ナポリの海から生まれ落ちた女性の一生を詩的に描き出したパオロ・ソレンティーノ監督の新作『パルテノペ ナポリの宝石』(8月22日(金)日本公開)は、監督のフィルモグラフィーにおいて重要な転機と呼ぶべき作品だ。『グレート・ビューティー/追憶のローマ』『グランドフィナーレ』などで知られるソレンティーノが、初めて女性を主人公に据え、ナポリという原点の街を舞台に「美」と「孤独」の寓話を紡ぎ上げる。主人公パルテノペの姿を通して、観客は「美とは祝福なのか、それとも呪いなのか」という根源的な問いに向き合うことになる。
神話的背景──セイレーンとしてのパルテノペ
映画冒頭、1950年ナポリの海で誕生する主人公パルテノペの姿は、ギリシャ神話のセイレーンを思わせる導入として強烈な印象を残す。伝承によれば、セイレーンの一人パルテノペはオデュッセウスに歌を聞き流され、絶望の末に海へ身を投げ、その亡骸がナポリに漂着したとされる。古代のナポリが「パルテノペ」と呼ばれていたのもこの神話に由来する。

『パルテノペ ナポリの宝石』©2024 The Apartment Srl – Numero 10 Srl – Pathé Films – Piperfilm Srl
ソレンティーノはこの伝説を映画に重ね合わせ、都市と人物の二重の寓話を紡ぐ。セイレーンが「美と死」「誘惑と破滅」の象徴であるように、本作のパルテノペもまた、美しさが開く扉と、その先に待ち受ける孤独や悲劇を背負わされる存在だ。都市ナポリと彼女の生涯が重なり合うことで、観客は「美に祝福されながらも呪われた運命」という神話的なテーマを現代的に体感することになる。
ソレンティーノの新たな挑戦 ― 女性主人公とナポリの詩学
本作は、イタリアを代表する映画作家パオロ・ソレンティーノにとって初めて女性を主人公に据えた作品であり、監督の故郷ナポリを舞台に、1950年代から現代に至るまでの西洋都市文化の変遷を、きわめて個人的かつ詩的な視点で切り取る。これはNetflix映画『The Hand of God』(2021年)とも通じる流れであり、ソレンティーノが追い求める「都市と個人の記憶の交錯」をめぐる連作の延長線上に位置づけられよう。

『パルテノペ ナポリの宝石』©2024 The Apartment Srl – Numero 10 Srl – Pathé Films – Piperfilm Srl
また、作品には作家ジョン・チーヴァー役としてゲイリー・オールドマンが出演。国際的スターの存在感が、作品の寓話的でありながら現実に根ざしたトーンを一層引き立てている。
美女の憂鬱、抑圧 ― 美とは祝福か、それとも呪いか
主人公パルテノペ(演:セレステ・ダラ・ポルタ)は、誰もが振り向くほどの美貌を持つ女性として描かれる。デビュー作となるセレステ・ダラ・ポルタの存在感は圧倒的で、スクリーンに立つだけで物語を支配してしまうほどのオーラを放つ。しかし、ソレンティーノが提示するのは単なる美の賛美ではない。彼女の美しさは周囲の人々に扉を開く力を与える一方で、その扉の先にあるのは自由と幸福ではなく、抑圧と悲劇であることが物語を通じて示されていく。兄レイモンドへの複雑な愛情、そして彼の自死は、彼女の人生に消えない影を落とし、「青春の終焉」と「孤独の始まり」を刻み込む出来事となる。

