映画『透明人間』(2020)を紹介&解説。
映画『透明人間』概要
映画『透明人間』は、リー・ワネル監督(『アップグレード』)が、H・G・ウェルズの小説とユニバーサル映画のクラシック・キャラクターを現代的に再構築したサイコ・サスペンス。透明になる人物ではなく、見えない何者かに狙われる女性の視点から、DV、執着、心理的支配、ガスライティングの恐怖を描く。主演は「ハンドメイズ・テイル/侍女の物語」のエリザベス・モス。共演にオルディス・ホッジ、ストーム・リード、ハリエット・ダイアー、オリヴァー・ジャクソン=コーエンら。
作品情報
| 日本版タイトル | 『透明人間』 |
|---|---|
| 原題 | The Invisible Man |
| 製作年 | 2020年 |
| 本国公開日 | 2020年2月28日 |
| 日本公開日 | 2020年7月10日 |
| ジャンル | ホラー/サスペンス/SF |
| 製作国 | アメリカ/オーストラリア |
| 原作 | H・G・ウェルズ『透明人間』(小説) |
| 上映時間 | 124分 |
| 監督・脚本 | リー・ワネル |
|---|---|
| 製作 | ジェイソン・ブラム/カイリー・デュ・フレズネ |
| 製作総指揮 | リー・ワネル/クーパー・サミュエルソン/ベアトリス・セケイラ/チャールズ・レイトン/ジャネット・ヴォルトゥルノ/ローズマリー・ブライト/ベン・グラント |
| 撮影 | ステファン・ダスキオ |
| 編集 | アンディ・キャニー |
| 作曲 | ベンジャミン・ウォルフィッシュ |
| 出演 | エリザベス・モス/オルディス・ホッジ/ストーム・リード/ハリエット・ダイアー/マイケル・ドーマン/オリヴァー・ジャクソン=コーエン |
| 製作 | ブラムハウス・プロダクションズ/ゴールポスト・ピクチャーズ/ナーヴァス・ティック |
| 配給 | ユニバーサル・ピクチャーズ/東宝東和(日本) |
あらすじ
富豪の天才科学者エイドリアンから、異常な束縛と暴力を受けていたセシリア。ある真夜中、彼女は厳重な監視システムが設置された豪邸から脱出し、幼なじみの刑事ジェームズと、その娘シドニーが暮らす家に身を隠す。
それから間もなく、エイドリアンが自殺し、莫大な遺産の一部をセシリアに遺したことが知らされる。しかし、彼の死を疑うセシリアの周囲では、誰もいないはずの場所から物音が聞こえ、物がひとりでに動くなど、不可解な出来事が相次ぎ始める。
セシリアは、エイドリアンが何らかの方法で透明になり、自分を追い続けていると訴える。だが、姿の見えない存在を証明することはできず、周囲からは精神的に追い詰められているだけだと思われてしまう。味方を失い、孤立していく中、セシリアは“透明人間”の正体を暴こうとする。
主な登場人物(キャスト)
セシリア・カシュ(エリザベス・モス):富豪の科学者エイドリアンによる束縛と暴力から逃げ出した女性。彼の死後も周囲に気配を感じ、目に見えない何者かに狙われていると訴えるが、次第に周囲から正気を疑われていく。
エイドリアン・グリフィン(オリヴァー・ジャクソン=コーエン):光学技術を専門とする富豪の天才科学者で、セシリアの元恋人。彼女を肉体的、精神的に支配していた。セシリアの逃亡後に自殺したとされ、莫大な遺産の一部を彼女に残す。
ジェームズ・レイニア(オルディス・ホッジ):セシリアの幼なじみである刑事。エイドリアンから逃げてきた彼女を自宅に匿い、娘のシドニーとともに生活を支える。
シドニー・レイニア(ストーム・リード):ジェームズの娘。セシリアを家族のように温かく迎え入れるが、不可解な出来事に巻き込まれていく。
エミリー・カシュ(ハリエット・ダイアー):セシリアの妹。姉がエイドリアンの豪邸から逃げ出す計画に協力し、その後も彼女を支えようとする。
