【インタビュー『死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ』キリル・セレブレンニコフ監督】“戦争の種”を心に宿してはならない-冒頭シーンに込めた皮肉な意図も説明

【インタビュー『死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ』キリル・セレブレンニコフ監督】“戦争の種”を心に宿してはならない-冒頭シーンに込めた皮肉な意図も説明 INTERVIEWS
キリル・セレブレンニコフ監督

『死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ』キリル・セレブレンニコフに独占インタビュー。


アウシュヴィッツで”死の天使”と呼ばれたナチスの医師ヨーゼフ・メンゲレ。その戦後の逃亡生活と内面の闇を描いた映画『死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ』が、2月27日(金)に日本公開を迎える。メガホンを取ったのは、『チャイコフスキーの妻』『リモノフ』などで知られるキリル・セレブレンニコフ監督。自身もロシアからの亡命を経験した鬼才は、この題材にどう向き合ったのか。culaは来日した監督に話を聞くことができた。

『死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ』キリル・セレブレンニコフ 独占インタビュー

来日ありがとうございます。何か観光地に行ったり日本食を楽しんだりはされましたか。

キリル・セレブレンニコフ(以下、セレブレンニコフ):来日は初めてではありませんが、今回は四国や九州を回ったり、日本の劇場を見たり、劇団の方々とお話をしたりしました。また、今後人形を使った舞台の予定があるため、それに合わせてさまざまなものを見て回る旅でもありました。日本に来ていろいろなインスピレーションを得ることは私にとって大切なことなので、今回は旅をしながらそれを主にやっていましたね。

本作を制作するきっかけとなったのは何でしょうか。なぜ今、この題材に向き合おうとされたのでしょうか。

セレブレンニコフ:映画がどういうきっかけで生まれるかというのは、なかなか一言では言えないものですが、今回はフランスの制作会社がこの原作を映画化する監督を探していたのが始まりです。私は原作に基づいて脚本を書き、提出したところ、最終的に選ばれ、この映画を作ることになりました。もともとこの原作を映画化したいという気持ちがあったわけではなかったのですが、話が持ちかけられたことで、自分の中でこの題材をどう表現できるかという課題が生まれ、大きな挑戦になりました。そして最終的に、この映画を作る権利を得たという形です。

セレブレンニコフ:やはり、ドイツ人ではない自分がドイツの歴史を描く--そもそもそんなことができるのかという大きな疑問がありましたが、最終的にはうまくいったと感じています。本当に大きな挑戦でしたね。メンゲレを描いた後なら、もうどんなキャラクターの物語でも作れるんじゃないかという自信が持てますよ(笑)

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キリル・セレブレンニコフ監督

原作や史実をもとに、どのように物語を描こうと考えましたか。

セレブレンニコフ:この映画をどう撮るべきかというのは、私にとって非常に難しい問題でした。実はこの話はかなり前からあったのですが、なかなか心の準備ができず、ずっと断っていたんです。しかし2022年にさまざまな出来事があり、自分自身もロシアからドイツに移住したことで、ようやくこの映画をどう作るべきかが見えてきました。

セレブレンニコフ:原作をどう変えたかについては、本来は企業秘密であまり公開できないものです。ただ唯一言えるのは、どういう映画にすべきかがなかなか定まらなかった中で、さまざまなことが起きてからようやく見えてきたということです。ロシアとウクライナの間で戦争が始まってから気づいたのは、戦争が起きたとき人間はどう変わるのか、心の中に戦争を抱え込んでしまったらどうなるのか、ということでした。映画を通してそれを語ること--それが今回の主なテーマになっています。メンゲレという人物の中の戦争は、実際の戦争が終わってもずっと続いている。そういう人間の心のありようを、今回表現したかったのです。

監督ご自身、ドイツに拠点を移すまでにいろいろな苦労をしたとお聞きしておりますが、その立場からナチス戦犯の史実を映画化するというのはどのような体験でしたか。

セレブレンニコフ:私自身がさまざまな経験をしてきたからこそ、語れることがあります。人間はどんなに大変な試練があっても、それを乗り越えれば前に進むことができますし、強くなれる。私はそうした経験があったからこそ今ここにいるのであり、だからこそ今回のような作品を作ることができたのだと思います。

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キリル・セレブレンニコフ監督

監督ご自身は、ヨーゼフ・メンゲレという人物をどのように捉えていますか。人間性についてどのような視点を持ちましたか。

セレブレンニコフ:私から見ると、彼は本当に普通の人でした。そこら辺の一般人とまったく変わらない人だったと感じています。彼の周囲にある恐ろしいオーラのようなものは、今のマスカルチャーが生み出したイメージであって、本人はごく普通の人間だった。だからこそ、そのイメージと現実がマッチしていない部分があると私は感じています。

主演のアウグスト・ディールさんとは、メンゲレ像を形づくるうえでどのような議論を重ねましたか。演出面で特に重視された点はどこでしょうか。

セレブレンニコフ:私はロシア人ですので、ドイツの歴史とはそこまで深い関わりがあるわけではありません。しかしアウグストはドイツ人ですから、この役は彼にとって非常に難しいものでした。

セレブレンニコフ:本作の特徴として、原作とは異なる点があります。カメラに映っている映像はすべてメンゲレの頭の中で起きていることなのです。つまり観客は彼の頭の中にいて、彼が考えたこと、思い出すことをすべて目の当たりにしている——そういう設定になっています。こうした構造を作ることによって、観客と主人公が一体化し、共感が生まれていくわけです。

セレブレンニコフ:アウグストとはさまざまな仕事をしてきましたが、どんな主人公を演じる場合でも、その人物がどれほどひどいことをしていても、人間性は必ず残っている。そうした共感を呼ぶ演出を毎回心がけています。メンゲレは歴史の中でひどいことをしてきた人物ですが、それをどう表現するか。観客が彼を少しでも理解できるようになるのか——そういったことをアウグストといろいろ議論しながら作り上げていきました。

