偏屈で孤独を好む60歳の男が、隣人の死をきっかけに人生の奥底に眠っていた好奇心を取り戻していく――。メキシコ・グアダラハラを舞台に描かれる映画『マルティネス』が、8月22日(金)に日本公開となった。今回culaでは、本作の監督を務めたロレーナ・パディージャと主演のフランシスコ・レジェスに、本作に込めた想いや人物造形の背景についてオンラインインタビューで話を聞いた。
『マルティネス』ロレーナ・パディージャ監督&フランシスコ・レジェス インタビュー
まずメキシコ事情にあまり詳しくない日本の映画ファンのために、メキシコ、そしてグアダラハラという街の風土や人々について教えていただけますか。
ロレーナ・パディージャ監督(以下、パディージャ監督):メキシコの中でもこのグアダラハラは2番目に大きくて重要な街として知られています。文化的には、少し保守的なところがある街だという気がします。最も知られている首都メキシコシティと比べると大きく趣が異なる街ですね。私は映画を作るにあたって、自分の街であるグアダラハラの通りや食べ物、家やオフィスを背景やシーンに活用することを非常に重視しています。

ロレーナ・パディージャ監督
パディージャ監督:今回グアダラハラを舞台に映画を撮影してみて、興味深い発見がありました。グアダラハラもれっきとしたメキシコの大都市の一つなのですが、映画を観た多くの人から『メキシコというよりチリみたい』『ウルグアイやアルゼンチンっぽい』といった感想をよく聞いたんです。これは、一般的にメキシコに対して持たれているイメージが、他の映画作品から形成された特定のものだからなのでしょうね。私がこの映画で描いたのは、大都市の洗練された街というより、あくまでメキシコの中流階級の日常生活なのです。意外に保守的な面はあるグアダラハラですが、とてもいい場所ですよ。
お二人にお聞きします。そんなグアダラハラを舞台とした本作の主人公マルティネスは、チリ移民の男性ですね。お二人はこのキャラクターをどのように作り上げていったのでしょうか。
パディージャ監督:私自身はメキシコ人ですが、ここ10年ほどメキシコの外に住んでいたという経緯があります。合計5カ国、15ヶ所の町に移り住む経験をして、その中で私は“移民”でした。そのときに感じた孤独を活かしたことで、この映画におけるマルティネスというキャラクター像を膨らませることができました。それから、オンラインで初めてフランシスコさんとお話をしたときに、カミュの小説(『異邦人』か)の話になり、お互い「やっぱり移民ってこうだよね、こういう孤独を感じるよね」という話が弾んだのも思い出深いです。

主演フランシスコ・レジェス
フランシスコ・レジェス(以下、レジェス):マルティネスは一応チリから来た移民ですが、実は彼はこのグアダラハラで40年以上暮らし、お役所で勤め続けているという設定なんです。ということは、彼の「ずっとメキシコにいたい、この職場でずっと働きたい」というスタンスも見て取れますよね。ただ矛盾してるのは、「その割になかなか受け入れることができないものも多い」という点です。たとえば、新しく後任としてやってきたパブロがチリ人をからかうジョークを言いますが、それに対しても(マルティネスは)いらだってしまいます。本当はあれくらいの冗談はかわせなければなりません。新しい扉に対してオープンでいて、目の前にある新しいもの、新しい景色、新しい匂い、新しい音などを受け入れるということが、マルティネスには難しいのです。矛盾は抱えながらも、ここにずっといたいと思っている……そういう設定は頭の中で組み立てて演じていました。
そんなマルティネス役にフランシスコ・レジェスさんをキャスティングした決め手や、撮影現場でのフランシスコさんとのお仕事についてお話いただけますか。
パディージャ監督:まず自分の中にそのマルティネスに対して「こういう感じ」という具体的に描いていたものがありました。 そこで『ナチュラルウーマン』というフランシスコが出演していた映画を見て、「この人だ」と思ったのがキャスティングの一番の動機です。私は、俳優として脚本に書かれたことを演じるだけでなく、質問や会話を通してもっと奥深いところを演じられる俳優さんと一緒に仕事をするのがすごく好きで、それを彼の中に見ることができました。
パディージャ監督:それと、ティーザー映像をチリまで撮りに行きましたが、私のいきなりの申し出に対しても彼はとても優しく色々な要求に乗ってくれました。演技の部分だけではなく彼の人柄を通して、だんだんと「この人に任せて間違いないはずだ」という思いが膨らんでいき、映画撮影の中でもそれが確信に変わりました。

