映画『アンノウン・ソルジャー 英雄なき戦場』(2017)を紹介&解説。
映画『アンノウン・ソルジャー 英雄なき戦場』概要
映画『アンノウン・ソルジャー 英雄なき戦場』は、フィンランドの国民的作家ヴァイノ・リンナの小説『無名戦士』を原作に、第二次世界大戦下のフィンランドとソ連の「継続戦争」を描く戦争ドラマ。冬戦争で失った領土を取り戻そうとするフィンランド軍の兵士たちを、英雄譚としてではなく、前線に立つ名もなき人々の視点から見つめる。監督は『4月の涙』のアク・ロウヒミエス。出演はエーロ・アホ、ヨハンネス・ホロパイネン、ユッシ・ヴァタネン、アク・ヒルヴィニスミ、ハンネス・スオミら。
作品情報
| 日本版タイトル | 『アンノウン・ソルジャー 英雄なき戦場』 |
|---|---|
| 原題 | Tuntematon sotilas | 英題 | Unknown Soldier |
| 製作年 | 2017年 |
| 本国公開日 | 2017年10月27日 |
| 日本公開日 | 2019年6月22日 |
| ジャンル | 戦争/ドラマ/アクション |
| 製作国 | フィンランド/ベルギー/アイスランド |
| 原作 | ヴァイニョ・リンナ『無名戦士』(小説) |
| 上映時間 | 132分(日本劇場公開版)/180分(オリジナル・ディレクターズ・カット版) |
| 監督 | アク・ロウヒミエス |
|---|---|
| 脚本 | アク・ロウヒミエス/ヤリ・オラヴィ・ランタラ |
| 製作 | アク・ロウヒミエス/ミッコ・テンフネン/ミーヤ・ハーヴィスト |
| 製作総指揮 | アリ・トルッパネン/アリ・ラハティ |
| 撮影 | ミカ・オラスマー |
| 編集 | ベンジャミン・マーサー |
| 作曲 | ラッセ・エネルセン |
| 音響デザイン | キルカ・サイニオ |
| 出演 | エーロ・アホ/ヨハンネス・ホロパイネン/ジュシ・ヴァタネン/アク・ヒルヴィニエミ/ハンネス・スオミ/パウラ・ヴェサラ/サムエル・ヴァウラモ |
| 製作 | エロクヴァオサケユフティオ・スオミ2017/クヴィクミンダフェラグ・イスランズ/スコープ・ピクチャーズ |
| 配給 | 彩プロ(日本) |
あらすじ
1939年、フィンランドはソ連の侵攻によって始まった冬戦争を戦い、独立を維持した一方、カレリア地方を含む広大な領土を失った。1941年、ドイツによるソ連侵攻に呼応したフィンランドは、失地回復を目指してソ連との戦争を再開する。
継続戦争の前線へ送られた機関銃中隊には、冬戦争を経験した熟練兵、理想主義的な若い将校、寡黙な指揮官、明るく心優しい兵士らが所属していた。それぞれ家族や恋人、帰るべき場所を持つ兵士たちは、ソ連との旧国境を越えて進撃する。
しかし、戦いが長期化するにつれて兵士たちは疲弊し、ソ連軍の反攻によって戦況も変化していく。日常的な談笑や歌声と、突然訪れる死が隣り合わせとなる戦場で、彼らは仲間を失いながらも生き延びようとする。
主な登場人物(キャスト)
アンテロ・ロッカ(エーロ・アホ):冬戦争を経験した熟練兵で、カレリア地峡で農業を営んでいた伍長。ソ連に奪われた土地を取り戻し、家族と再び畑を耕すことを望んでいる。軍の形式的な規律には反発する一方、前線では並外れた戦闘能力を発揮する。
ヨルマ・カリルオト(ヨハンネス・ホロパイネン):祖国への忠誠と軍人としての名誉を重んじる、理想主義的な若い将校。ヘルシンキに婚約者を残して戦い、戦争中に結婚式を挙げる。苛烈な戦場を経験する中で、自らが信じていた英雄的な戦争観を揺さぶられていく。
ヴィルホ・コスケラ(ジュシ・ヴァタネン):機関銃中隊の小隊を率いる寡黙な指揮官。階級を振りかざすことなく、自ら危険を引き受けながら部下を導く。冷静な判断力と実直な人柄によって、兵士たちから厚い信頼を寄せられている。
ウルホ・ヒエタネン(アク・ヒルヴィニエミ):過酷な状況でも明るさと人への思いやりを失わない兵士。冗談や歌によって仲間の緊張を和らげる一方、敵味方という区分だけでは割り切れない人間的な優しさを見せる。
