“パンデミック下のアメリカ”を舞台に、分断と混乱を描くアリ・アスターの最新作『EDDINGTON』に注目が集まっている。
『ヘレディタリー/継承』『ミッドサマー』『ボーはおそれている』と、観る者の神経を逆撫でする作品を手がけてきたアリ・アスター。その最新作『EDDINGTON(原題)』(エディントン)が、今アメリカで大きな注目を集めている。本作は、小さな町の保安官と市長の対立を軸に、2020年のパンデミック初期に社会が陥った情報混乱や分断を、現代版のウェスタンとして描き出す意欲作。だが注目されているのは、作品そのものだけではない。A24による“町ごとジャック”のような型破りなプロモーションが、映画ファンの間で話題となっているのだ。
話題沸騰の“町ごとプレミア”
『EDDINGTON』の舞台は、アメリカ南西部の小さな町「エディントン」。これは架空の町だが、実際の撮影はニューメキシコ州のトゥルース・オア・コンセクエンシズという人口約6,000人の町で行われた。そして7月上旬、この地で作品の“世界初公開”となるプレミアイベントが開催された。
イベントはまさに“町ごと映画の舞台にする”という大胆な仕掛け。上映会場となったEl Cortez Theatreを中心に、映画の実際のロケ地を巡るツアー、フォトグラファーのグレゴリー・クリュードソンによる巨大ビルボードの設置、映画の内容に着想を得た謎めいたドローンショー、そして監督アリ・アスター本人の登場まで、映画と町が一体となった没入型の体験が提供された。
さらにA24会員向けの限定体験として、「THE EDDINGTON EXPRESS」と名付けられたスペシャルバスツアーも実施。映画に登場する選挙キャンペーンバスを模したラッピングバスで町に到着した参加者たちは、アスター監督による出迎えを受け、作中の舞台を巡る特別ガイドツアーや限定グッズの配布を楽しんだという。
銃の代わりにスマホを構える西部劇
アリ・アスター監督は『EDDINGTON』を、“スマホを構えた現代の西部劇”と形容する。物語の舞台となるのは2020年5月、パンデミックと社会不安に揺れるアメリカ南西部の小さな町。保守的な保安官ジョー・クロスと、AIデータセンター誘致を進める進歩的な市長テッド・ガルシアが対立し、やがて町の住民たちは情報と信念で分断されていく。

『Eddington』© 2025 Joe Cross For Mayor Rights LLC. All Rights Reserved.
銃を抜いて決闘するのではなく、SNS上で拡散された陰謀論、オンライン信仰、家庭内の分裂といった“目に見えない暴力”が人々を追い詰めていくのがこの作品の特徴だという。ジョーの妻ルイーズは家に閉じこもりながら陰謀論にのめり込み、奇妙な人形作りに没頭。一方、カルト的な人気を持つ謎のインフルエンサーも町の混乱に拍車をかける。
アスターは「2020年の初夏、社会全体が集団妄想に陥っていたように感じた」と語る。個人主義、テクノロジー、そして“真実”をめぐる認識が急速に崩れていく中で、人々は誰かを信じたいという欲望と、何かを敵視したいという衝動の狭間でもがいていた。本作はその歪んだ空気を、パラノイド・スリラーとして描き出している。
登場人物と豪華キャスト
『EDDINGTON』の世界を彩るのは、近年の映画界を代表するスターたちと、鋭いキャラクター造形だ。主演は『ジョーカー』『ナポレオン』などで圧倒的な存在感を放つホアキン・フェニックス。彼が演じるのは、保守的な価値観を守ろうとする保安官ジョー・クロス。パンデミック下の混乱にあって、伝統と秩序を象徴する存在として立ち向かう男だ。

『Eddington』© 2025 Joe Cross For Mayor Rights LLC. All Rights Reserved.
一方、そのジョーと対立する現職市長テッド・ガルシアを演じるのは、『THE LAST OF US』『マンダロリアン』で知られ、『ファンタスティック4:ファースト・ステップ』の公開も控えるペドロ・パスカル。データセンターを誘致し、町を“未来へ”と導こうとする一方で、住民との距離も広がっていくという複雑な役どころに挑んでいる。

『Eddington』© 2025 Joe Cross For Mayor Rights LLC. All Rights Reserved.
ジョーの妻ルイーズにはエマ・ストーンが扮し、情報過多の中で現実感を失っていく主婦像を静かに体現。さらに、町を騒がせるカルト的ネット教祖ヴァーノン・ジェファーソン・ピーク役にはオースティン・バトラーが登場し、神秘性と危うさを併せ持つキャラクターを演じている。

『Eddington』© 2025 Joe Cross For Mayor Rights LLC. All Rights Reserved.
加えて、保安官補のポジションをめぐって対立する若き2人の警官役で、ルーク・グライムスとマイケル・ワードが出演。それぞれ白人・黒人という人種的背景を持ち、町の中に渦巻く根深い対立を象徴する存在となっているようだ。
本作の舞台“エディントン”は架空の町だが、実際に撮影が行われたニューメキシコ州の小さな町、トゥルース・オア・コンセクエンシズには、アリ・アスターが描いたアメリカの縮図が息づいている。パンデミックの混乱と、SNSや陰謀論によって分断される地域社会の姿を通して、『EDDINGTON』は現代の「西部劇」を新たなかたちで提示している。虚構と現実、理性と妄想、その境目があいまいになっていった時代を、いま改めて見つめ直す――。本作はそのきっかけとなる1本になるかもしれない。日本での公開にも期待したいところだ。























