映画『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』(2024)を紹介&解説。
映画『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』概要
映画『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』は、2019年公開の映画『ジョーカー』の続編として、トッド・フィリップス監督が再び手がけた心理ドラマ/ミュージカル/法廷劇。アーカム州立病院に収容され、裁判を待つアーサー・フレックが、謎めいた女性リー・クインゼルと出会い、自身の中の“ジョーカー”という存在と向き合っていく。主演はホアキン・フェニックス、共演にレディー・ガガ、ブレンダン・グリーソン、キャサリン・キーナー、ザジー・ビーツら。
作品情報
日本版タイトル:『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』
原題:Joker: Folie à Deux
製作年:2024年
本国公開日:2024年10月4日
日本公開日:2024年10月11日
ジャンル:心理ドラマ/法廷ドラマ/ミュージカル
製作国:アメリカ
原作:DCコミックスのキャラクターに基づく
上映時間:138分
監督:トッド・フィリップス
脚本:スコット・シルバー/トッド・フィリップス
製作:トッド・フィリップス/エマ・ティリンジャー・コスコフ/ジョセフ・ガーナー
製作総指揮:マイケル・ウスラン/ジョージア・カカンデス/スコット・シルバー/マーク・フリードバーグ/ジェイソン・ルーダー
撮影:ローレンス・シャー
美術:マーク・フリードバーグ
衣装:アリアンヌ・フィリップス
編集:ジェフ・グロス
作曲:ヒドゥル・グドナドッティル
音楽監修:ランドール・ポスター/ジョージ・ドレイコリアス
出演:ホアキン・フェニックス/レディー・ガガ/ブレンダン・グリーソン/キャサリン・キーナー/ザジー・ビーツ/ハリー・ローティー/スティーヴ・クーガン/リー・ギル/ジェイコブ・ロフランド/ケン・レオン
製作:ワーナー・ブラザース・ピクチャーズ/ジョイント・エフォート
配給:ワーナー・ブラザース
あらすじ
アーサー・フレックは、ジョーカーとして起こした事件の罪を問われ、アーカム州立病院に収容されていた。裁判を待つ日々の中、彼はリー・クインゼルという女性と出会う。リーはアーサーの孤独と狂気に近づき、ふたりの関係は現実と幻想、愛と執着の境界を曖昧にしていく。やがてアーサーは、自分自身なのか、世間が求める“ジョーカー”なのかという問いに直面する。
主な登場人物(キャスト)
アーサー・フレック/ジョーカー(ホアキン・フェニックス):前作で“ジョーカー”として事件を起こし、アーカム州立病院に収容された男。裁判を待つ中で、自身の罪、世間が作り上げたカリスマ像、そして本当の自分との間で揺れ動く。
リー・クインゼル/ハーレイ(レディー・ガガ):アーカムでアーサーと出会う謎めいた女性。アーサー本人というよりも“ジョーカー”という存在に強く惹かれ、ふたりの関係に危うい熱をもたらす。
ジャッキー・サリバン(ブレンダン・グリーソン):アーカム州立病院の看守。収容されたアーサーを監視する立場にある。
メリーアン・スチュワート(キャサリン・キーナー):アーサーの弁護を担当する弁護士。アーサー本人と“ジョーカー”という人格の関係をめぐり、裁判で彼の責任能力を争おうとする。
ソフィー・デュモンド(ザジー・ビーツ):前作にも登場したアーサーの元隣人。アーサーの過去や妄想と深く関わる人物であり、裁判を通じて再び物語に関わっていく。
ハービー・デント(ハリー・ローティー):アーサーの罪を追及する検察側の人物。裁判の場でアーサーと対峙し、“ジョーカー”を社会がどう裁くのかという本作の法廷劇を動かしていく。
作品の魅力解説
『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』の大きな特徴は、前作の“悪の誕生”をそのまま拡大するのではなく、世間が作り上げたジョーカー像そのものを問い直す点にある。アーサーは犯罪者であると同時に、群衆によって象徴化された存在でもある。本作は、そのカリスマが本当に本人のものなのか、あるいは周囲の願望によって作られた幻想なのかを、裁判と恋愛、そして音楽の演出を通して描いている。
また、続編でありながらミュージカル的な表現を取り入れている点も特徴的である。歌や踊りは単なる華やかな見せ場ではなく、アーサーとリーの内面、現実から逃避する感覚、ふたりだけの世界に閉じこもっていく危うさを映し出す装置として機能している。暗い法廷劇と幻想的な音楽シーンが交差することで、前作とは異なる不穏なリズムが生まれている。
ホアキン・フェニックスは、痩せ細った身体性や視線の揺らぎを通して、再びアーサーの脆さと狂気を体現する。一方、レディー・ガガが演じるリーは、アーサーを救う存在というより、ジョーカーという幻想をさらに増幅させる存在として描かれる。ふたりの関係はロマンスでありながら、依存、崇拝、自己投影が入り混じる危険なものでもある。
本作は、DC映画でありながら典型的なヒーロー/ヴィラン映画の快感から距離を置き、ジョーカーというキャラクターがなぜ人々を惹きつけ、同時に危うい存在として消費されるのかを掘り下げている。前作の衝撃を受け止めたうえで、“ジョーカー”という神話を解体するような続編として位置づけられる作品である。