ヴァンハラ(ハンネス・スオミ):中隊に所属する若い兵士。
リューティ(パウラ・ヴェサラ):ロッカの妻。夫が戦地にいる間も家族と農場を守り、ロッカにとって戦争を生き延びる理由となる。
作品の魅力解説
作品の魅力解説
雨や泥、雪の冷たさまで伝える映像
本作の映像を特徴づけるのは、彩度を抑えた重く寒々しい色調である。ミカ・オラスマーの撮影は、フィンランドの森を美しい背景として切り取るのではなく、兵士たちの身体を拘束し、泥や雨、雪によって体力を奪う戦場そのものとして捉えている。
激しい雨の中での戦闘では、濡れた軍服やぬかるんだ地面、視界を遮る水滴までが克明に映し出される。夜の雪原や雪の積もった森では、光の届かない暗さと身動きの取りにくさが強調され、土地の質感だけでなく、その場の気温や湿度まで想像させる。大地と空気を実感できる映像が、兵士たちの過酷な行軍に確かな重量を与えている。
環境によって響き方まで変わる銃声
映像以上に強烈な印象を残すのが、緻密に構築された音響である。銃声や砲撃音は単に大音量で鳴らされるのではなく、開けた土地、木々に囲まれた森、塹壕、雪の積もった夜間など、戦っている場所によって響き方が変化する。
特に雪の森で聞こえる銃声には、周囲の雪に音を吸収されたような籠もりがあり、乾いた場所での鋭い発砲音とは明確に異なる。弾丸が飛来する方向や敵との距離も音から感じ取れるため、観客は兵士たちと同じように、姿の見えない攻撃へ神経を集中させることになる。本作がフィンランドのユッシ賞で音響デザイン賞を受賞したことにも納得させられる、戦場映画として極めて重要な表現である。
談笑と歌声の直後に訪れる、あまりに突然の死
本作は、特定の人物だけを英雄として描くのではなく、中隊に属する兵士たちの日常を積み重ねていく。彼らは食事をし、冗談を言い、酒を飲み、繰り返し歌う。その姿は軍事作戦を遂行する兵士である以前に、故郷へ帰ることを望む普通の人間として映し出される。
だからこそ、さっきまで仲間と談笑していた人物が、一瞬後には動かぬ身体となる描写が残酷に響く。死を感動的な音楽や長い別れによって飾ることなく、砲弾や銃弾によって唐突に日常を断ち切る。戦争では、人間関係も将来も何の前触れもなく失われるという現実を、群像劇だからこそ生まれる無常さによって突きつけている。
戦争の大義と兵士個人の事情を切り分ける視点
フィンランドにとって継続戦争は、冬戦争で奪われた領土を取り戻す戦いである一方、ナチス・ドイツと軍事的に協力し、旧国境を越えてソ連領へ進攻した戦争でもある。本作はフィンランド軍の視点で進むが、その戦いを単純な祖国防衛や勝利の物語にまとめてはいない。
ロッカにとっての目的は、国家的な名誉よりも、奪われた農場を取り戻して家族と暮らすことである。ほかの兵士たちにも、恋人、家族、仲間、生存といった個人的な事情がある。国家が掲げる大義と、実際に戦場へ送られる人間の動機を切り分けることで、戦争を美化せず、そこで生きた兵士たちの尊厳を見つめている。
濃密さと引き換えに感じられる長さ
日本劇場公開版は132分に短縮されているものの、多数の兵士を追う群像構成に加え、行軍、休息、談笑、歌唱の場面が繰り返されるため、内容の濃さに対してやや長く感じられる部分もある。特に歌う場面の多さは、兵士たちの文化や連帯感を伝える一方、物語の進行を緩やかにしている。
それでも、戦闘だけを切り出さず、兵士たちが戦場で過ごした長い時間そのものを描く構成には意味がある。前進の高揚が停滞と消耗へ変わり、やがて撤退へ追い込まれていく過程を体感させることで、戦争の惨さと虚しさを観客の中に残す。映像と音響の完成度は特に高く、フィンランドの土地と、そこで奪われた無数の人生を五感に訴える戦争映画となっている。
ライター/エディター/映画インスタグラマー。2019年に早稲田大学法学部を卒業。東京都職員として国際業務等を経験後、ライター業に転身。各種SNS(Instagram・X)やYouTubeチャンネル「cula 見て聞く映画マガジン(旧:アルテミシネマ)」においても映画や海外ドラマ、音楽といったカルチャーに関する情報レビューを発信している。
