映画『犬王』(2021)を紹介&解説。
映画『犬王』概要
映画『犬王』は、湯浅政明監督(『夜は短し歩けよ乙女』『きみと、波にのれたら』)が、古川日出男の小説『平家物語 犬王の巻』をアニメーション映画化した歴史ミュージカル。
室町時代に実在した能楽師・犬王を大胆に再解釈し、異形の姿で生まれた犬王と、平家の呪いによって視力を失った琵琶法師・友魚が出会い、音楽と舞によって人々を熱狂させていく姿を描く。
脚本は野木亜紀子、キャラクター原案は松本大洋、音楽は大友良英。犬王役を女王蜂のアヴちゃん、友魚役を森山未來が務め、柄本佑、津田健次郎、松重豊らが声の出演を務める。
作品情報
| 日本版タイトル | 『犬王』 |
|---|---|
| 原題 | INU-OH |
| 製作年 | 2021年 |
| 日本公開日 | 2022年5月28日 |
| ジャンル | アニメーション/ミュージカル/音楽/歴史 |
| 製作国 | 日本 |
| 原作 | 古川日出男『平家物語 犬王の巻』(小説) |
| 上映時間 | 98分 |
| 監督 | 湯浅政明 |
|---|---|
| 脚本 | 野木亜紀子 |
| 製作 | 佐野真之/岩上敦宏/川口典孝/陳金歓/森田圭/チェ・ウニョン/大澤弘之/鈴木貴幸/奥村景二 |
| 製作総指揮 | 遊佐和彦/三宅将典 |
| 撮影 | 関谷能弘 |
| 編集 | 廣瀬清志 |
| 作曲 | 大友良英 |
| 出演 | アヴちゃん(女王蜂)/森山未來/柄本佑/津田健次郎/松重豊 |
| 製作 | “INU-OH” Film Partners/サイエンスSARU(アニメーション制作) |
| 配給 | アニプレックス/アスミック・エース(日本) |
あらすじ
壇ノ浦で平家の遺した宝を探す父に同行したことで呪いに巻き込まれ、視力を失った少年・友魚。やがて琵琶法師となった彼は、室町の京で、猿楽の一座に異形の姿で生まれ、瓢箪の面で顔を隠しながら生きてきた犬王と出会う。
犬王には人並外れた舞の才能があり、友魚にもまた琵琶と歌の才があった。意気投合した二人は、歴史の中で語られずに消えていった平家の者たちの物語を、音楽と踊りによって人々へ伝え始める。
斬新な演目で京の観客を熱狂させ、スターへとのし上がっていく犬王と友魚。しかし、歴史の語られ方そのものを統制しようとする権力が、二人の表現にも影を落としていく。
主な登場人物(キャスト)
犬王(アヴちゃん/女王蜂):猿楽の一座に異形の姿で生まれ、幼い頃から顔を瓢箪の面で隠して暮らしてきた青年。常人離れした身体能力と舞の才能を持ち、友魚と出会ったことで、その表現力を開花させていく。
友魚(森山未來):壇ノ浦で平家の呪いに巻き込まれて視力を失い、後に琵琶法師となる青年。犬王と出会い、琵琶と歌を通じて歴史に残されなかった者たちの物語を語っていく。
足利義満(柄本佑):室町幕府の将軍。芸能を庇護する一方で、自らの権力と結びついた歴史の在り方を求め、人気を高めていく犬王と友魚にも大きな影響を与える。
犬王の父(津田健次郎):猿楽の一座を率いる犬王の父。芸の世界で名を残すことへの執着を抱え、その欲望が犬王の生い立ちにも深く関わっている。
友魚の父(松重豊):壇ノ浦に沈んだ平家ゆかりの宝を探す仕事に携わり、幼い友魚を伴って海へ向かう父親。その出来事が友魚の運命を大きく変えることになる。
作品の魅力解説・レビュー
歴史から消された者たちの声を、音楽と舞で取り戻す
『犬王』の根底にあるのは、「誰の物語が歴史として残り、誰の物語が消されていくのか」というテーマだ。
友魚が語るのは、権力者によって正史として選ばれた物語だけではない。名前すら残らず、語られる機会を失った人々の声を拾い上げ、それを琵琶と歌に変える。そして犬王もまた、異形の姿ゆえに社会の周縁へ追いやられてきた存在だ。
語られなかった者たちの物語を、同じように社会の外側へ置かれてきた二人が届けていく。その構図が力強い。
芸能によって人気を得るサクセスストーリーとして楽しめる一方、その表現が権力にとって都合の悪いものになった瞬間、何が起きるのかまで描くことで、単なる音楽映画には終わらない作品になっている。
水、火、泥、光まで“質感”を感じさせるアニメーション
映像面も強烈だ。
水にはどろりとした重みがあり、火は激しく細かくちらつく。人間の身体は綺麗に整えられすぎず、走り、跳ね、舞うたびに泥臭いほどの躍動感を見せる。
その一方、ライブシーンではカラフルな光が画面いっぱいに広がり、現実の室町時代から一気に現代的なコンサート空間へ飛び込んだような感覚を作り出す。
写実性だけを目指すのではなく、音や感情に合わせて絵そのものの質感まで変化させる。湯浅政明作品らしい自由なアニメーション表現が、本作独自の世界を成立させている。
室町時代なのにロックライブ。その大胆な違和感も本作の個性
犬王と友魚のステージが本格化すると、映画はほとんどロックコンサートのような熱量になっていく。
特に女王蜂ファンとしては、アヴちゃんの歌声と犬王のパフォーマンスを大スクリーンと映画館の音響で浴びることで、完全にライブへ参加しているような感覚で楽しめた。
ただし、室町時代という舞台設定と鳴り響く現代的なロックサウンドの距離はかなり大きい。そこを大胆な時代錯誤として楽しめるか、それとも物語への没入を妨げるノイズと感じるかによって、評価は分かれそうだ。
それでも、古い時代の芸能を「当時の若者たちにとっての最先端のライブ」として現代の観客へ体感させる手法としては非常に面白い。
「語られぬ者達の物語を届けよ」という熱
何より心を打つのは、犬王と友魚が自分たちの表現を獲得していく姿だ。
自分たち自身も社会の中心から外れた存在でありながら、さらに歴史から消されてきた人々の声を拾い、それを音楽と踊りに変えて観客へ叩きつける。
マイノリティの声を、マイノリティ自身が表現によって届けようとする。
そのシンプルで熱い物語と、力強く美しいアニメーションが真正面から結びついた一本。独特の音楽表現には好みが出るものの、個人的には再び映画館の音響で味わいたくなる作品だった。
ライター/エディター/映画インスタグラマー。2019年に早稲田大学法学部を卒業。東京都職員として国際業務等を経験後、ライター業に転身。各種SNS(Instagram・X)やYouTubeチャンネル「cula 見て聞く映画マガジン(旧:アルテミシネマ)」においても映画や海外ドラマ、音楽といったカルチャーに関する情報レビューを発信している。