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キリル・セレブレンニコフ監督

メンゲレの視点でその映像としては、コントラストが際立っているモノクロ映像だったり、カラー映像だったりとシーンごとの対比が印象的でした。撮影や色使いの演出におけるこだわりなどはありますか。

セレブレンニコフ:今回の映像を作るうえで非常に重要だったのは、戦争が終わった後の彼の生活と、アウシュヴィッツで起きていたことの差を見せることでした。カラー映像を使うことで、彼の中ではアウシュヴィッツでの日々が人生で最も良い時期だった--彼なりにそのときは幸せだったということを表現したかったのです。戦争が終わった後の彼の生活は、日々ストレスと恐怖に怯えるものでしたから、その落差を映像でどう生み出すかを意図的にいろいろと考えました。そこから、白黒のサスペンスの雰囲気とカラーのフラッシュバックを対比させるという手法が生まれたのです。

映画では息子のロルフも重要人物でした。彼を通してどのようなことを描きたかったのでしょうか。

セレブレンニコフ:原作とは異なり、本作では父親と息子が対話するという要素が非常に重要になっています。これは私が一から考えたものです。

セレブレンニコフ:今の若い人たちはみな、自分の親に「なぜこういう世界を私たちが引き継がなければならないのか」「どうしてこういうことになってしまったのか」と問うべき時期にあると思うのです。今を理解するためには、過去をよく知ることがとても重要です。それを自分なりに考えていけば、さまざまな答えが生まれてくるでしょうが、今をよりよく理解するためにそうやって問い続けていくことが大切だと思います。

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キリル・セレブレンニコフ監督

セレブレンニコフ:歴史に対してはふたつのアプローチがあると思います。ひとつは、過去のことは過去として忘れよう、ひどいことがあってもなかったことにしようという考え方。そういう人は多いかもしれません。しかし私はその逆で、どんどん過去を問い、ひどいことがあってもそれを取り上げて、なぜこういうことが起きたのかを追及していく。それが私のアプローチです。

メンゲレを支えたり支援したりする立場の人物も登場しますが、本作を通して現代の観客にどのようなことを伝えたかったですか。

セレブレンニコフ:今回描きたかったのは、主人公個人が悪いということだけではなく、社会がシステムとして、過去にひどいことをした人間をかばう構造ができあがっているということです。金銭的に援助したり、罪を見逃したり--そういうシステムそのものがあってはならないと私は考えており、それを表現しようとしました。一個人としてのメンゲレのイメージは今やほとんど消えているのですが、彼自身はごく普通の人間に近い存在でした。しかしその周囲にシステムが出来上がり、メンゲレという個人が消えても、そのイメージがシステムの中で生き続けていく。それがこの映画の主要なテーマのひとつでもあります。

セレブレンニコフ:本作ではさまざまなテーマを取り上げていますが、私は映画を作る段階で自分なりに考え、表現しています。あとは観客それぞれが映画を観てどう感じるか、どんなメッセージを受け取るか。幅広い問題を問いかける作品ですので、実際に観て考えるきっかけにしてもらえればと思います。

セレブレンニコフ:ただ、一番重要なポイントがひとつあります。それは、戦争の種を自分の心の中に埋めてはいけないということ。これが本当に大切なことだと思います。

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キリル・セレブレンニコフ監督

セレブレンニコフ:たとえば私は(『バットマン』の)ジョーカーというキャラクターが好きです。彼は悪でありながらさまざまな感情を持ち、観客が共感できる場面もある。キャラクターとして非常に奥深く、面白い存在です。しかし、自分の中に戦争というものを入れてしまうと、もはや人への共感もできなくなり、本当に人間性を失ってしまう。だからこそ、戦争という悪を自分の中に取り込むことは絶対にしてはいけないと、私は強く思っています。

私個人的には、冒頭、メンゲレの骨格標本を現代の医大生が見ているシーンで始まるのが印象的でした。現代と過去をつなげるようなあのシーンの意図はどのようなものでしょうか。

セレブレンニコフ:まず表現したかったのは、彼の実際の運命です。メンゲレは亡くなった後、その遺骨は医科大学で保管され、実際に学生たちがそれを見て学んでいる。そのことをまず観客に伝えたかったのです。

セレブレンニコフ:皮肉にも、彼が人間として認めず差別していたユダヤ人や黒人など白人以外の人々が、彼の骨をもとに医学を学んでいるという事実なんです。ナチスにとって差別はアイデンティティの根幹であり、思想の主要な基盤でした。それが今やこういう状況になっているということを見せたかった。メンゲレの骨を、たとえば黒人の学生が手に取って自由に扱っている——そうなっているという現実を映し出したかったのです。

【インタビュー『死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ』キリル・セレブレンニコフ監督】“戦争の種”を心に宿してはならない-冒頭シーンに込めた皮肉な意図も説明

キリル・セレブレンニコフ監督

では最後に、日本でこれから本作を観る映画ファンに一言メッセージをお願いします!

セレブレンニコフ:日本に来られて、日本の皆さんに『死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ』を観ていただけることが本当に嬉しいです!ぜひ映画館で観てくださいね!

(インタビュー以上/取材・文:ヨダセア)


戦争が終わっても、人の心の中で戦争は続く——セレブレンニコフ監督がこの映画に込めたのは、歴史上の悪を他人事として片付けることへの静かな抵抗だ。過去を問い続けることでしか、今は理解できない。その切実なまなざしが、スクリーンの向こうから観客一人ひとりに注がれている。映画『死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ』は2月27日(金)より全国公開。

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