トム・グリフィン(マイケル・ドーマン):エイドリアンの兄で弁護士。弟の遺産を管理し、セシリアに遺産相続の条件を伝える。穏やかな態度を見せる一方、エイドリアンの支配的な性格をよく知る人物でもある。
作品の魅力解説
何もない空間を恐怖に変える演出
リー・ワネル監督は、誰も映っていない部屋や廊下にカメラを向け、通常なら意味を持たない余白を恐怖の対象へ変えている。画面上では何も起きていなくても、観客は「本当はそこにいるのではないか」と空間を凝視せずにはいられない。
物が勝手に動くポルターガイスト的な現象や、不意に襲いかかってくる見えない力は、ホラー映画における王道の仕掛けである。しかし、どこから何をされるのか分からないという恐怖は、何度使われても根源的な怖さを失わない。本作は、透明人間を題材にした映画へ期待される恐怖を、真正面から高い完成度で描いている。
透明人間よりも恐ろしい陰湿な心理支配
透明人間は、単に姿を消してセシリアを驚かせるだけではない。人間関係を壊し、彼女の言葉を誰にも信じてもらえない状況を作り、社会的にも精神的にも追い詰めていく。そのやり口は極めて陰湿であり、事態を常に最悪の方向へ導こうとする強烈な悪意が感じられる。
ホラー映画の重要な要素のひとつは、「ひとりぼっちの自分対得体の知れない何か」という孤立無援の構図にある。本作では、姿が見えないために被害を証明できないという設定が、その孤独を一層深刻なものにする。観客もセシリアとともに怒りと絶望を味わい、最高に最悪な緊張感の中へ引き込まれていく。
DVとガスライティングを可視化した現代的な再解釈
本作の透明人間は、科学技術によって生み出される怪物であると同時に、関係が終わった後も被害者につきまとう支配やトラウマの象徴でもある。セシリアがどれほど真剣に被害を訴えても、証拠がないため周囲には信じてもらえない。こうした構図は、加害者が被害者の認識や正気を疑わせるガスライティングの恐怖と重なる。
原典の発想を引き継ぎながら、怪物そのものではなく、怪物に狙われる女性の体験を中心に据えた点が本作の大きな特徴。透明になる能力を「誰にも見られずに支配できる力」として扱うことで、古典的なキャラクターを現代社会に通じる恐怖へ更新している。
見えない相手との芝居を成立させるエリザベス・モス
物語の大部分を支えているのが、セシリアを演じるエリザベス・モスの演技である。彼女は何も存在しない空間へ視線を向け、呼吸や表情、身体のこわばりだけで、そこに誰かがいるという感覚を生み出している。
序盤ではエイドリアンの影に怯える被害者の不安を見せながら、追い詰められるほどに怒りと反撃への意志を強めていく。恐怖、混乱、絶望、疑念が目まぐるしく変化する演技によって、観客は透明人間の存在以上に、セシリアが何を感じているのかを信じるようになる。
真相を予想しながら楽しめるサスペンス
本作は観客を怖がらせ、苛立たせるだけでなく、誰が何を企んでいるのか、目の前で起きていることをどこまで信用してよいのかと考えさせるサスペンスとしても楽しめる。物語は一方向に進まず、状況が変化するたびに新たな疑問が生まれていく。
映画を見慣れた観客にとって、すべての展開が予想外とは限らない。また、「伏線に気づき、真相を予想してほしい」と迫るような演出には、ややあざとさも感じられる。それでも、複数の可能性を疑いながら次の展開を待つ時間そのものが、作品の緊張感につながっている。終盤ではセシリアと透明人間の力関係にも変化が生まれ、恐怖だけでは終わらない印象的な後味を残す。
ライター/エディター/映画インスタグラマー。2019年に早稲田大学法学部を卒業。東京都職員として国際業務等を経験後、ライター業に転身。各種SNS(Instagram・X)やYouTubeチャンネル「cula 見て聞く映画マガジン(旧:アルテミシネマ)」においても映画や海外ドラマ、音楽といったカルチャーに関する情報レビューを発信している。
