【映画レビュー『FEMME フェム』】愛着と憎悪、正義と悪の境界線に揺れるアイデンティティ、感情抉るロマンスリベンジ

『FEMME フェム』© British Broadcasting Corporation and Agile Femme Limited 2022 REVIEWS
『FEMME フェム』© British Broadcasting Corporation and Agile Femme Limited 2022

2023年英国で高い評価を受け、ついに『FEMME フェム』が3月28日(金)日本公開となる。アイデンティティの危うさと復讐の複雑な心理を描いたこの作品は、単なるLGBTQ+映画の枠を超え、人間の感情の機微に迫る普遍的な物語だ。ドラァグクイーンとして輝くジュールズと、自らのセクシュアリティを隠すプレストンという正反対の二人の出会いから始まる予想外の展開は、観る者の心に様々な問いを投げかける。

怒りと復讐、そして複雑な感情

『FEMME フェム』© British Broadcasting Corporation and Agile Femme Limited 2022

『FEMME フェム』© British Broadcasting Corporation and Agile Femme Limited 2022

『FEMME フェム』は、ただの復讐劇ではなく、人間の感情の複雑さを鮮烈に描き出す印象的な1作だ。主人公ジュールズは、ドラァグクイーンとして活動する中でヘイトクライムに遭い、心に深い傷と怒りを抱える。そんなジュールズは、ある日ゲイサウナで思いがけず自分を襲った加害者の一人プレストンと鉢合わせる。この偶然の出会いをチャンスと捉えたジュールズは、復讐を誓い、巧妙な性的アプローチでプレストンに近づいていく。しかし、憎しみだけで始まったはずの関係が進むにつれ、ジュールズの心の中には、自分でも説明のつかない複雑な感情が芽生え始める。

愛と憎しみの境界線を問う物語

“愛するフリ”、例えばロマンス詐欺(結婚詐欺)は、誰もができる芸当ではないだろう。相手に恋愛感情を抱いているフリを続けながら、内心では一切の愛情も抱かないというのは、想像するだけでも筆者には精神的ハードルが高い。詐欺を肯定するわけではないが、そこまで感情を切り離して演じ切る冷徹さは、ある種の特殊な才能といえるのかもしれない。

本作『FEMME フェム』の真骨頂は、まさにこの点にある。単純な「目には目を」式の復讐劇に終始するのではなく、復讐を誓ったはずの主人公の心に芽生える複雑な感情の機微を丁寧に描き出しているのだ。憎しみと怒りに燃え、復讐を胸に秘めながらも、次第に生まれる甘美な感情—それを認めたくないという葛藤もまた鮮やかに表現されている。

『FEMME フェム』© British Broadcasting Corporation and Agile Femme Limited 2022

『FEMME フェム』© British Broadcasting Corporation and Agile Femme Limited 2022

人間の感情とは本来、「好き」と「嫌い」でクリアに二分できるほど単純ではない。むしろ、激しく愛するからこそ深く憎むこともあれば、同じ相手に対して愛憎が交錯することも珍しくない。この作品はそんな人間の感情の複雑さと矛盾を、説得力をもって映し出している。

倫理的問いを秘めたドラマに、繊細な演技が光る

『FEMME フェム』の成功を語る上で欠かせないのが、主演二人の演技だ。ネイサン・スチュワート=ジャレットとジョージ・マッケイは、台詞だけでは表現しきれない感情の揺れ動きを、繊細な表情や仕草の一つ一つに宿らせている。特に、自分の本質を隠しながら生きる二人の男性が抱える葛藤と矛盾を、言葉以上に雄弁に表現した演技は見事としか言いようがない。

『FEMME フェム』© British Broadcasting Corporation and Agile Femme Limited 2022

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本作は表面的なLGBTQ+テーマの物語を超え、より普遍的な問いを観客に投げかける。現代社会において誰もが何かしらの仮面を被って生きている中で、アイデンティティによって傷つけられた者が、同じくアイデンティティによって相手を苦しめることの是非とは。復讐と赦し、真実と嘘、愛と憎しみ—これらの境界線が曖昧になる時、人は何を選ぶべきなのか。

単純な善悪では割り切れない人間の複雑な感情と自我を、強い説得力をもって描き出した、最後の一秒まで目が離せない、知的・哲学的刺激に満ちた1作『FEMME フェム』は3月28日(金)日本公開。

『FEMME フェム』© British Broadcasting Corporation and Agile Femme Limited 2022

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作品情報

『FEMME フェム』© British Broadcasting Corporation and Agile Femme Limited 2022

『FEMME フェム』© British Broadcasting Corporation and Agile Femme Limited 2022

<STORY>
誘惑こそ復讐
ヘイトクライムの標的にされたドラァグクイーンのジュールズは、自分を襲ったグループの一人プレストンとゲイサウナで顔を合わせる。性的指向をひた隠しにしているプレストンに復讐するチャンスを得たジュールズは、巧みに彼に接近していくが、徐々に説明のつかない感情が芽生え始める。待ち受けるのは復讐か、それとも──。

タイトル:『FEMME フェム』
原題:FEMME
監督・脚本:サム・H・フリーマン、ン・チュンピン
製作:ヘイリー・ウィリアムズ、ディミトリス・ビルビリス
撮影:ジェームズ・ローズ
編集:セリーナ・マッカーサー
出演:ネイサン・スチュワート=ジャレット、ジョージ・マッケイ、アーロン・ヘファーナン、ジョン・マクリー、アシャ・リード
2023年|イギリス|英語|98分|カラー|シネマスコープ|5.1ch|映倫R18+|字幕翻訳:平井かおり
© British Broadcasting Corporation and Agile Femme Limited 2022
配給:クロックワークス
公式サイト:https://klockworx.com/movies/femme/3/

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