『マルティネス』© 2023 Lorena Padilla Bañuelos
フランシスコ・レジェスさん、マルティネスは60歳になって人生に大きな転機を迎えますね。“中高年になってから人生と改めて向き合う”ということについては、どう感じながら演じられましたか。
レジェス:非常に深い質問をありがとうございます。やはりこれぐらいの年になると、生きてきた時間よりも残された時間の方が少なくなってくるので、減っていく時間と反比例して不安が増えていくというのが普遍的な感覚だと思います。私はこの年齢になって「死ぬ前に、これまでできなかったことをたくさんしておきたい」と思うようになってきました。今回マルティネス役を演じるにあたって、そういった心の奥底にある感覚は非常に活かせたと思います。

レジェス:「中高年になってから自分と向き合うことについてどう感じるか」というご質問については、不安が募る反面、もっと自分の想像力を養える場所を心の中に作って、少し“遊び”を楽しむというか…私はそういう感覚を大切にするようにしています。今回この映画が(メキシコとは)まったく文化も異なり、長い歴史を持つ日本という国で上映されることになったのは、そういう考え方を伝えるという意味でも非常にいい機会だと感じています。
メキシコや南米出身の映画監督でいうと、ギレルモ・デル・トロ監督やA・キュアロン監督、A・ホドロフスキー監督、A・G・イニャリトゥ監督、パディージャ監督に近い世代ではミシェル・フランコ監督やアイザック・エスバン監督など、日本でも多くのクリエイターが注目されています。パディージャ監督が特に影響を受けたり、参考にしている映画監督はいらっしゃいますか。
パディージャ監督:私が一番好きな監督はフィンランドのアキ・カウリスマキ監督で、強い影響を受けてると思います。ほかにもアメリカの監督だと『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』のアレクサンダー・ペイン監督や、ミランダ・ジュライ監督(『さよなら、私のロンリー』)、イギリスだと『スーヴェニア 私たちが愛した時間』のジョアンナ・ホッグ監督にも影響を受けています。
パディージャ監督:それに、我々がいる中南米の監督だと、『ウィスキー』を撮ったウルグアイのフアン・パブロ・レベージャ監督からも影響を受けていると思います。フェルナンド・エインビッケ監督の『ダック・シーズン』も、『マルティネス』にすごくインスピレーションを与えてくれた作品です。
パディージャ監督:また、メキシコでもミシェル・ガルサ・セルベラ監督やアレハンドラ・マルケス・アベージャ監督(『グッド・ワイフ』)など新進気鋭の女性監督たちがいて、彼女たちが作るストーリーにも注目しています。私個人としてはすごくシンプルな小さなお話が好きで、たとえば日本の小津安二郎監督。『東京物語』は本当に大好きで、拝借したいテクニックが使われているなと思います。

たしかに今おっしゃっていただいたように、気まずい瞬間にクスリと笑ってしまうような、ビターだけどどこかコミカルな“小さな日常”にとても共感できる作品でした!最後にお二人から、本作を特にどういう人にこそ見てほしい作品か、このインタビューを読む日本の読者に一言メッセージを添えてお願いします。
パディージャ監督:まず「どういった層の方々に観ていただきたいか」に関してはもう、“皆さん”です!皆さん観てください!ただ、特に“2回目の人生”みたいなところに近づいてる方々には自分を投影して楽しんで観ていただけるのではないかと感じています。
パディージャ監督:これまで観てくださった方の反応でも、たとえば12歳の少年が鑑賞後に「僕はマルティネスだ」って言ってくれたり、ワシントンで見た50歳の方が「僕はマルティネスに近い人間だ」と伝えてくれたり…最終的に(マルティネスは)どんな観客にも受け入れられる、愛嬌を持ったキャラクターに仕上がったのではないかと思っています。

『マルティネス』© 2023 Lorena Padilla Bañuelos
レジェス:実際に日本に行ってみて、どういう国・社会なのかを見た上で日本の皆さんの反応を知りたいというのが本音ですが、監督が言うとおり“皆さん”に楽しんでいただける映画じゃないかなと思います。ただ、映画でフォーカスしているのはどちらかというと“中流階級の人”なので、やはりもしかしたらそういう方々の方が投影して楽しみやすいかもしれませんね。とはいえ基本的には、皆さんがいろいろな立場から見て楽しめる映画になっていると思います!ありがとうございます。
パディージャ監督:(日本語で)“ありがとうございます”!
(インタビュー以上/取材・文:ヨダセア)
孤独や移民としての矛盾を抱えながらも、なお「ここに生きたい」と願う不器用な男の変化を通して映し出されるのは、誰にとっても普遍的な人生の選択と再生の物語である。温かな余韻を残す『マルティネス』は、8月22日(金)に日本公開。パディージャ監督とレジェスが語ったように、この作品は世代や立場を超えて、観る者それぞれに自身を重ね合わせる一本となるだろう。
