世界中の想像力をざわめかせてきた都市伝説「バックルームズ」が、ついに一本の長編映画として結実した。9月4日(金)に日本公開を迎える『バックルームズ』は、世界の仕組みにも怪異の正体にも明快な答えを与えないまま、観る者の思考を果てしなく手繰り寄せていく、掴みどころのないホラーである。

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映画『バックルームズ』レビュー

YouTube時代だから生まれた「観客も物語を作る」ホラー

物語の楽しみ方は、語り手が用意したストーリーを最初から最後まで受け取ることだけに尽きるわけではない。断片的な映像や曖昧なまま投げ出された設定を手渡され、受け取り手自身が「これは何なのか」と想像をめぐらせ、考察を重ねる——その過程そのものを味わうタイプのコンテンツもまた、インターネットとYouTubeの普及とともに、ひとつの確固たる文化として根を張っていった。

『バックルームズ』は、まさにその土壌から立ち上がってきた映画である。ケイン・パーソンズは、ファウンドフッテージや監視カメラの記録を思わせる断片をYouTube上で少しずつ積み重ね、“バックルームズ”という世界を育て上げてきた。

長編映画となった本作にも、そのDNAは色濃く受け継がれている。

世界の成り立ちから怪異の正体に至るまで、観客に明快な答えを差し出す作品ではない。だからこそ、観終えたあとに「あれは何だったのか」「この空間は何を表しているのか」と反芻し始めたときに、本作は俄然おもしろくなる。

裏を返せば、物語の側から明快な意味や結論が提示されることを望む観客にとっては、どこまでも掴みどころのない奇妙な一作と映るかもしれない。作品から答えを受け取る映画というより、作品を素材として、自分自身の手で答えを組み立てていく映画といえる1作だ。

「質の悪いAI生成画像」のような世界が最高に気味悪い

そして何より魅力的なのが、バックルームズそのもののデザインである。

黄色い壁紙。規則正しく並んだ蛍光灯。ホテル、オフィス、家具店、学校——人間なら誰しも、どこかで一度は目にした気がする部屋の数々。それでいて、扉のあるべき位置がずれていたり、家具が床や壁に溶け込むように融合していたり、空間と空間のつながりが微妙に狂っていたりする。

まるで、質の悪いAI生成画像をそのまま現実へ引き写してしまったかのような不気味さだ。もちろん、本作に関しては最大級の褒め言葉である。

まったく理解の及ばない異世界よりも、「知っているはずなのに、何かが決定的に違う」空間のほうが、はるかに恐ろしい。人間の脳は、見慣れたものを無意識に補完して理解しようとする。だからこそ、その補完がうまく噛み合わない微妙なズレが、強烈な違和感となって現れるのだ。

本作(長編映画版)では、約3万平方フィートにも及ぶバックルームズのセットが実際に建て込まれたという。全篇をCGで構築した世界ではないにもかかわらず、画面を通して眺めると、それはどこか「現実をうまく再現しきれなかった人工物」のように見えてくる。現実そのものを“不気味の谷”へと引きずり込んだようなこの感覚こそ、本作ならではの恐怖の源泉である。

同じことは、クリーチャーの造形についても言える。一見すると粗いCGで作られたような異形の姿は、見方を変えれば、人間の曖昧な記憶や想像を雑に継ぎ接ぎして立ち上げた存在のようでもある。その不完全さは、この世界に不思議とよく似合っているのだ。

バックルームズは「逃げ込みたい場所」なのか

では、“バックルームズ”とは結局のところ何なのか。現実の人生に行き詰まったクラークが、偶然見つけたこの異空間へ次第に引き寄せられていく様を見れば、現実から逃れたい人間を誘い込み、やがて呑み込んでしまう場所として読むこともできる。

あるいは、人間が忌み嫌う自分自身の姿、理想として思い描いた幻想、幼少期の記憶、忘れたはずの風景——それらがすべて混ざり合い、不完全なまま再構成された精神世界のようにも見える。

何気ない家具や部屋が異様な配置で立ち現れ、やがて人間の記憶までもがその空間へと入り込んでいく本作には、こうした心理的な読み解きを誘う仕掛けがいくつも仕込まれている。しかも、そのどれかひとつだけが正解だとは決して感じさせない。

「現実逃避の空間」「記憶の迷宮」「自己嫌悪の具現化」——いくつもの解釈が同時に成立してしまうこの曖昧さこそが、“バックルームズ”という題材の底知れぬ面白さなのだろう。

一番怖いのは「何の意味もない」ことかもしれない

しかし、本作でもっとも不気味な可能性は、“バックルームズにそもそも何の意味もないのかもしれない”という点かもしれない。パーソンズ自身、バックルームズを本来的な目的を備えた世界としてではなく、霊的なものや道徳的な裁きとも無縁の、ある種の「自然現象」に近いものとして捉えてきたと語っている。

人間は、自分が存在する意味を、他者と出会った意味を、何かが起きる意味を、つい探し求めずにはいられない。だからこそ、黄色い廊下がどこまでも延びていれば、「誰が作ったのか」「なぜ存在するのか」「自分に何を伝えようとしているのか」と問わずにはいられなくなる。ところがバックルームズは、これほど意味ありげな姿をまといながら、ただそこに発生しているだけの現象にすぎないのかもしれない。

意味がありそうで、意味がない。意味がないように見えて、やはり何かがあるのかもしれない。その境界が永遠に確定しないことこそ、『バックルームズ』最大の恐怖なのではないだろうか。

考えてみれば、人間自身だって、この世界に発生したひとつの現象にすぎないのかもしれない。人生に意味があるのではなく、起きた出来事や生きてきた時間に対して、後から人間が勝手に意味を与えているだけとも考えられる。無機質な黄色い部屋の迷宮から、そんな実存的なところまで想像を広げられる。答えがないから物足りないのではなく、答えがないからこそ、どこまでも考え続けられる。それこそが、インターネットの片隅で生まれたバックルームズが長編映画になっても失われなかった、一番大きな魅力なのだと思う。

考えてみれば、人間自身もまた、この世界にたまたま発生したひとつの現象にすぎない。人生にあらかじめ意味が備わっているのではなく、起きた出来事や生きてきた時間に対して、人間が後から勝手に意味を与えているだけ——そう考えることもできる。無機質な黄色い部屋の迷宮は、こうした実存的な問いにまで想像を差し向けてくる。

答えが与えられないから物足りないのではない。答えが与えられないからこそ、どこまでも考え続けることができる。それこそが、インターネットの片隅で産声を上げたバックルームズが、長編映画となってもなお手放さなかった、最大の魅力なのだと感じる。

『バックルームズ』は9月4日(金)公開。

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