【映画レビュー『雌鶏』】逃げるニワトリの目に映る“人間社会”-同じように命は軽く、被支配層に自由はない

『雌鶏』より © Pallas Film 2025 film, still by DOP Giorgos Karvelas REVIEWS
『雌鶏』より © Pallas Film 2025 film, still by DOP Giorgos Karvelas

東京国際映画祭で上映された『雌鶏』を紹介&レビュー。

『雌鶏』概要

『雌鶏』は、全編を通して“ニワトリの視線”から物語が紡がれる、極めてユニークな作品だ。養鶏場から逃げ出した一羽のニワトリが、かつてレストランだった建物の中庭へと逃げ込み、束の間の安息を得る。しかし、そのニワトリが産む卵をめぐって人間たちの間で争いが勃発し、鶏自身が卵を守るための行動を行うことになる。

監督は『ハックル』(2002)や『タクシデルミア ある剥製師の遺言』(2006)などで知られるパールフィ・ジョルジ。本作ではCGIやAIに頼ることなく、動物トレーナーの指導のもと8羽の本物のニワトリを起用し、撮影が敢行された。

滑稽かつ皮肉な鶏ロードムービー

『雌鶏』より © Pallas Film 2025 film, still by DOP Giorgos Karvelas

『雌鶏』より © Pallas Film 2025 film, still by DOP Giorgos Karvelas

本作は、養鶏場で唯一の黒い羽を持つ個体として生まれた雌鶏が、システムからの脱出を図り、人間社会を渡り歩く姿を描いた意欲作である。鳥という生き物は実に不思議で、哺乳類ほどの知性を持つわけではないが、その仕草や見つめる瞳には時に明確な意図が宿っているように見え、またある時は何も考えていないようにも映る。

そうした鶏の視点から紡がれる物語は独特のシュールさを帯びており、コッココッコと鳴きながらキツネや車、人間から慌てて逃げ惑う姿は、リアルでありながらどこかキャラクター的でもあり、可愛らしさと滑稽さが入り混じった愉快な味わいを醸し出している。実際、上映中も鶏の仕草や物語の展開に、会場から笑い声が漏れていたほどだ。

移民やマイノリティへのメタファー

『雌鶏』より © Pallas Film 2025 film, still by DOP Giorgos Karvelas

『雌鶏』より © Pallas Film 2025 film, still by DOP Giorgos Karvelas

しかし、本作には明白な意図が込められている。それは「不法移民やマイノリティに対する社会の扱いへのメタファー」だ。劇中には不法移民と思しき人々が実際に登場し、その寓意はより鮮明になる。

追われ、捕らえられ、閉じ込められ、そして脱出する。だが逃げた先に幸福な人生が待っているわけではない。それでも移民同士のささやかな交流は続き、子供たちは生まれ、数を増やしていく。たとえその先に幸せな人生が保証されていないとしても。

命の軽さ、なぜ生まれるのか

『雌鶏』より © Pallas Film 2025 film, still by DOP Giorgos Karvelas

『雌鶏』より © Pallas Film 2025 film, still by DOP Giorgos Karvelas

移民たちの命がいかに軽んじられ、いかに粗末に扱われているか。捕らえておきながら、彼らの怪我や生死に誰も関心を払わない。そうした移民への社会の冷淡さは、劇中の鶏への扱いにそのまま投影されている。産めよ増やせよと生産される卵やひよこは、システマティックに放り出され選別され、鶏が死ねば機械的に処理されるだけだ。なぜこの世に産み落とされ、なぜ増え続けるのか……。

当初は半ばシュールでファニーな作風に映るかもしれないが、物語が進むにつれ、移民と鶏の姿が重なり合い、この世を生きる被支配者たちの苦しみが次第に浮かび上がってくる。観る者に深く考えさせる、そんな一作であった。

作品情報

タイトル:『雌鶏』
監督・脚本:パールフィ・ジョルジ
脚本:ルットカイ・ジョーフィア
撮影:ジョルゴス・カルヴェラス
音楽:スーケ・サボルチ
編集:レムヘーニ・レーカ
美術:コンスタンディノス・ザマニス
出演:ヤニス・コキアスメノス、マリア・ディアコパナヨトゥ、アルギリス・パンダザラス
2025年/ギリシャ・ドイツ・ハンガリー/96分
© Pallas Film 2025 film, still by DOP Giorgos Karvelas

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