『パルテノペ ナポリの宝石』©2024 The Apartment Srl – Numero 10 Srl – Pathé Films – Piperfilm Srl
ソレンティーノが描くのは、能力と知性を持ちながらも、その存在が常に「見られる美しさ」として規定されてしまう女性の葛藤だ。美と若さを祝福しつつも、それがもたらす孤独や重圧に直面する彼女の姿は、現代の観客にも普遍的な問いを突きつける。「美は幸福を保証するのか?」というシンプルにして残酷な問いが、パルテノペの人生を通して強く響く。
ナポリという都市とパルテノペ ― 美の重荷を分かち合う存在
ソレンティーノのカメラはナポリとカプリ島の風景を絵画のように切り取り、街そのものをもうひとりの登場人物として映し出す。海と街路、邸宅や広場は、パルテノペの人生の舞台であると同時に、彼女の内面を映す鏡のように機能している。ナポリは神話と現代、自由と混沌、美と孤独といった相反する要素を抱える都市であり、その矛盾はそのままパルテノペの存在と響き合う。
「ナポリという都市はパルテノペと同じく美の重荷を背負っている」との指摘もある。圧倒的な美しさゆえに視線を集める存在であるが、その視線の中で自由を奪われるという点で、都市と人物は同じ宿命を共有する。ソレンティーノは街を「社会的・政治的文脈から切り離された浮遊する社会」として描き、寓話性を強調することで、ナポリとパルテノペを重ね合わせ、観客に「都市の人格」として彼女を体感させる。ナポリの人々が持つ情熱と誇り、地域的アイデンティティは、彼女が「見られる存在」としての宿命と、そこから自立しようとする葛藤に重なって見える。

『パルテノペ ナポリの宝石』©2024 The Apartment Srl – Numero 10 Srl – Pathé Films – Piperfilm Srl
ナポリは古代から“神話と現実が共存する都市”として育まれ、「Vedi Napoli e poi muori(ナポリを見て死ね)」という言葉が示すように、その圧倒的な美に人々は驚嘆してきた。一方で、街は同時に騒々しく混沌に満ち、雑踏や落書きさえも風景の一部として生命力を発している。こうした「美と混沌の二重性」は、主人公パルテノペの存在そのものを鏡写しのように映し出している。
また、イタリア統一後に“南は取り残された”という歴史的意識がナポリの文化的DNAに刻まれているように、パルテノペもまた、美貌ゆえに与えられるものと奪われるものとの狭間で、自らの人生を語り直そうとする。都市と人物のこの「周縁に立たされる経験」は、本作を単なる美の寓話から、歴史的・社会的コンテクストに根差した深い作品へと押し上げている。
ナポリの風景が詩的に映し出されるたびに、パルテノペという存在は個人を超えて、街そのものの象徴に変わっていく。都市と女性が互いに映し合い、共に美の祝福と呪いを背負っていることを強く印象づけるのだ。
光と影を併せ持つ寓話としての「パルテノペ」
ソレンティーノの『パルテノペ』は、ひとりの女性の人生を描く伝記的ドラマであると同時に、都市ナポリの寓話でもある。パルテノペはその名が示すように、ギリシャ神話のセイレーンの伝説を継ぐ存在として描かれる。美によって世界の扉は開かれるが、その先に待つのは自由ではなく孤独と制約である。彼女の人生は、美と若さがもたらす祝福と呪縛を体現するものだ。
映画のクライマックスに至るまで、彼女は「見られる存在」としての宿命に苦しみながらも、学問や言葉を通して「自らを定義する存在」へと歩みを進める。これは単なる個人の物語ではなく、都市や社会の中で女性が担わされてきた役割、そしてそこからの解放を求める試みでもある。

『パルテノペ ナポリの宝石』©2024 The Apartment Srl – Numero 10 Srl – Pathé Films – Piperfilm Srl
本作は、ナポリという都市と女性の生涯を重ね合わせ、美と孤独、祝福と呪いを同時に抱える存在として観客に突きつける。光と影を併せ持つパルテノペの姿は、時代や文化を超えて「美とは何か」「幸福とは何か」という普遍的な問いを投げかける寓話的映画といえるだろう。
『パルテノぺ ナポリの宝石』は8月22日(金)日本公開。
